■大和型戦艦と第二次世界大戦
令和初の終戦記念日が近い今日この頃にまた戦争を振り返る様々な特集がメディアにて組まれる昨今、今回は戦艦大和に関する映画、ネタバレなしで予備知識の話題を。
戦艦は航空機に勝てない、という定説と云いますか俗説といいますか。“アルキメデスの大戦”という漫画原作の映画作品が公開されました、原作未読故に少々恐縮なのですけれども、大和型戦艦に否定的な映画という。具体的には大艦巨砲主義そものもに対しての懐疑的な内容と伝え聞くのですが、少々誤解を招く内容への危惧の印象が無いでもありません。
CMの影響というものでしょうか、映画の宣伝では戦艦大和に反対する内容が強調されていましたので、こうした点について少し。付け加えておきますと、原作を知る方からは以前に単純な内容ではないと共に、映画化に際しては既にかなりの巻数を単行本が刊行されている為、原作の内容と世界観が伝えられるのか、というお話しが在った事を付け加えます。
アルキメデスの大戦、映画は東京帝大から海軍へ志願した主人公で架空の人物櫂直を菅田将暉、その同期田中正二郎を柄本佑、大角岑生海軍大将を小林克也、後の軍令部総長永野修身海軍大将を國村隼、海軍大臣と軍令部総長を歴任する嶋田繁太郎海軍大将を橋爪功、海軍航空本部長や連合艦隊司令長官を歴任した山本五十六海軍大将を舘ひろし、が演じる。
戦艦は本当に無力なのか。この理解に虚構があるのではと思う。日本海軍が第二次大戦に投入した戦艦は、金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。しかし、当時の主要国は勿論、中堅国でも海防戦艦を始め戦艦を運用していましたので世界中が無力という事になる、大勢に対し一人だけ異論を唱える事は逆に異質にしか過ぎません。実際、どうであったのか。
金剛は潜水艦攻撃で撃沈、比叡は第三次ソロモン海海戦で巡洋艦多数の攻撃で撃沈、榛名は大破状態終戦、霧島は第三次ソロモン海戦で米戦艦三隻の攻撃受け撃沈、扶桑はレイテ沖海戦にて戦艦を相手に撃沈、山城もレイテ沖海戦にて戦艦を相手に撃沈、伊勢は大破状態で終戦、日向も大破状態で終戦、長門は終戦時に健在、陸奥は事故で爆沈、となります。
戦艦は思いのほかに頑丈である、これが現実です。日本海軍は真珠湾攻撃でアメリカの戦艦アリゾナなどを空母六隻からの艦載機で撃沈し多数を大破、二日後のマレー沖海戦では航行中の戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを航空攻撃で撃沈しました。しかしその後は多数のアメリカ戦艦に大破始め損傷を与えていますが、戦艦を撃沈までに至った事例は無いのですね。
大和は九州沖で航空攻撃にて撃沈、武蔵はレイテ沖海戦にて航空攻撃にて撃沈。実のところ日本海軍の戦艦は12隻が第二次大戦に投入されましたが、航空攻撃で撃沈されたのは2隻のみ、戦艦に撃沈されたのは3隻、巡洋艦に撃沈されたものが1隻、潜水艦に撃沈されたものが1隻、です。冷静に考えますと、驚くほどに戦艦の防御力は頑丈といえましょう。巨大戦艦の虚構と現実はここ。
航空兵力無用論、という極端な視点を対案に示すものではありません、榛名、伊勢、日向、三隻を大破に追い込んだのは航空機であり、これらの戦艦が充分に行動できなかったのはシーレーンを防衛する海軍力が無く、必要な燃料を確保する事が出来なかった為です。故に航空機は無用ではないが、航空機が有能であれば戦艦は不要、との論点でもないのです。
航空兵力が戦艦を始めとした海軍作戦体系へ大きな影響を及ぼした事は事実です。1942年4月に真珠湾攻撃を成功させた南雲艦隊のインド洋進出を受けたイギリス海軍は、東洋艦隊の戦艦ウォースパイト、レゾリューション、ラミリーズ、ロイヤル-サブリン、リヴェンジの有力な艦隊を1200km先へ緊急退避させており、これは航空戦力への警戒故の行動の制約といえる。
戦艦大和と武蔵、日本海軍の戦艦で航空攻撃により撃沈されたものはこの二隻です。戦艦大和は第二艦隊として、戦艦大和、軽巡矢矧、駆逐艦八隻を以て沖縄方面へ展開を試みました。対してアメリカ海軍が投入したのは第58機動部隊全部の航空母艦11隻を発進した艦載機です。現在、アメリカ海軍が保有する空母が全てあわせて10隻ですので11隻とは凄い。
空母ホーネット、空母ベニントン、空母エセックス、空母バンカーヒル、空母ハンコック、空母イントレピッド、空母ヨークタウン、軽空母ベローウッド、軽空母サンジャシント、軽空母バターン、軽空母ラングレー、という陣容です。参考までに真珠湾攻撃に参加の空母は、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴でした。アメリカはそれ以上の規模で攻撃を加えた事に。
戦艦武蔵は、第38任務部隊第1群空母 ホーネット,ワスプ,ハンコック,軽空母 カウペンス,モンテレーと第2群空母 イントレピッド,バンカー-ヒル,軽空母インディペンデンス,カボット、第3群空母レキシントン,エセックス,軽空母プリンストン,ラングレー,第4群空母フランクリン,エンタープライズ,軽空母ベロー-ウッド,サン-ジャシントに叩かれ沈みました。
これは戦艦を確実に撃沈するには、戦艦を遥かに上回る航空母艦を集中させればよい、戦艦一隻に対して空母5隻6隻を集中すればよい、という事になります。航空母艦の優位性は、戦艦よりも速力が大きいものが多く、戦力の集中と分散が容易、という点でしょうか。しかし、では戦艦大和型2隻の建造を取りやめ、代わりに例えば翔鶴型空母の12隻を建造する事は出来たのでしょうか、実際には大和型は翔鶴型の二倍ですので、費用面で無理です。
戦力構成の均衡が重要である、戦艦と航空機が必要であるならば、巡洋艦や駆逐艦は不要なのか、当然否です。戦艦が主砲の他に副砲を備えているのは駆逐艦の魚雷攻撃から自衛する為ですし、巡洋艦が無ければ駆逐艦部隊の指揮は勿論空母の直衛に遠隔地での抑止力が不能です、潜水艦も護衛駆逐艦も全てが相応の任務がある、一種類の万能兵器は無い、というものが一つの答えですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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令和初の終戦記念日が近い今日この頃にまた戦争を振り返る様々な特集がメディアにて組まれる昨今、今回は戦艦大和に関する映画、ネタバレなしで予備知識の話題を。
戦艦は航空機に勝てない、という定説と云いますか俗説といいますか。“アルキメデスの大戦”という漫画原作の映画作品が公開されました、原作未読故に少々恐縮なのですけれども、大和型戦艦に否定的な映画という。具体的には大艦巨砲主義そものもに対しての懐疑的な内容と伝え聞くのですが、少々誤解を招く内容への危惧の印象が無いでもありません。
CMの影響というものでしょうか、映画の宣伝では戦艦大和に反対する内容が強調されていましたので、こうした点について少し。付け加えておきますと、原作を知る方からは以前に単純な内容ではないと共に、映画化に際しては既にかなりの巻数を単行本が刊行されている為、原作の内容と世界観が伝えられるのか、というお話しが在った事を付け加えます。
アルキメデスの大戦、映画は東京帝大から海軍へ志願した主人公で架空の人物櫂直を菅田将暉、その同期田中正二郎を柄本佑、大角岑生海軍大将を小林克也、後の軍令部総長永野修身海軍大将を國村隼、海軍大臣と軍令部総長を歴任する嶋田繁太郎海軍大将を橋爪功、海軍航空本部長や連合艦隊司令長官を歴任した山本五十六海軍大将を舘ひろし、が演じる。
戦艦は本当に無力なのか。この理解に虚構があるのではと思う。日本海軍が第二次大戦に投入した戦艦は、金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。しかし、当時の主要国は勿論、中堅国でも海防戦艦を始め戦艦を運用していましたので世界中が無力という事になる、大勢に対し一人だけ異論を唱える事は逆に異質にしか過ぎません。実際、どうであったのか。
金剛は潜水艦攻撃で撃沈、比叡は第三次ソロモン海海戦で巡洋艦多数の攻撃で撃沈、榛名は大破状態終戦、霧島は第三次ソロモン海戦で米戦艦三隻の攻撃受け撃沈、扶桑はレイテ沖海戦にて戦艦を相手に撃沈、山城もレイテ沖海戦にて戦艦を相手に撃沈、伊勢は大破状態で終戦、日向も大破状態で終戦、長門は終戦時に健在、陸奥は事故で爆沈、となります。
戦艦は思いのほかに頑丈である、これが現実です。日本海軍は真珠湾攻撃でアメリカの戦艦アリゾナなどを空母六隻からの艦載機で撃沈し多数を大破、二日後のマレー沖海戦では航行中の戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを航空攻撃で撃沈しました。しかしその後は多数のアメリカ戦艦に大破始め損傷を与えていますが、戦艦を撃沈までに至った事例は無いのですね。
大和は九州沖で航空攻撃にて撃沈、武蔵はレイテ沖海戦にて航空攻撃にて撃沈。実のところ日本海軍の戦艦は12隻が第二次大戦に投入されましたが、航空攻撃で撃沈されたのは2隻のみ、戦艦に撃沈されたのは3隻、巡洋艦に撃沈されたものが1隻、潜水艦に撃沈されたものが1隻、です。冷静に考えますと、驚くほどに戦艦の防御力は頑丈といえましょう。巨大戦艦の虚構と現実はここ。
航空兵力無用論、という極端な視点を対案に示すものではありません、榛名、伊勢、日向、三隻を大破に追い込んだのは航空機であり、これらの戦艦が充分に行動できなかったのはシーレーンを防衛する海軍力が無く、必要な燃料を確保する事が出来なかった為です。故に航空機は無用ではないが、航空機が有能であれば戦艦は不要、との論点でもないのです。
航空兵力が戦艦を始めとした海軍作戦体系へ大きな影響を及ぼした事は事実です。1942年4月に真珠湾攻撃を成功させた南雲艦隊のインド洋進出を受けたイギリス海軍は、東洋艦隊の戦艦ウォースパイト、レゾリューション、ラミリーズ、ロイヤル-サブリン、リヴェンジの有力な艦隊を1200km先へ緊急退避させており、これは航空戦力への警戒故の行動の制約といえる。
戦艦大和と武蔵、日本海軍の戦艦で航空攻撃により撃沈されたものはこの二隻です。戦艦大和は第二艦隊として、戦艦大和、軽巡矢矧、駆逐艦八隻を以て沖縄方面へ展開を試みました。対してアメリカ海軍が投入したのは第58機動部隊全部の航空母艦11隻を発進した艦載機です。現在、アメリカ海軍が保有する空母が全てあわせて10隻ですので11隻とは凄い。
空母ホーネット、空母ベニントン、空母エセックス、空母バンカーヒル、空母ハンコック、空母イントレピッド、空母ヨークタウン、軽空母ベローウッド、軽空母サンジャシント、軽空母バターン、軽空母ラングレー、という陣容です。参考までに真珠湾攻撃に参加の空母は、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴でした。アメリカはそれ以上の規模で攻撃を加えた事に。
戦艦武蔵は、第38任務部隊第1群空母 ホーネット,ワスプ,ハンコック,軽空母 カウペンス,モンテレーと第2群空母 イントレピッド,バンカー-ヒル,軽空母インディペンデンス,カボット、第3群空母レキシントン,エセックス,軽空母プリンストン,ラングレー,第4群空母フランクリン,エンタープライズ,軽空母ベロー-ウッド,サン-ジャシントに叩かれ沈みました。
これは戦艦を確実に撃沈するには、戦艦を遥かに上回る航空母艦を集中させればよい、戦艦一隻に対して空母5隻6隻を集中すればよい、という事になります。航空母艦の優位性は、戦艦よりも速力が大きいものが多く、戦力の集中と分散が容易、という点でしょうか。しかし、では戦艦大和型2隻の建造を取りやめ、代わりに例えば翔鶴型空母の12隻を建造する事は出来たのでしょうか、実際には大和型は翔鶴型の二倍ですので、費用面で無理です。
戦力構成の均衡が重要である、戦艦と航空機が必要であるならば、巡洋艦や駆逐艦は不要なのか、当然否です。戦艦が主砲の他に副砲を備えているのは駆逐艦の魚雷攻撃から自衛する為ですし、巡洋艦が無ければ駆逐艦部隊の指揮は勿論空母の直衛に遠隔地での抑止力が不能です、潜水艦も護衛駆逐艦も全てが相応の任務がある、一種類の万能兵器は無い、というものが一つの答えですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
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また、空母自体複雑な構造による工数の増大、艦載機を無理矢理飛ばすための高速力を生み出す高出力な機関が祟り、戦艦の六割程度の排水量ながら値段は戦艦の八割程度はし、これに艦載機や特殊な訓練を要するパイロットの養成費用を足すと、結局戦艦一隻分程度のお値段です。
戦艦一隻撃沈したければ、結局戦艦一隻分以上金を掛けて対抗戦力を整備する必要があります。
この時に得られた戦訓は、「目的を持って行動する艦隊を空襲のみで撃退するのは難しい」です。
空母部隊とは射程も速力も違うので余程が起きない限り直接攻撃出来ないし、当時の対空砲火が弾幕を張って相手の行動を制限する防御的な装備である以上航空機も余り落とせないでしょうが、泊地突入を企図して突入する艦隊を止めるのもまた難しい。
よって、世間一般に流布されている大艦巨砲主義が云々というイメージというものは大間違いであると言えるかと。
一つは、適切な護衛のある戦闘航海中の戦艦を、補助戦力のみで撃沈する事は不可能である、と言う共同幻想が崩れたショック。
もう一つは、同じ程度金の掛かる空母に対して、汎用性で劣ることかと。
前者は、KGV級POWがマレー沖海戦で、戦闘航海中に航空戦力に撃沈されたことで、航空機「でも」戦艦を撃沈し得るという事がわかり、
これまでの軍事的常識が音を立てて崩れた衝撃から、戦艦はこれからの戦に不要なのではないかという疑念が蔓延したのが大きいです。
まあ実態は、ろくな護衛がなく、新戦艦の中でも失敗作と名高いKGV級を練度抜群な我らが海鷲が襲撃したが為に起こった事であり、既に述べた通り戦艦を撃沈するのは本来もっと難しい事ではあるのですが。
二つ目は、空母は戦艦の任務の大半を肩代わり出来るが、反対に戦艦では空母の代わりが出来ないのが大きいです。
空母は航空機を柔軟に入れ換えて対地対空対艦対潜全てこなし得ますが、
戦艦は基本的に対地対艦に特化しており対空は限定的で対潜能力は皆無です。弾庫が空になるまでぶっぱなしたら、一個艦隊丸々海の底に送り込める圧倒的な火力は魅力的ですが、射程は航空機と比べるべくもありません。