鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

中国「残留」孤児その2

2006-12-05 23:35:54 | お知らせ

 『敗戦を終戦と言い今もまた遺棄せられしを残留と言ふ』

 今日の朝日新聞の声欄にトップ掲載された投書の人の短歌です。埼玉県寄居町の71歳になる南部さんです。

 南部さんも井出孫六と同様、「残留」という言葉に違和感を持っていたということです。そして、判決の遅すぎたことに「残留」という冷たい言葉が無関係とは言えないだろう、とも。

 本当に、日本人の言い換えによる責任転嫁、無責任さがよく現れています。やっぱりあの戦争、ある人は「大東亜戦争」といい、また「太平洋戦争」といい、今は「アジア太平洋戦争」というのですか、(どうしても、「太平洋戦争」という表現では、日本はアメリカやイギリスと闘ったということが中心になってしまいますので、名称としては相応しくない(だから、日本はアメリカには負けたが、中国には負けてはいないという感情を持ってしまう。))、どんな名称をつけようが、日本は負けた、完敗でした。敗戦です、無条件降伏です。

 それなのに敗戦とは言わず、『終戦』と言い換えて、現在に至っている。ここに戦後のおかしくなった全ての原因が存在すると私は考えます。

 そもそもの出発点がいい加減だった。自分の手で戦争責任を徹底的に追及しなかった。曖昧なままにして、朝鮮戦争の特需からうまい具合に経済の発展に結びつけることができた。当然日本人の勤勉さ、生真面目さが大きく影響はしているのですが。

 今戦後60年以上が経過したということで、教育基本法からひいては憲法まで変えようとするのであれば、アメリカの押し付けから脱却しようと本当に思うのならば、今からでも遅くはない、日本人自身の手で戦犯、戦争犯罪人を裁くべきです。

 そこまでしてようやく本当の新生日本が出てくる、日本は生まれ変わったといえるのではないでしょうか。警察予備隊から保安隊、そして自衛隊へ。防衛庁が今度は防衛省に昇格することになるようです。そうであれば、なおのことあの戦争が何故おきたのか、誰が起こしたのか、責任は誰にあるのか、天皇の戦争責任まで遡って、日本列島を議論の渦に巻き込んで、徹底的に検証すべきです。そこまですれば、アジアの諸国からも見直されることと思います。

 (丁度、読売新聞が総力を挙げて日本の戦争責任を追及した記事を連載し、上下2巻の本にしました。)

 11時30分を超えてしまいました。このままいくと12時を超えてしまいそうなので、今日はこの辺にします。

 久し振りの写真は、11月26日のTBS「華麗なる一族」へのエキストラ出演お礼の携帯のストラップです。ピンボケですみません。


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