寛文五年九月五日、忠利は朝から松平大膳(忠重)からの使者と、その案内役木下右衛門(延俊・日出藩主)の家臣・青野某を振舞っている。木下延俊正室は忠利の伯母・加賀、加賀の子ではないが延俊女が松平忠重に嫁いでいる。そんな関係での道案内であろう。さて「御使者にお昼を御出ししなければ」とて「うどんを銀一匁分調え」たけれど帰られてしまった。さてどうしようという事に成り、同じくお使いで来ておられた、八条宮智仁親王の侍臣・山田将監の所へ少しお届けし、残った分は黒瀬九郎右衛門へ渡したとある。さて問題、銀一匁でうどんは何杯作れるのでしょうか・・・?
ちなみに五匁銀12枚(60匁)で一両といいますから、一両≒80,000円として、千数百円分ということですか・・・
ちなみに五匁銀12枚(60匁)で一両といいますから、一両≒80,000円として、千数百円分ということですか・・・