津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

『ホテル・モーリス』 森晶麿著 8月8日刊行予定

2013-07-13 15:13:42 | 書籍・読書

 講談社『BOOK倶楽部メール』 2013年7月5日 号外で 読者モニター募集 が届いた。


 「徹底的におもてなしをしろ」
  毎日やってくるギャングたちを迎え撃つのは、伝説のホテルマンの妻、
 元殺し屋のチーフ・コンシェルジュ、そして新人支配人!

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 『ホテル・モーリス』 (森晶麿著 8月8日刊行予定 288ページ予定)
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 「エソラ」「小説現代」に連載され好評を博した「ホテル・モーリス」、ついに書籍化!

 
  物好きな私は「どうせはずれるだろが」と面白半分で応募したところが、なんとプルーフが送られてきた。
 嬉しいとともに、7月21日までに感想文を送らなければならなくなってしまった。
 しかし、こんな体験も良いではないか・・・くたばる前にいろいろ経験して置こうと前向きに考えている。
 なんだか映画化されそうな破天荒な筋立てのようだが、一両日の内に熟読して感想文をまとめることに致しましょう。 
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主要略系図--1

2013-07-13 11:23:55 | 史料

熊本県史料・近世編第二にある主要略系(図)を数回に渡りご紹介する。 

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メモ

2013-07-13 05:48:13 | memo

◆ 寛永二年八月十八日 浅山清右衛門・田中与左衛門宛て忠利書状から(抜粋 熊本縣史料・近世編第二 p188)(綿孝輯録・巻三十)

    一、沢村大学事松平宮内殿御詫言ニ付召返候 左候ハゝ松井宇右衛門ニ遣候家大学ニ可渡候 菊野伊織
       ニ遣候矢倉う右衛門ニはいり候へと可申候 伊織母ハ一角家江うつり候へと可申候 一角留守居者ハ主
       家候ハゝ其分家無之候ハゝ明家をかし可申候事

  ・沢村大学は寛永元年知行地の至津村での百姓訴訟で三齋の機嫌を損じ細川家を退去している。
  「今年か明ル寛永二年かに御家を立退、松平宮内少輔殿江参居候・・云々」と解説して有る。
  沢村大学牢人被仰付置候内道家左近右衛門方迄之状壱包(永青文庫)などものこっている。

  そして以下の如く無事細川家に帰っている。
  寛永二年九月四日  沢村大学帰参被仰付被差下候ニ付而  忠利書状

  沢村大学其方へ差下候扶持方百人扶持、参着より可遣候
                           (綿孝輯録・巻三十)

  松井宇右衛門とあるのは寛永十年大学の養嗣子となる人物である。松井康之の姉の子・松井二平次定高の四男・松井庄次郎友好。


◆ 寛永十六年霜月廿四日 四奉行宛て忠利書状から(抜粋 熊本縣史料・近世編第二 p181)

    一、花畠前之橋出来 百間馬屋之上角之矢倉大方出来 古城両所の橋の作事取懸候由得其其(ママ)意候事
    一、宇野弥右衛門・早川十郎兵衛・鈴江助右衛門跡目之儀三人之せかれ共之儀組頭藪市正・伊丹角助ニ
       相尋候之上にて跡目申付候由得其意候事 

 ・花畑邸と場内を結ぶ重要な橋だが修繕工事でもしていたのだろうか。忠利公江戸在の中で工事が行われたという事だろう。
 ・細川家家臣略系譜に於いては、鈴江助右衛門の名前が見えない。後に絶家したものか・・・ 

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