(刀を忘れる 清成武右衛門)
一、其後刀忘れ御番所より裏玄關迄参候て刀忘れ申とて清成武右衛門は島原にてすくれたる働と承候 御
鐡炮三十挺預り芝御屋敷に被成御座候時歩の御使番勤候時分御番仕居申候拙者前にて忘れ申とて立
歸りさして歸候 何共可存候様もなく惣體そゝふ成人にて候つる 山崎角左衛門御目附の時柏原新左衛門
殿は熊本御奉行所へ被出候時分乗物の内に刀を置御奉行所へ跡より小姓持参候由角左衛門咄承候 十
左衛門所へ参候へは御花畑へ御出の刻玄關にて逢申候 刀さしなから乗物に御のり拙者に乗つけぬ乗
物にて刀忘れ出候事節々有之ゆゑにさしながら御乗被成候由其時分中川梶右衛門は心安く四郎右衛
門殿へも出入被仕候て大勢の中にて江戸當世は刀を忘れては男のならぬ様成る事と承候 島原にて見
申候神足八郎右衛門は陣小屋にて度々刀を忘れ八郎右衛門者と呼候て刀取に遣申候 討死もすくれた
る事にて御座候つると咄申候 其刻江戸ゟ歸候刻三盛咄被申聞候 併忘れぬ様に心付可被申候 他家へ参
咄申時度々参候所は尚以毎度置所替らぬ様に折々参候所も其心得仕候へは急に火事抔と申候て出
候時も常に心付候へは其儘さし能候 江戸の小屋せまき所に大勢咄々伏り居大小ぬき咄候時夜中に火
事などと申度々見申候 脇差など差替候事多く互に笑々差替候様成度々見申候 是も常に心かけ候へは
左様の時も能く候 老父節々被申候刀置候所は立候時跡を見返し候て坐敷奥坐へ通り候へは戻る時能
く候 必々大勢居申刀置候處に同し様に置不申柄並ひ置候處にては鐺の方人と替り置候へは其儘見能
く武功老功の者は若き者の刀の置様にても善悪を見ると被申聞候 御城御花畑刀掛に置候時別て心
を付可申事に候 不苦事とは乍申無調法に聞へ申候 芝御屋敷に見物事御座候て二代目の宇右衛門殿上
御屋敷ゟ被参見物所に通被申候時大勢居候所にて刀を持何方に可置かと見合被申候處前廉召仕被申
仕内藤伊左衛門と申歩御使番勤候者出向ひ候へは刀を渡被申候てしはらく居被申候て刀の置所とく
と見定候て通被申候 度々心付見申候 外には一人も左様に仕刀を置所見届申か自分に置候ても見返し
とくと心付申人は無之候 各心付可被申ため書置候
(刀を忘れても・・・・)
一、上田新兵衛殿は八代御番頭にて被参候砌組の衆に逢被申候刻直に被申渡候由承候 何も御聞置候通近
年は刀を忘れたるとて心にかけ御断なと申衆有之候 世に多き事にて拙者は心得違ひと存候 各若左様
の儀有之御断なと可被仰上と被存候共於拙者は神以取次申間敷候 兼て左様に可有御心得由申渡され
候由承候 上田殿は古き事共能く被存候ま當世にかゝはり被申間敷と終に直に尋不申候 尤に存候 拙者
共新知拝領の刻四人出合候刻拙者申出候各も御同意とは存候得共刀を落し或は忘れたるなとゝ申御
断可申とは神以不存候 併左様の時御断不申上不届に思召御暇被下候共拙者儀は御断申上御國は出間
敷覚悟にて候と申出候へはいかにも/\皆共も同前とて笑ひ申候 神以右之通心得候 昔咄書物にしる
し候
(剣豪寺尾某馬上で居眠りをして刀を落す)
一、寺尾加賀之助と申求馬二男にて御中小姓にて御供役勤江戸へ被召れ候處に鶴崎道中にて馬にて参候
節雨降馬上にて定てねむり居申候やいか様の事か刀を落し申候 即刻心付候はゝ尋させ可申事又宿に
着てもおし出し申候はゝ郡奉行承候はゝ其儘尋出可申可申候 無左候ともケ様の譯にてねむり覺不申落し
たる由申候はゝ御吟味之上にては多分不苦事と可有御座にかくし候て誰にも咄不申候て江戸へ着仕相
勤候内に熊本ゟ申来鶴崎道中にて刀落し申候者御座候 拵等吟味仕候へは加賀之助刀に極まりたると申
来候哉暫く仕皆共も承申候 伏見にても宇治邊にも見物に参候て村井源兵衛抔も同道仕方々見物仕候
時分も心に懸る様子もなく江戸にて御暇被下候 拙者も折々兵法習候て心安く小屋にも見舞に参候へ
は御暇被下不及是非候 併熊本には歸ましき迚何共思はぬ心にて小哥抔歌ひ居申候故成程若く候間江
戸に致逗留可然と申候 其後下谷邊に罷出兵法或は手習子なと参り暫居候か後には病死仕候様に承申
候残多き事に候 右の通に候へは尚以其時有様に鶴崎にて申出候はゝ刀も即刻出申不苦事と成行可申
物をかくし申事心得違ひと存候 惣體他国は大形乗懸馬にふとんはりに刀をさし或はくゝり付置候 當
御家中は前々よりさしなから乗り申候 ケ様事御座候故と存候 馬上にて眠り落し候ても武勇の疵に不
成事殊更求馬か子にて兵法も覺申候へは餘人ゟは心に懸落さぬ様に可仕事御領内故に刀は出申候他
国ならは吟味も成間敷候 又さしながらも眠り落し申間敷事にてもなく候 兎角刀を大事と心かけ候は
ゝ何れの道にも能く可有之候 拙者は常にいたゝく心にてぬきさし仕候 然共所により刀のこしりの方
にぞふりわらしさし置候て所により能く候 此前御船中明石にて風強く御宿へ御上り被成候内に此風
にも多分織部は小早にて可参と御意被成候時に即刻に被参候て御宿御番にて拙者見申候 織部殿一人
草鞋を刀の鐺にさし被申はいり/\偖々無恙目出度目出度とて拙者前通り被申候 信長公御若き時
より御刀に御さし被成候足半(アシナカ)兼松又四郎素足にて働の時比下候由兼松家代々傳申由に候 或道中晝
休なとにて夏はあつく裸に成申時は下帯の上にさし候て能き事多く身に覺申候 兎角力も何方にても
近く置候て能き事多く候 歴々御老中方に参候て手に持心つかぬ様子にて持なから通り候て少もつか
へ不申候 居申所より程遠く大勢参候へは所により家來共置所直置事多く候 何方にても氣のつかぬ
體にて持なから通り候 俄に心付たる様に兎角近くに位も所も入不申候 刀は近く置候事老父度々咄聞
せ被申候間心かけ可被申候 拙者も度々覺候へ共事永くかゝれ不申候 熊本にて前かとは大身成所にて
刀のしとゝ目或は鎺(ハバキ)とられ候 同名無發も何方にてか鎺はつされ拵直し申事拙者幼少の時熊本へ参候
時にて覺申候 皆々小姓坊主にて候由承傳候 拙者若き時江戸木挽町おとり通りかけに芝居にて見申罷
歸候時に見申候へは脇差の下尾とられ申候しとゝめは紙にて下地をはりたるか能きと承及ひ候て紙
にてはりはなれ不申様に仕候故下緒計取申し候 能々あんし申候へは見物可仕かと小用仕あなたこなた
仕候内にあみ笠を手に持跡より参候者か取たるやと存候 其時は偖々口惜次第と心に油断と存小用仕
體にて刀の下緒切つけ歸て暫く人に咄も不仕候 つるあみ笠着候者は左様の時必ぬき手に持なから切
り申と承候 唯今は少なく前かとは多き事にて皆々脇に心移り氣付ぬ所を見候て取申由承左様に
可有事に候