(髪結いの事)
一、拙者元服仕候て人に髪結せ申を老父見被申以の外しかり被申候 足を下々にあらわせ候事以の外叱り
被申候 昔は皆々武用嗜(タシナミ)深く皆用心と聞へ申候 いか様足洗わせ候事も足を取候ては難儀可仕候 三齋
公は御年よられ候ても御髪は御自身御すり被成候事承及申候 忠利公も同苗白入御兒小姓の時御櫛
上ヶ申さる由幼少にて御心安く思召候ての事と奉存候 山名十左衛門殿御咄にて候 長岡筑後殿(三代松井直之)御親父
佐渡殿(寄之)御自ひんに御結被成り候 右の通故御家中の侍に心懸申者は皆々自身結申由御咄被成候 御親父長
岡九郎兵衛(三渕之直)殿其時分は若く御座候へ共氏家甚左衛門殿なども自分に髪結被申候由承早漏拙者も新知被
下候ては人も多く四十餘に成早漏てじぞり自ひん止申候 六十の年在宅仕昔の如く亦結申候 此時親被申
候堀田次郎右衛門・平井理兵衛其刻は何も十人か八九人は自そり自ひんにて候 唯今は少く成可申候
光尚公被召仕島原にても能拙者覺申候 歩頭より御鐡炮廿挺預り申候垂水惣兵衛と申者は夜火燈し不
申髪ゆひ申由火を燈し不申くらき所にて結申ために自ひん上下共に奉公人は如斯と申咄林兵助承及
候由節々咄承候
一、氏家平九郎弓御覧被成候祝儀に角入参候へは今朝平九郎髪結申時らうそく燈し結申候 おれは御兒小
姓勤候へ共火(ママ)そくにてゆわせ候 少申聞叱候へと被申候 いかにも御尤に存候 併唯今江戸なとにては下
々迄もらうそくにも結申候 多分平九郎は申付間敷候へとも家来心得にてらうそく燈したると存候由
申候 平九郎覺可申候 拙者も若き時鏡澤山持申候 不断の二ツ枕箱両方にくり込二ツ懐中に小鏡二ツ
同苗文左衛門見被申御兒小姓の時鏡一ツにて埒明候とて拙者をしかり被申候 角入も鏡一ツ持被申候
事覺申候 次第/\におこり一色にて済申事不断と又道中と御供の時々三色に拵申候 併妻子無之内は
誰も如斯事は家持不申内御知行被下候ては又分別替り差當る事多むさとついへも不仕候と我身に覺
申候 能く生れ付たる人は若き時よりも行末の覺悟仕候と見へ申候 拙者勤の時分迄は御知行不被下候
内は大形妻を持不申風俗にて候 唯今は何國も其家々古く侍共他所望候事なく成候由五十年此方新参
に被召抱候衆無之候 他家は尚以てと承候 譯有浪人なとも有付兼申と見へ申候
一、光尚公御代堀田諸兵衛と申三百石被下御使番勤申候 子供多く末子を歩小姓に被召出被下候様に願申
候 御家中御知行被下候者の初にて澤村大學殿へ右の趣被仰聞何共御分別被成にくゝ思召候 いかゝ
存候哉と御意被成候へは大學殿御請に偖々目出度奉存候 豊前小倉にては中々御知行被下候者の子供
は末子にても望不申候間大國拝領被成侍共も落付候て左様に願申候如望被仰付可然と被申候 就
夫如願三人扶持十石被下候て二三日仕候て御中小姓に被召直候 堀田九郎左衛門と申拙者覺申候 其以
後御知行被下候者の子供歩の小姓に被召出候時は時服被為拝領御切米も何月出申候ても差引なく被
下候由拙者者共被召出候前ゟ時服拝領も御切米差引も止申候 拙者勤候時分は右の拝領仕候者共残り咄
承候 堀田九郎左衛門は堀田次右衛門伯父にて候 堀田先代清正公以來と承出田作左衛門心安く御座候
儀存候
(参勤など道中の折の鎗の数などについて)
一、島原御陣の時清田石見殿甲の前立熊の十文字
忠利公御覧被成候て御所望被成御持鎗十文字に被成候由三盛被申候 夫故か拙者初江戸當年五十九年
にて候 其時分迄熊の御十文字を御鎗かけに十本計同し様成御十文字高サ五尺計の御鎗懸杉なりに仕
両方に懸御座候 御素鎗も熊毛にて筆のことく是も十本計別々御鎗かけ同し様に仕候てかゝり御座
候 妙應院(綱利)様初て御入國の時右の御鎗か覺不申候 御入國ゟ三度目に拙者は被召仕候て見申時は白き
を後兎の毛にて二本對の御鎗御十文字は白き羚半(ニク)の毛替り不申候 御素鎗の鞘は其後白らしやにて初
は紫草にて中を結候様に被仰付候へ共雨降ぬれ候へは白きにむらさきしみ申故くろ草にて結申様
に被仰付候 其時戸越御屋敷へ被成御座候時にて御出前に何れも見申様に被仰付非番の者も小屋/\
より罷出見申候 初の白毛は雨にぬれ候て見苦敷御座候間白らしやに成申事の外御物數寄御自慢と
承申候初は不存候拙者御供に参候時は御先に右の御素鎗一本に御かき鎗一本御駕の御跡に御十文字
都合三本にて其後江戸にて御かき鎗は持不申候て御先御素鎗一本御跡御十文字都合二本に成申候 唯
今は御長刀御持前々の通三本御道具と承申候 御駕の者衣類の事は忠利公御代に子供銘々物數寄御
聞可被成と被 仰付夫々存寄申上候時地紺に山道たてにかきにて染申候はゝ前後より能く見へ可申由
坂崎清左衛門殿御兒小姓の時被申出可然思召とて被仰付候由江戸にて老人衆咄承覺申候 是も御入國
より御上下二三度目ゟ唯今の様に肩の下に山道三筋に成拙者勤申内は替り不申後に 與一郎(様・欠か)の御駕
の者はたてに山道兵部大夫様(二男・吉利)はたて筋かと覺申候 御駕に被為召候て御脇差御鐺はけ申候 何卒御駕の
内にてあたり申所作なき様に仕度事と栗原彌次右衛門申候 御駕のしきいゟ下を黒びろうどにては
り申候はゝ御ふとんのへり何も黒びろうどにてへり取申候間御覧被成候ても御ふとんのへり同前に
て見へ申間敷候 彌次右衛門同前に御勘略にても御座候と申候へは團右殿夫は御勘略と申物にてはな
く候 御鐺はけ申候へはそそにて人の見る事にて候 早々はらせ候と被申候 拙者も勘略と心付申
候 被召仕様にゟ心も夫々に成行申候 團右殿にさのみわからぬ身に候へ共輕く御奉公勤申故におのつ
から心も輕く成申事無念至極と八十に成候ても失念不仕書置候