蒙古襲来と神風 - 中世の対外戦争の真実 (中公新書) | |
服部英雄(くまもと文学・歴史館長) | |
中央公論新社 |
12月13日、くまもと文学・歴史館で館長の服部英雄氏の御著「蒙古襲来」についての講演をお聞きした。
一度は読んでいたので目新しい話ではなかったが、著者の口から伝え聞くとまた感慨を新たにする。
そんな館長が「新刊が出ています。ぜひ読んでください。」と仰ったのがこの本、早速注文したのだが、年末のせいかまだ送られてこない。
Amazonの配送も少々怪しくなっている。
蒙古襲来と神風 - 中世の対外戦争の真実 (中公新書) | |
服部英雄(くまもと文学・歴史館長) | |
中央公論新社 |
12月13日、くまもと文学・歴史館で館長の服部英雄氏の御著「蒙古襲来」についての講演をお聞きした。
一度は読んでいたので目新しい話ではなかったが、著者の口から伝え聞くとまた感慨を新たにする。
そんな館長が「新刊が出ています。ぜひ読んでください。」と仰ったのがこの本、早速注文したのだが、年末のせいかまだ送られてこない。
Amazonの配送も少々怪しくなっている。
一六五
一甲佐屋又右衛門儀職人町別當被仰付候、職人町別當之
儀ハ、従前々職人之内より相勤來候處、職人之内別當可
被仰付者無之候ニ付、常々町人え被仰付候事
右寶暦八年四月日帳
一六六
一本坪井立田口構際番所之儀、前々より御作事ニて候由、
右付て所之老人承傳居候趣等依吟味申出、右之番所及
大破候段達ニ付て、先今度ハ御繕被仰付候事
右寶暦八年四月日帳
一六七
一町中道造之儀ニ付てハ、兼て被仰付置候通無怠様ニ可附心
候、御歸國御道筋ハ別て之事ニ候、若道造之事ニ付存寄
も有之、御掃除頭より丁役之者え申聞之儀候節、差圖之
通可致候、此段町中え及達候事
但、分職御奉行致見分來候處、今度より不罷出候ニ付、
町小路共存寄候ハヽ差圖候様、吉海龜之允え及達候、
右寶暦八年四月日帳
一六八
一近年町内横丁抔え塵芥所々え捨置候、早々取除、以来右
躰之儀無之様、丁頭・組頭共よりも可被心段及達候事
右寶暦八年五月日帳
一六九
覚
「此達、町方帳面ニ扣見へかね候、町中えも及達候
哉と惣月行司遂吟味候處、右帳ニ扣有之由申出候」
火術稽古、其業試候面々之内、未熟之業ニ候哉、所柄次
第火用心悪敷相聞、且又訓物人群衆ニて、作方之障ニも
相成事ニ付、彼是之障無之場所、河尻大慈寺川原或は所
々川口、人家・田畑を離候場所ニて可被相催候、若子細
有之、右外之所ニて火術仕度輩も候ハヽ、前以所柄抔之
儀可被相達候、勿論鐵炮之儀ハ、今迄之通極候角場之外
難叶候、右之趣、觸支配方えも可被申聞候
已上
寶暦十三年也
七月
一七〇
「寶暦八年八月九日ニて候、日帳ニ記ス、明和四年
五月ニ至り、町中え及達候趣は、前ニ記置候事」
一此間所々ニて花火をいたし候、右躰之儀、町之者なと不
致様、別當共より心を付候様、懸/\別當呼出、根取よ
り申聞候、觸候稜ニてハ無之候事
一七一
一町在船持共、方々致渡海、他領ニて船破損、其外及難儀
候節、所之者致世話候ヘハ、夫々一禮申達罷歸、其段相
達候も有之候、又ハ其儀無之罷歸候趣相達候も有之候、
一禮相濟夫申候ヘハ、追而向方え之御附届有之事ニ候、
銘々渡世筋之儀ニて候處、御附届之不依輕重、御難題ニ
罷成候事ニ候、右之様子ハ不存船頭も可有之候、依之、
向後他領ニて船及破損、便船等ニて在所え罷歸、其砌、
一禮申達程之儀も難叶躰之筋ハ各別、左も無之及難儀候
一通り之儀ニても、所之者致世話、又ハ乗組之内相煩、
致病死、其節致世話候處之者え、一禮不申達候て難叶程
之節ハ、相應ニ一禮申達、罷歸候筈之事候間、右之趣町
中船持共、得斗致承知居候て」、右之通之節ハ宜敷計、罷
歸其段委ク申出候様及達候事
右寶暦八年九月日帳
一七二
天明二年八月
一町人數之者、御駕之者・御厩之者等ニ被召抱候由ニて、
町人數被指放げ候へと願出候ヘハ、如願及達、又人畜
之事ハ何とも不申出、何ニ被召抱候と申事迄相答置候も
有之、前々より人畜放候もの歟、放レ不申もの歟抔之僉
議も無之、申出次第ニいたし有之、懸り/\之心得區ニ
有之様子ニ相見候、然處在人數右等之者ニ被召抱候節、
人畜放候ト、放レざるとの極り左之通
「此釣合分之儀、安永九年之覺帳郡代之座ニ委ク
記シ有之候、尤御掃除之者ハ、右之内ニは無之候へとも、
是ハ前々より人畜放レ候由」
一御長柄之者
「御駕之者之儀付てハ、御郡方之繁雑帳ニも委ク記
有之候也」
一御駕之者
一御掃除之者
右ハ在人數放レ候
一御厩之者
一御小人
一御手廻之者
右ハ在人數放れず御抱ニ成候
「此稜之儀、天明元年之御郡方覺帳御奉行之座ニ記
有之由」
一御手木之者
右ハ在人數放レ候得共、此方え達ニ不及、直ニ御郡代よ
り及達被申候事
[付箋]「御作事所小屋手傳、是も在人數を離レ候」