津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■細川小倉藩(112)寛永元年・万日帳(十月廿九・晦日)

2019-12-29 15:46:48 | 細川小倉藩

                        (寛永元年十月)廿九・晦日

         |                                    
              廿九日 両人詰 曇 
         |
土龍ノ黒焼江戸へ |一、土龍之くろやきでき候而、一昨夕作庵持参申候、則明日之便ニ、江戸へ進上可申之由候事、
         |一、神足半七、新参之歩之御小性六人、御鉄炮衆壱人明日出船、江戸へ参候事、
蜜柑江戸へ    |一、右之便、ミつかんを上ケ可申との儀ニ候事、
         |                              (ベトナム)                        
(頭脱)
問太郎介交̪趾へ渡 |一、問太郎介来年正月ニかうちへ渡候ニ、銀子を御持せ候て、若キ御船壱人ニ相添、可被遣通、昨日
海ニ若キ船頭ヲ添 | (樋口)
ウ        |  淡路ニ被申渡候事、

         |      
走リシ下人ノ質入 |一、頼母殿内惣左衛門ゟ、田川野田村庄や惣左衛門所ニしちニ置候女之儀、彼村ニハ左様之者無之
         |              (林)
         |  由、御郡代安宅太左衛門ゟ與兵衛・半左衛門へ之状参候、則頼母殿内小左衛門今朝被呼候て、被

         |  申渡候、弥惣左衛門ニせんさく仕候而、可申上由にて、小左衛門罷帰候事、
         |                         とらへ
天領ノ走者トハ偽 |一、先度はまおきノ者と申、筑前へ走り申候ヲ、人留ニ而留申、則豊後へ進候ヘハ、芦田與兵衛者ニ

宇留津ノ者ニテ入 |           (宇留津村、築城郡)           〃
牢セシム     |  而、在所ハ與兵衛知行うろうすノ者ニて候、親きようたいも御座候、召連帰、籠者江入置候

         |  事                                   〃
         |

         |                                    
              晦日 両人詰 晴天
         | 
江戸供替ニ新参ノ |一、神足半七歩之御小性新参衆六人、御鉄炮衆壱人、御供替ニ江戸へ被差上せ、只今出船候事、助二
歩小性ヲ上ス   |  郎・甚左衛門ゟも状を上ケ申候事、                       〃
         |                 
中野権佐酔狂ニヨ |一、中野権佐相果候通、津川四郎右衛門登城にて御申候、意趣ハ、問太郎兵衛長崎にて、来春渡唐ノ
リ刺殺サル    |  祝振舞仕、殊酒ニゑい申候、主やと迄帰候儀不成候而、道ニとまり申候ニ、やと主も同前ニ給ゑ
犯人ノ宿主ヲ入牢 |                   (長谷川守尚)長崎奉行か
セシム      |  い申候而、夜権佐をつきころし申候、則権六殿ゟていしゅを籠者被申付、色々御穿鑿候へとも、
意趣ナク酔狂ニヨ |  少もいしゅ無御座候、すいきょうにて仕たるニ究候へとも、やかて御誅伐之由候、長崎権佐女房
ルモ誅伐     |  之弟昨日注進ニ参候由候、右之通式ア殿ゟ江戸へ言上候、又御奉行衆ゟハ、神足半七口上にて申
         |  上候様ニとの儀候事、
         |

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■原文に触れる「阿部茶事談」(13)

2019-12-29 08:46:50 | 史料

            

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■年末の風景、縁起物と「判じ文」

2019-12-29 06:30:44 | 徒然

 私がはたち前、もう60年以上前のウソのような話・・・
軒先が落ちかかったような間口一間半ほどの小さな八百屋があり、店先の片隅に新聞紙に毛筆で「十両・五拾円」と書いて、鉢物の小さな植物が売ってあった。
まさに判じ文だが、私は「何のこっちゃ」と思い通り過ごした。
家に帰りそのことを話すと「はいはい」と祖母が反応した。「赤い実がなっとったろう」と聞く。
さてそのことは知らないと答えると、「そりゃえらい高い」という。
よくよく聞くと「やぶこうじ」のことを「十両」と当て字するとの事であった。判じ文は解決したが何故そう言うのかは教えてもらっていない気がするが、赤い実をつける植物に「千両」「万両」があるから、その類だろうと思って来た。

                  「やぶこうじ」の画像検索結果

 そのことに対して蘊蓄を聞いたのは10年ほど前の今頃である。
ある園芸店を訪れたら、お正月の飾りとして「千両・万両」が寄せ植えにしてある。
その下に全く違う赤い実のついた植物が添えられていた。あまり気にせずのぞき込んでいたら、店員が声をかけて「これは、千両・万両ありとおしという縁起ものです」という。
こちらは深い意味があることなど露知らず「そうですか」と返事をすると、「一番ちっちゃいのがありとおしです」という。
蘊蓄をきくと「ありとおし=蟻通し」で蟻を刺すような棘があることからそう呼ばれ「一両」ともいうのだそうな。
ありとおし=有り通し」で、「千両や万両の財産が有り続けるように」との縁起かつぎなのだそうな。
大いに合点していると、店員さんの話はさらに続き「一両・十両・百両・千両・万両」と、それぞれありますとの事で、蘊蓄話は他のお客さんが来て終了した。
こういう話はなかなか忘れがたく記憶している。最近「万両・千両・百両・十両・一両」というサイトを見つけて再確認したことであった。

 十両(ヤブコウジ)は古い土地柄の里山や薮の中などには良く見受けた。
百両についてはとんと知らないが「カラタチバナ」だそうだ。写真を見ても見たことはないように思う。

 散歩の道筋にある道路から一段高いお宅は、地震後擁壁の上のブロック塀を取り壊された。倒壊を心配しての事で、現在はいろんな植物が丸見えである。
そこに千両がありヤブコウジもある。ヤブコウジは10数株ほどで合わせて百数十両程しかなく「千両にはほど遠いな~」と思い口元が緩んでしまった。

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