津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■小倉戦争と熊本藩(7)鹿子木彌左衛門の「見聞録」(四・了)

2023-11-01 09:05:38 | 史料

一 三番組本陳附并先手物見二て合戦中敵合且諸勢手分向等東西二発走致馬之見合不申候二付出立二も相
  成終日別手辛労有之面々左之通
    三池丹左衛門   藤崎彌右衛門   吉津次一郎   東 太郎平
    富藤権之助    井上儀左衛門   志水一学    片山傳四郎
    中嶋次兵衛    山代丈之助    中村九右衛門
  右之外鳥越阪戦場江者貮番手大筒塩山牛右衛門弟并二五番組八番組七番組茂手分二て追々数人出張炮
  発働申候
一 今日拂暁ゟ炮戦相始五ッ比ゟ圖明寺越坂四ッ半比大谷間道三所之戦争二相成大小之炮聲山海二想音誠
  以夥敷九ッ比ゟ者賊兵寺より鳥越阪二寄来味方苦戦二相成候處追々應援馳付競懸申し候間賊も四五度
  者返合頻二発炮二候得共七ッ比二至賊兵遂二大崩二相成坂之下ゟ新町表江相至引取申候 敵■■致たる
  勢二乗し濱手往還追分迄五六町程押詰往還筋二て賊兵相見不申尚押詰候処を見込ミ遂有之長迄見合人
  数引揚之節手負死傷之賊を見出し各首揆取小銃玉薬等分取其外兵粮玉薬箱等道路二打捨有之候 為躰
  実二敗北之次第相顕申候 左候て峠二相扣居申候内諸手ゟ少々相進往還之左右山中等手負死骸之首を
  揆取申候 右之内二者御物頭大里隼之助嫡子同角太郎三番組鬼塚源八手負見出外様足軽など四五挺一
  同二炮発致中村左助組子ゟ右手負之首を揆取セ申候 彼是時刻為後貮番手御物頭七番但等馳付たる一
  番手之玉薬も乏敷空腹ニも有之旁引替り大谷口江引揚兵粮を遣玉薬入替尚又暮前ゟ鳥越坂山手ニ相詰
  入夜ハ番組ニ引替引取申候

                   (つづく)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする