百醜千拙草

何とかやっています

お天道様が見ている

2011-01-18 | Weblog
日本では、昔からトップダウンで、官僚主導で決められたワクに国民は押し込まれてきました。ワクをはみ出そうとしたり、ワクそのものを壊そうとする人間を、この国の官僚組織は、警察や検察を使って犯罪をでっち上げたり、マスコミを使って虚偽報道を繰り返し社会的に抹殺しようとしてきました。あるいはウラの非合法の力を使って物理的にも消してきました。そうして国(あるいはこの国の官僚組織を操るアメリカ)に都合の悪い人間を排除することで、ガチガチの搾取システムを構築してきました。官僚組織の闇を暴こうとした人、官僚組織の都合の悪い情報を知りすぎた人々、アメリカにとって都合の悪い人間は、あの手この手で嵌められ、殺されてきました。田中角栄、鈴木宗男、田中眞紀子、石井紘基、政治家だけはありません。自殺で処理されている中の多くの人も本当は消されたのだろうと思います。
 現在、政治主導のないこの日本で、無法極まりない官僚支配をやめさせて、民主主義を日本に根付かせる唯一の手段が、国民一人一人の意識の向上と行動だろうと思います。それが数人ならば、石井議員のように暗殺されたり、三井環氏や植草一秀氏のように犯罪をでっち上げられて逮捕拘留されたり、田中角栄や眞紀子氏のように政権からはずされることになります。しかし、国民が万単位で動けば、そういうことはできません。
 現在の市民デモの規模は東京でも千人から二千人というレベルで、地方都市だと数百人という数です。もしこれが万単位に膨らめば、世の中は変って行くと思います。事実、マスコミでは比較的マトモな東京新聞では1-10の市民デモの様子が報道されましたし、記事にはならなかったものの大手マスコミも取材に来たそうです。心強いことに、この市民デモ、去年に続いてまた各地で計画されています。こういう市民の活動が、現在、本当に社会を変えることができる唯一の手段だと思います。本来なら国民に選ばれた政治家が国民のために社会を良くしていくのが筋ですが、この国では政治家よりも官僚とその親玉のアメリカの方がはるかに強く、都合の悪い政治家、即ち官僚組織とアメリカの国民搾取を阻止して、国民の税金を国民のために使おうとする政治家は、ことごとくマスコミと国家権力の総攻撃にあって葬り去られきたわけで、政治家を通じて民主主義社会を実現することが困難なシステムになってきます。政治家だけにまかすのではなく、市民が声をあげ、官僚、マスコミの不法行為に常に厳しい監視の眼を向け続けることが、もっとも有効な手段であろうと私は思います。
1-10の検察とマスコミの横暴に対する市民デモに続き、各地で市民デモが計画されています。(http://nicoasia.wordpress.com/2011/01/15/再び全国に民衆デモが飛び火!%E3%80%80全国デモ情報!/)

 「和をもって尊しとする」日本人の美意識、君子の教えですが、私が、この年になって漸く学んだことは、世の中には、そういう他人の美徳を逆手にとって利用しようとする卑怯で狡猾な悪人は思いのほか多いということでした。そういう根っからの悪人でなくとも、普通の一般人で「義を見てせざるは勇なきなり」と思える人は多分十パーセントもいないのではないかと思います。また、普通の人なら自分が喰うに困ったら、心ならずも己の利益のために他人を利用することを選ぶ人は少なくないのではないでしょうか。実際のところ、自分の目前の利益にしか興味がなく、世界市民あるいは社会の一員という目で自分自身を見る事をしない人間がこの世の中大多数を占めていると思います。彼らは扇動に乗りやすく、自分の利益次第でどっちにでも転びます。そんないわば無責任な人々が多数を占めていて付和雷同して多数決で政治が決まってしまう場合を衆愚政治と呼ぶわけで、残念ながら戦前も戦後も日本の政治システムはそのレベルでした。理想の民主主義は社会の構成人員の個々人が十分成熟した判断能力を持ち、彼ら自身が責任をもって発言する意見の総和が社会のシステムを作りあげるような場合ですが、国民の成熟度は民主主義の先進国のイギリスであっても、そこまで達することはありません。
 若い時は、目の前のことで精一杯で、政治や社会のことを考えるヒマも興味もありませんでした。実は、それこそが、この国が国民に望んでいることです。国民を生かさぬよう殺さぬように絞り上げ、目の前のことを処理するだけ、生きて行くだけで精一杯という状況に追い込み、社会への興味を失わせ、政治不信を植え付けること、それが官僚システムの利益(即ち、一般国民の不利益)に繋がるからです。知らぬ間に、所得税、消費税、介護税、ナントカ税と、国民の財布からカネを吸い上げて、そのカネを国民のためでなく、官僚とその付随組織の利益のためにこっそり使ってきた、そのイカサマ商法に国民が気づかないように、マスコミや学校教育を通じて国民を洗脳してきたわけです。テレビはお笑いとスポーツ中継で国民一億総白痴化を促進し、ニュースでは権力にとって都合の悪い政治家のスキャンダルや一方的な捏造情報を垂れ流し、権力にとって都合の悪いニュースは芸能ネタをぶつけて覆い隠す、権力とべったりのマスコミが国民に自分の住む社会や国を、国民主権にのっとって変えて行こうとする気持ちの芽がでないように、国民を洗脳してきました。今、成長しない経済下で沈み行く日本で、国民一人一人の危機意識は高まっています。これまでの官僚支配による搾取構造を改め、本当に国民の利益を考えた政治を望んでいます。アメリカの属国となるという高度成長期の選択は今はもう国民のためにはなりません。

武者小路実篤の「仲良き事は美しき哉」という言葉は、年をとってからより共感できるようになりました。しかし、一方でわかったことは、戦うべき時は人は戦わねばならないということです。しかも、ルール無用に攻撃を加えてくる敵に対しても、その戦いは雄々しくルールに則って正々堂々と戦われなければなりません。そうでなければ一時的には勝ててもまた負けます。現在、アメリカ-官僚組織の手下に成り下がったカン一味が、己の私利私欲のために、日本の民主主義、国民主権を破壊しようとなりふり構わぬ攻撃を仕掛けています。無駄の見直しも一般会計より遥かに大きい特別会計の見直しも何もしないで、首相になった瞬間からいきなり増税路線を明確にし、今度の内閣改悪では、与謝野氏という増税論者を大臣にしたという露骨な人事。そもそも、この与謝野氏、確か先の総選挙で落選したのに自民党の比例枠で復活したゾンビです。自民のお陰で議員に残れたくせに、自民党から離党して立ち枯れポンを立ち上げて、そのまま議員に居座った無法者です。比例ゾンピなのだから自民を離党した時点で議員辞職が筋です。しかも、今回、大臣の椅子をちらつかされたら、ホイホイと仲間を裏切って、自分が立ち上げた立ち枯れポンを離党し、あれほど本まで書いて批判してきた民主党の閣僚に収まったのですから、恥知らずも極まっています。ま、空きカンがそもそももっと大恥知らずのクズですから、類は友を呼ぶですかね。いずれにしても、この空きカンは、ルールを無視した薄汚いやり方で、政権の椅子に座りました。昨年の新年会では小沢氏の新年会にやってきてにこやかに乾杯の音頭までとった空きカンが首相になった瞬間から、汚い手を使って露骨な小沢切りを断行してきました。去年の小沢邸での新年会で小沢氏の横で写真に移っている空きカンは最後の晩餐のユダそのものです。ユダの末路をこの空きカンは知っているのでしょうか。ユダがキリストを慕う人々への裏切りであったように、「国民の生活が第一。」と言って、国民の支持を受けた小沢-鳩山民主党を、クーデターによって乗っ取った空きカンとその一味は、国民にとって倒すべき敵です。小沢氏は、それでも、今のタイミングで空きカン一味というコソドロを始末しようとすれば、民主党の分裂を来して、政党政治そのものが立ち行かなくなる、それよりは、とにかくここはガマンして二大政党制という制度を根付かせる方が大切だと考えているのでしょう。しかし、追いつめられた国民はそう悠長なことは言っておれません。日本の政治の成熟のために国民の生活が犠牲になるのなら、それは、やなり本末転倒であると私は思います。

先のテレビインタビューで小沢氏は「絶対正義は勝つ、お天道様が見ている」と信念を表明しました。私もそう思います。そして己の利益のために、不正を働き、人を裏切り、騙す者は自分がやったと同じような卑怯な手で陥れられ、その座を追われることでしょう。天網恢々粗にして漏らさず、誰も見ていなくてもお天道様が見ています。
コメント
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