百醜千拙草

何とかやっています

CRISPRマウス 体験記

2015-11-20 | Weblog
CRISPR/Cas9の技術はあっという間に広がって、様々な方面に応用され、我々のような末端研究者でも簡単に手が出せるようになりました。その簡便さは画期的技術であったTALENやZFNをわずか数年で過去のものにしてしまいました。マウスでESを使った遺伝子ターゲッティング技術も間もなくCRISPRに置き換えられて過去の話になりそうです。
今回、新たにヒト疾患でみつかった点突然変異のマウスモデルを作ることになり、CRISPR/Cas9でやろうということになりました。以下、その感想をメモ。

遺伝子操作のStrategyは、wild-type Cas9と合成一本鎖DNAのrepair templateを、マウスの受精卵に打ち込むというやり方をとることにしました。DNAの切断が起こる必要があるので、Cas9-nickaseと2つのガイドを使うspecificityの高い方法と、従来のwildtype Cas9とシングルガイドを使う方法で悩みましたが、特異性よりも効率を優先してWildtype Cas9/シングルガイドでやることにしました。オーソドックスに20塩基長のガイドRNAをつかいました。

(最近の研究で、Cas9は結構ランダムにDNAに結合はするのだが、ガイドの相補性とその長さがCas9の高次構造に影響を及ぼしてCas9の活性を決めているらしいということがわかりました。以前からガイドは短かめの方が特異性が高くなるという不思議な知見がありました。最近の論文ではガイドが14塩基以下になるとCas9は切断活性を失うということが報告されています。つまり、ガイドは単にCas9を目的地へと連れていくだけではなく、Cas9の活性そのものに影響するということで、これで、短いガイドの方が特異性が増すというという観察結果を説明できそうです)

DNA切断後のNon-homologous end joining (NHEJ)によるリペアはhomologous recombination (HR)によるDNAリペアよりもはるかに効率が良いので、Wildtype Cas9でDNA切断を起こさせると、多くはNHEJを通じたリペアのせいでindelの変異が起こります。今回のような望む変異をHRを通じて導入する場合は、HRが運良く起って目的とする変異が入った場合でも、その変異の入ったDNAをさらにCas9が再切断することがないように、通常はrepair templateにsilent mutationをいくつか入れて、HRが起こった後にガイドRNAが認識できないようにすることが行われます。しかし、われわれの場合、non-codingの領域の点突然変異だったので、silent mutationを入れるということができず、その変異の一塩基をガイド配列内にくるようにデザインするのが精一杯でした。PAM配列のしばりがあって、その変異箇所を含んで設計できた唯一のガイドのデザインはコンピューター予測ではあまり効率はよくなく、培養細胞でのテストでも、Cas9の切断効率は数割で、少なくともテストに使った細胞ではdeep sequencingしてみても、目的とする変異を導入することはできませんでした。
 
しかし、結局、他に有効なstrategyがないということで、無い金を振り絞って、一発勝負してみることになりました。金銭的に一発が限界、コケれば、たそがれのオケラ街道、吹き抜ける木枯らしが身にしみます。

リペアテンプレートは140塩基長、ちょうど中心部位に一塩基の変異を入れ、あとの配列は野生型配列です。Cas9 mRNAとリペアテンプレートは受精卵の細胞質内へ注入。
結果、61のマウスが生まれて、50頭が育ちました。PCRと制限酵素を使ったRFLPによる簡単なスクリーニングの結果、約一割のマウスに目的とする塩基置換がありました。培養細胞のテストと、リペアテンプレートに一塩基の変異しか入れることができなかったことから、効率はかなり悪いのではないかと予測していたので、この高い効率は意外でした。さらに数頭のFounder マウスからのゲノムを用い、変異部分を含む領域を一次スクリーニングよりもより大きな範囲をPCRで増幅し、クローン化した上で、シークエンスしてみました。多くで、目的とする変異だけの導入がありましたが、二頭では変異に加えて数塩基の欠失変異が同じalleleにさらに導入されており、これはおそらくHRが起ったあとにさらにCas9による再切断が起ってNHEJでリペアされたためであろうと想像されます。HRの効率がNHEJよりも悪いので予想されたことですが、対立alleleにはほとんどのマウスでindelを主とした変異が入っているようです。

総じて、mouse zygoteでのCRISPR/Cas9の効率は培養細胞に比べて、はるかに高効率なようです。スクリーニングで気づいたことは、Mouse zygoteでは、Cas9によって、しばしばかなり大きなinsetion/deletion mutationも誘導されるらしいということで、DNA切断後のNHEJではせいぜい数塩基のindelがおこるだけだろうと思い込んでいた私は、驚きました。リペアテンプレートでのHRの効率も思ったよりもはるかに良かったです。高効率であることの裏返しは意図しない変異が誘導されてしまう危険性を示唆しているとも思います。事実、PCRとシークエンスの結果から、数百塩基にわたるdeletion変異の誘導、50塩基ほどのinsertion、塩基置換に加えて数塩基のdeletionが同一alleleに認められた例、数十塩基の小さな領域のinversion変異などが認められました。培養細胞のテストではせいぜい1-5塩基のindelがおこるだけだったので、mouse zygoteでのこの様々な種類の変異が起ったことは意外でした。このような多様な変異が同時におこることが、この方法でマウスゲノムに変異を入れる場合に、問題になるかもしれません。少なくとも、変異導入locus周辺は、広い範囲で余計な変異がないかを確かめておく必要がありそうです。

変異はおそらく、DNA修復のプロセスがzygoteではよりsloppyである(らしい)ことが原因で起こっていると思われます。ZygoteでのDNA修復は、正確にリペアすることよりもいい加減でもいいから早く直すということが優先されているようです。つまり、種々雑多な変異が導入されるのはzygote intrinsicな問題で、CRISPR/Cas9の特異性の問題ではないように思います。その点からは、Cas9-nickase/double guide RNAや短いguide RNAを使って特異性を上げたところで、このような多種の変異の導入に関しては、改善はされないだろうと想像されます。なんらかの薬剤などでzyogoteでのDNA修復過程でのfidilityを上げつつHRの効率を維持するというような工夫が可能かも知れません。

しかし、いくらES細胞を通じた従来のマウス遺伝子操作法がより正確で確実だと言っても、CRISPR/Cas9の利便性はその多少の欠点を補って余りあります。conditional alleleにしたり、大きなinsertionを入れたりという操作では、CRIPR/Cas9では、まだ効率や予定外の変異の導入などの欠点が問題でしょうし、またヘテロやホモのノックアウトでlethalになってしまう場合も問題になってくると思いますが、non-lethalな小さな突然変異を入れるというような目的では、CRIPR/Cas9は第一選択と思います。また、複数の変異を複数の遺伝子に同時に導入する場合などもCRISPR/Cas9は優れていると思います。
もうESには戻れないなあと感じました。
コメント (3)
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