どうでもいい話。
昔、医者がエラそうにしていたころ、患者さんや一般の人には理解できないように一部の単語をドイツ語をいじった言葉に変えて会話するという習慣がありました。入院はアウフ、退院はエント、食事はエッセン、ゲロはエルブレというような感じです。今はドイツ語ではなく英語が医学用語のスタンダードになり、医療現場も多少オープンになって、多分こうした習慣は廃れたのではないかと思います。
同様に、音楽業界や芸能界の業界用語というのもありました。私は業界の人間ではないので、ジャズマンが書いたエッセイなどからそうした言葉を知りましたが、例えば一万円、二万円をチェーマン、デーマンと呼ぶような音階を数字に当てはめたり、言葉の一部を省略して、例えば「前借り」(アドバンス)を「バンス」と言ったりします。そういえば昔、深作欣二監督の「上海バンスキング」という映画もありました。それから、もっと多いのは音節の前後を入れ替えるヤツです。森田はタモリ、日本はポンニチ、食事はシーメという具合です。これらの業界用語がどのように発達して根付いていったのか、あまり深く考えたことはなかったのですけど、先日、フランス語の(レッスンの)ビデオを見ていて、ちょっとその歴史に興味が湧いてきました。
というのは、フランス語でも「シーメ」があるということを知ったからです。フランス語のシーメはもちろんメシのことではなく、メルシ(Merci)のことで、その音節をひっくり返したものです(Cimer, 実際にはシーメアと発音される)。同様に「Ouf」は「Fou (crazy)」、「Muef(カノ女)」は「Femme (女)」の音節を逆にしたものです。またバンスのように一部が省略される場合もあるようで、例えば、アメリカ人 [アメリカン americain]は「リカン」となります。
こうした言葉をフランス語では le verlanと呼び、起源は中世に遡るそうです。Wikipediaによると「広く使われるようになったのは1970年代に入ってからで、verlanという言葉の登場自体も1950年とされている。、、、1970年代から1980年代にかけて、郊外でよく使われていたverlanは、その住民のアイデンティティのひとつとなった。疎外感を感じた若い世代は、黒いジャケット(1950年代にロッカーが反抗的なイメージを示すために着用した衣服)やベルランの使用を普及させた。、、、」とあります。[verlan という言葉(発音的にはヴァロン)が、"l'envers(逆向け、発音はロンヴァ)"という言葉の音節をひっくり返したものです]
というわけで、verlanが市民権を得て、フランスで流行し始めたころと、日本でバンドマン用語が使われ出したころとはほぼ一致するのではないかと想像します。とすると、日本の業界用語の起源は中世ヨーロッパ発の言葉遊びではないだろうかと思ったりするのですけど、どうでしょう?誰か知りませんか。