マスコミの伝え方は、センセーショナルに、ことさら数字の上昇を示すばかりのように思われる。
知りたいのは、感染者数、重症者数、死者数ばかりではなく、どういう人がどのような状態で感染してどんな経過を辿ったのかだ。
病気で人が亡くなるのは、たいてい複合的ダメージがあってのことのはず。
亡くなったは、腎臓や肺に疾患を持つ人だったのか、加齢だけではなく体力の劣った人だったのか、一時的に無理をして弱っていた人なのか、生活習慣や偏食や依存症や貧困などの悪条件があった人なのか、全く健康そのものだった人なのか、そういうことが知りたい。
コロナ以前に、他の病気で末期的症状だった人が、だからこそ簡単にコロナに感染してしまい寿命が若干縮まったということでも、コロナで亡くなったという数字に入ってしまうのだろう。
個々の中等症Ⅰ、Ⅱの人も同様で、さらに重症に進んでしまった場合は、それぞれその経緯も知りたいのだ。
つまり私にすれば、前立腺癌も甲状腺癌もやったけれど、切除術をやってもらって、多少の後遺症はあるものの健康的に過ごしているので、コロナウィルスに感染することはまぁまぁないだろうと思っているのだ。
体力を過剰に浪費して疲れ切るというようなことは、決してしない。
手洗い、うがいには消極的だけれど、私が行く店は、ホームセンター、スーパー、薬局、コンビニ、百均、たまに回転寿司くらいで、それぞれ入り口に消毒液が設置してあるから、しっかり手に揉み込む。
店内では不織布マスクを必ず食事中以外は着けているけれど、恐怖感や衛生観念や道徳観からではなく、非難がましい目で見られないためだけ。
喉が乾かないように、いつも潤っているように、コーヒーやお茶などの水分は十分に摂るようにしている。
それに、これは信仰に近いかもしれないが、気管支や蠕動を助けるために龍角散の粉は日に何回も摂る。
ワクチン接種は、住民票のある宇治の家に3週間以上長居できるのは冬だけということになるので、まだ受けていない。
罹らないだろうと楽観的だから、覚悟がある訳でもなく、ワクチン接種に疑問を持っているわけでもなく、冬になってからでも接種券が有効で在庫も潤沢なら打ってもらおうかと思っている次第。
画像はコブシの結実
おそらく、あれが悪いこれが良いという二項対立的視点で行く限り、後手後手にならざるを得ないんでしょうね。
多角的に有機的にファジーにやって行くしかないんでしょうね。
最初から、間違っているのではないか?と。
…遅くないから、病院・医者・保健所・看護師・医療従事者を早めに増やす努力を、予算をつけて、国がしているか?(sukebo)
マスメディアも「視聴率」を求めて、やってきた。
われわれは、マスクと手洗いや、常識的な予防を続けていく。
国には、急いですべきことがある。今日明日にも。
別にある強い考えがあってのことではなくて、成り行きです。
徐々に弱気な発言になって行くと思っています。
ただ田舎に行ったら、安全度はぐんと上がると思っています。
私の田舎での今までの感染者総数は、今のところ0.05%です。
頑張りましょう・・ね。
人と出会わない 隔離生活?
無理無理
現状の中でワクチン接種は一筋の光
お互いに頑張りましょう