○秀作を聴く(060623)
**「約束を忘れなかったのか」「忘れるもんですか」 激しく、ほとんど叫ぶようにお蝶は言った。「一日だって、忘れたことはなかったのよ」**
藤沢周平の『橋ものがたり』新潮文庫は江戸の橋を舞台とする出会いと別れのものがたりだ。
橋は川によって分断されているふたつの土地を結ぶ、そして人の心も・・・。 この短編集に収録されている「約束」をCDで聴いた。朗読は倍賞千恵子さん。
幼なじみの幸助とお蝶。奉公に出ることになったお蝶が幸助を仕事場に訪ねてくる。
**「五年経ったら、二人でまた会おう」(中略)「どこで?」「小名木川の萬年橋の上だ。お前は深川から来て、俺は家から行く。 そして橋の上で会うことにしよう」**
五年後・・・お蝶を待つあいだ、幸助は考える。五年前の約束だ。お蝶が覚えているとは限らない・・・。今ごろ知らない男の女房になっているかも知れない・・。 約束の時刻を三時間も遅れてお蝶が幸助の待つ橋の上に現れる。そして、冒頭の台詞。さすが女優の倍賞さん、上手い。「約束を忘れなかったのか」のあと、「忘れるもんですか」と涙声で叫ぶ。この台詞にぐっときてしまった。目頭が熱くなり、涙、涙・・・。この手の話にはとにかく弱い。
手元にはもう1枚、『静かな木』がある。藤沢周平晩年の作品。2枚のCDを貸してくれた友人によると落語家 柳家三語楼の朗読がなかなかいいらしい。深夜、静かに聴こう。