透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

飾り御柱

2010-01-10 | A あれこれ


冬のフォトアルバム 飾り御柱@松本市内田 撮影日100110

 松本の東山山麓に位置する内田地区で毎年行われる飾り御柱です。松本市の重要無形民俗文化財に指定されています(平成12年)。

御柱といえば諏訪が全国的に知られていますが、松本にはこんなにきれいな御柱があるんですね。長野県内には他にもこのような飾り御柱(呼称は違うかもしれません)を行うところがあるようです。

電柱と比べると高さが分かりますね。すっとまっすぐに伸びた赤松(はぜ木のように毎年同じものを使っているのかも知れません。確認できたら書きます)の木、そこに細い竹を何段も取り付けて、さらに縄で竹を縦に繋いで、色紙で作った御幣を飾っています。しめ縄の紙垂(しで)と同じ形だと思います。

飾り方は地区によって少しずつ違っているようです。竹を水平ではなく、扁平した菱形を縦に繋ぐように取り付けてあるものを他地区で見かけました。

これはどうやら三九郎(正月飾りやだるまなどを焼いて無病息災を願う伝統行事)や道祖神と関係のある祭りらしいのですが、詳しいことは分かりません。

私はこの飾りを見て秋田の竿灯を思い出しました。竿灯は稲穂をモチーフにしたもので五穀豊穣を願う祭りと聞いていますが、この飾り御柱にもそんな願いが込められているのでしょう。

「なぜ」

2010-01-10 | A 読書日記



 タイトルに「なぜ」がつく本はやはり気になる。『なぜ対馬は円く描かれたのか 国境と聖域の日本史』黒田 智/朝日新聞出版 読了。次、昨日書店で手にした本は『神社の系譜 なぜそこにあるのか』宮元健次/光文社新書。

対馬が丸く描かれた理由。この本のタイトルに対する答えは本を読み始めてすぐに出てきた。**即興で地図を描こうとすると、無意識のうちに書き手の住まいやなじみ深い地域を詳細に書き込んでしまう例を、だれしも経験したことがあるだろう。描かれた地図は、しばしば濃淡のあるものとなり、制作者の意図や制作目的が強調されたものになる。**

ではなぜC型のクロワッサンのような対馬の地図が描かれたのだろう・・・。
その答えは第1章「対馬は円かった!?」に書かれている。

C型クロワッサン対馬地図、「日本国対馬島之図」は『海東諸国紀』という朝鮮王朝官僚たちのバイブルだった歴史書に収録されている。

中世の対馬は日朝を結ぶ海上交通の要衝だった。対馬は津島が転じた(この本には明確にこのことが書かれてはいないが、そう思った)。津は港。

利用できる港の情報を示すことが目的だった地図。多くの寄港地と通交者の多い地域を伸張させて地名を書き込むスペースを確保した。逆に寄港地が少ない地域は圧縮された。このような理由による海岸線の伸張と圧縮の結果がC型クロワッサン、というわけ。簡単にまとめるとこのようになるだろう。

本書ではこの部分を現在の地図とも対比させながら、実証的に、詳細に論じていて興味深い。ただしこの本の大半(第2章以降)は別のことの論考。

対馬市厳原町の西方に位置する有明山(安曇野の有明山と同じ、このことでふと思ったことがあるがそのことには触れない)、その麓にある厳原八幡宮は対馬にいくつかある社廟の代表的な存在で、かつて下津八幡宮と呼ばれていたとのこと。そしてもうひとつ、海神神社は上津八幡宮と呼ばれていたそうだ。

対馬は南北に長い島だが、北津と南津ではなくて上津と下津としたのは「東西」志向の日本と無関係ではないかも知れない・・・。

これから読む『神社の系譜 なぜそこにあるか』の第3章は「大和朝廷と東西線」。古今「東西」が年を越してしまった・・・。 

「対馬」 過去ログ