「蓬生 志操堅固に持つ姫君」
■ 光君が須磨で苦境の日々を過ごしている間、援助を失った末摘花は気の毒なほどさびれた暮らし向きになってしまう。邸は荒廃、蓬や葎(むぐら)が生い茂っている。女房たちも次々と去っていく。それでも姫君は邸や道具の売却を持ち掛けられても拒む。**「(前略)私の生きているあいだに、お邸を手放すなど考えられません。こんなに不気味に荒れ果てているけれど、両親の面影が残っている古いお邸だからこそ、心もなぐさめられるのです」**(483頁)そのような状態の邸に野分の追い打ち、渡り廊下が倒壊し、板葺きの雑舎が幾棟も骨組みだけが残る姿に。なんとも悲惨な状況。
加えて姫君は**だいじに育ててくれた父宮の考え通り、世間は用心すべきものだと信じて、手紙を送り合ってしかるべき人々ともまったくつきあいを持っていない。**(484頁)読んでいてかわいそうだなと思う。
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姫君の叔母の夫が太宰大弐に任ぜられる。叔母は姫君を筑紫に連れて行こうとするが、姫君は頑として受け付けない。光君の来訪を信じているから。
時は過ぎてゆく・・・。翌年の四月、光君は花散里、そう末摘花ではなく別の女性のことを思い出して出かけていく。途中、見覚えのある邸の前を通りかかる。末摘花、光君と再会!
**その昔、夫の留守に、いらぬ疑いを避けるため、塔の壁を壊して夜中灯りをつけていたという貞淑な女の話を思い出し、その女と同じようにずっと長い年月を過ごしてきたのかと思うと、いとしく思える。一途に恥じらっている姫君はさすがに気品があり、奥ゆかしく思える。この人を援助するべき人として忘れまいと思っていたのに、もう何年もいろいろなことに紛れて忘れてしまっているあいだ、さぞやこの自分を恨んだだろうと思うと、なおのこと姫君が大切に思える。あの花散里も目立って派手にする人ではないので、そちらと比べても大差なく、この姫君の欠点もさほど目立たなかったのである。**(498頁)
「光源氏なんて浮気ばっかし、あたし嫌い」 今時の文学少女の源氏評はこんなところだろうか、でも上掲の引用箇所を読むと情に厚いのかなとも思う。
紫式部は次のように書く。**光君といえば、かりそめの戯れだとしても、平凡な人並みの女性には目も向けず耳も貸さず、世間から、これは、と注目され、忘れがたい魅力のある人たちを求めているのだろうと思われているわけです。しかしながらこんな正反対の、何から何まで人並みにも及ばない人を一人前に扱うのは、いったいどんなつもりなんでしょうね。これも前世の宿縁なのかもしれません。**(499頁)
光君は末永く庇護することを心に誓い、末摘花を二条東院(本文では二条の東の院と表記されている)に引き取る。
変わらぬ心の尊さよ。
1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋