透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「若菜 下」

2022-07-06 | G 源氏物語

「若菜 下 すれ違う思い」

 「若菜 下」を読み終えた。『源氏物語の女君たち』瀬戸内寂聴(NHK出版2008年)によると、『源氏物語』54帖を三部に分け、第一部を「桐壺」から「藤裏葉」までの33帖、第二部を「若菜」から「幻」までの8帖、第三部を「匂宮」から「夢浮橋」までの13帖とするのが一般的だという。

なるほど『源氏物語解剖図鑑』佐藤晃子(エクスナレッジ2021年発行、2022年3刷)も同じ分け方で第一部「若かりし光源氏」第二部「老いを迎える光源氏」第三部「光源氏の子孫たち」という見出しがつけられている。

「若菜」がこの長大な物語の大きな峠ではないのか、と思っていた。上掲本などから既にインプットされていたので。「若菜」は、物語のトーンが変わってきていると感じた。「若菜」は読み応えがあった。ボリュームがあって読むのに時間がかかったし、読了後の充実感もあった。

この帖では紫の上の発病と柏木の密通という大きな出来事が描かれる。

朱雀院は娘・女三の宮の後見として光君を選ぶ。光君は一旦は辞退するも、結局承諾する。朱雀院は光君の異母兄、だから女三の宮は光君の姪ということになる。登場人物の関係を確認しないと基本的なことも見落とす。

冷泉帝が即位してから既に18年。時が流れた。冷泉帝が退位し、東宮が即位する。女三の宮を大切にする光君。紫の上は出家を願うが、光君に許してもらえない。心の安寧は出家によってしか得られないのだろうか・・・、皆出家を願うようになる。

朱雀院の御賀(五十歳の祝い)を前に光君は女三の宮に琴(きん)の稽古を熱心につけている。**「紫の上がいつも聴きたがっているあなたの琴の音に、ぜひともあの方々の筝(そう)や琵琶の音を合わせて女楽を試してみましょう。(後略)」**(337頁)ということで、練習の成果をためす女楽が行われる。貴族の優雅な催し。

その夜、光君と紫の上は来し方をふり返る。光君、六条御息所については次のように語る**ずば抜けてたしなみ深く優雅な人のお手本として、まず思い浮かぶが、どうもつきあいにくく、逢うのはつらかった。私を恨むのも当然で、じつにもっともなことだとは思うが、(中略)中宮を私のほうでもお引き立てして、世間の批判や人の恨みも気にせずに力添えしているのを、あの方もあの世から見直してくださっているはず。(後略)**(392頁)

その直後、紫の上は病に倒れる。

さて、柏木。女三の宮の姉である女二の宮を妻とした柏木(督の君)だが、**どうしても胸に秘めた姫宮への恋心を忘れることができない。(中略)まだ姫宮が幼い頃から、たいそううつくしくて気品があることや、帝にそれはたいせつに育てられていることなどを聞いていたので、このような恋心を抱くようになったのだった。**(397頁)

現代語訳した角田さんは、上掲文の「うつくしくて」や、「たいせつ」など私がこれは漢字でしょうと思うことばをひらがな表記をすることが少なくない。

柏木があろうことか女三の宮と強引に関係を結ぶという事件を起こす。そう、事件。柏木は小侍従を説得して手引きさせ、女三の宮の部屋に忍び込む。そこで長々と口説く。で、強引に関係を結んでしまう。その後続く密会、やがて女三の宮は子を宿す。

光君は女三の宮が具合が悪いと聞いて見舞いに行き、そこで手紙を見つける。この帖のクライマックスだ。**少し乱れた敷物の端から、浅緑色の薄様の紙に書かれた手紙の、丸めた先が見える。光君は何気なくそれを引き出して見てみると、男の筆跡である。(後略)**(419頁)筆跡から恋文は柏木が書いたものと分かってしまう。

光君と藤壺、柏木と女三の宮。継母と密通した光君、奥さんに密通された光君。因果応報。

光君は思う。**「亡くなった桐壺院も、こうしてお心では何もかもご存じでいながら、知らん顔をしてくださっていたのだろうか、思えばあのことは真実おそろしく、あってはならぬあやまちだった」**(422頁)私は桐壺院は分かっていたと思う。光君は父親の桐壺院とは違い、六条院で催された宴席で柏木に強烈な皮肉を浴びせる。秘密を知られたことが分かった柏木は心痛に体調が悪化、実家で伏す。

紫式部は**昔物語などでも、引き出物の詳細をさもたいそうなことのようにいちいち数え上げているようですが、もうとても面倒で、こうした身分の方々の仰々しいおつきあいについては、数え上げればきりもないので・・・。**(「若菜 上」322頁)として描写を省略することがある。私も彼女に倣って、このあたりで切り上げる。


1桐壺 2帚木 3空蝉 4夕顔 5若紫 6末摘花 7紅葉賀 8花宴 9葵 10賢木 
11花散里 12須磨 13明石 14澪標 15蓬生 16関屋 17絵合 18松風 19薄雲 20朝顔 
21少女 22玉鬘 23初音 24胡蝶 25蛍 26常夏 27篝火 28野分 29行幸 30藤袴
31真木柱 32梅枝 33藤裏葉 34若菜上 35若菜下 36柏木 37横笛 38鈴虫 39夕霧 40御法
41幻 42匂宮 43紅梅 44竹河 45橋姫 46椎本 47総角 48早蕨 49宿木 50東屋
51浮舟 52蜻蛉 53手習 54夢浮橋