利根郡川場村門前にて 撮影日2022.07.07
◎ 川場村で火の見櫓をバックにマンホール蓋(*1)を撮ることができた。 蓋には村の木・ヒメコマツと村の花・シャクナゲを円形に配置し、その内側に山を思わせるへの字形の太い帯と樹木(樹形から針葉樹だと思われる)を描いている。への字は武尊山(日本百名山、昔登ったことがある)、樹木は村の豊かな自然を表現しているものと思われる。蓋の下側に「かわば」「おすい」という表記がある。
*1 特定環境保全公共下水道の蓋
利根郡川場村門前にて 撮影日2022.07.07
◎ 川場村で火の見櫓をバックにマンホール蓋(*1)を撮ることができた。 蓋には村の木・ヒメコマツと村の花・シャクナゲを円形に配置し、その内側に山を思わせるへの字形の太い帯と樹木(樹形から針葉樹だと思われる)を描いている。への字は武尊山(日本百名山、昔登ったことがある)、樹木は村の豊かな自然を表現しているものと思われる。蓋の下側に「かわば」「おすい」という表記がある。
*1 特定環境保全公共下水道の蓋
群馬の火の見櫓 7
■ 7日、自宅を出たのが朝5時半。それから9時間後の午後2時半、ようやく目的地にしていた利根郡川場村に入った。9時間か・・・。この村で火の見櫓が見つからなければガッカリだなぁ、と思いながら県道263号を走行していた。「あった!」 この火の見櫓が遠くに見えた時はうれしかった。①
1356 利根郡川場村門前 4脚4〇型 撮影日2022.07.07 ②
①の逆方向から見た様子
川場村の地理について調べていないので分からないが、ここは村内のメイン道路の交差点ではないか。そのような場所を火の見櫓の立地条件のひとつとして挙げて良いと思う。
背が高くてスレンダーな火の見櫓だ。今日既に観た火の見櫓と同じ様なプロポーション。脚が短いが、何基も観てくると、安定感があって、これも好いと思えてくる。天秤のように持ち出した横材は放水後の消火ホースを乾燥させるためだろう。火の見櫓に沿わせて乾燥塔を建てた複合的なものより、見た目への影響は少ない。サイレンもスピーカーも設置されていないことも勘案すれば、許容範囲に収まっていると思う。言うまでもなく主観的な見解だが。
群馬の火の見櫓 6
1355 沼田市中発知 4脚4〇型 撮影日2022.07.07 午後2時過ぎ
出合った火の見櫓の位置情報をネット上の地図にプロットすることだってできるだろうに、アナログ人間だから火の見櫓の所在地をカーナビに表示される住所やこのようなもので押さえている。バス停には沼田駅―迦葉山と表示されている。地図を見ると迦葉山はかなり奥だ。火の見櫓が立っているかもしれない。
半鐘が手前の柱に隠れてしまっている。このような写真はNG.
火の見櫓の後ろは發知神社。
諏訪の建てぐるみ 撮影日1979.05.04
■ 今は火の見ヤグラーなどと自称してあちこち火の見櫓めぐりをしているが、若かりし頃は民家を見て歩くのが好きだった。上の写真は中央東線の茅野駅から上諏訪駅まで徒歩で民家めぐりをした時に撮った建てぐるみと呼ばれる民家の写真だ。蔵をくるむ(包む)ような型式だからこのように呼ばれると理解している。
民家に対する関心が無くなったわけではない。今回、群馬県内をめぐっていて、あちこちで民家を見かけた。火の見櫓を何基くらい見つけることが出来るか分からなかったこともあり、民家の写真も少しだが撮った。
みなかみ町から沼田市に入り、県道266号を走っていてこの民家と出合った。群馬で何と呼ばれているのか分からないが、これは諏訪地方の建てぐるみと同じ型式だ。これは「利根錦」の蔵元の建物であることが看板などから分かった。
火の見櫓と同様に民家も今や絶滅危惧種。民家めぐりをしていた頃から火の見櫓にも興味を持っていたら、民家と火の見櫓のツーショットが撮れただろうに・・・。
沼田市下発知 下発知生活改善センター向かい 撮影日2022.07.07
群馬の火の見櫓 5
■ 現在立っている火の見櫓の多くは戦後、昭和30年代から40年代前半にかけて建設された。昭和40年代の後半以降にできたような新しい集落内に火の見櫓が立っていることはあまりない。従って火の見櫓を見つけるのには古くからある集落内の道路を通ればよいということになる。だが、土地勘のないところでは、判断が難しい。十分な下調べをすれば別だろうが。
今回は国道より県道や市町村道をできるだけ走行するように心掛けた。もちろん昔の街道が国道になっているところも少なくなく、国道添いに昔からある集落もあるから、これはあくまでも便宜的な判断だったともいえる。
高山村からみなかみ町へ迂回して沼田市に入ったのもこのように考えたからだった。このような次第で県道61号を走行していてこの真っ赤な火の見櫓と出合った。徒然草第52段「仁和寺にある法師」が教えるように、旅行先について詳しい人から事前に情報を得ておくこと、目的に合った情報を雑誌やネットなどであらかじめ調べておくことも必要だ。だが、今回出かける前に下調べをしていないのに、このような火の見櫓と出合うことができたのは幸運だったと思う。
1354 利根郡みなかみ町政所(? *1)真政公民館の近く 4脚4〇型 撮影日2022.07.07
前稿で紹介した月夜野の火の見櫓は直線的に逓減していたが、この火の見櫓はなだらかなカーブを描いて逓減している。この点は違うが見た目の印象はよく似ている。残念なことに消火ホース乾燥塔が櫓に控えをとるようにして建てられている。これは群馬の火の見櫓のプロトタイプの一つなのかもしれない。これが無かったらいいのになぁ、と勝手に思う。
櫓中間の踊り場までは梯子は外付けされ、そこから見張り台までは櫓内に設置されている。見張り台に比して屋根が小さい。屋根を支える柱上端に交叉ブレース。見張り台を支える4本の方杖。手すりにつる状の逆さハートの飾り。
2段目の横架材で構成される構面には水平ブレースが設置されている。脚は短い。
*1 所在地は近くの信号機の表示に依ったが正しいかどうかわからない。
1019 浜松市天竜区東 4脚44型 撮影日180526
群馬の火の見櫓 4
■ **国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。** 『雪国』の有名な書き出しの長いトンネルは上越線の清水トンネルのことだが、このトンネルはみなかみ町から谷川岳の下をくぐって新潟県の湯沢町に抜けている。みなかみはひし形群馬(過去ログ)の2の領域にある町だ。利根川はこの町の北端、ひし形群馬の上の尖った所が源流。利根川に沿って北上する県道61号、63号を藤原湖(藤原ダム)辺りまで辿ってもよかったかもしれないが、みなかみ町は予定に組み込んでいなかった。
1353 みなかみ町月夜野 4脚44型 撮影日2022.07.07
県道61号を北進、上越新幹線上毛高原駅の近くでこの火の見櫓と出合った。時刻は午後1時ころ。直線的に逓減する櫓は見張り台でかなり細く絞られている。そのため柱の間隔が狭く、たぶんこのことに因ると思われるが屋根と見張り台が間延びして見える。だが、これはこれで美しいフォルムだ。
残念ながら半鐘は既に撤去されている。屋根頂部の避雷針には蔓のようなデザインの飾りが、また屋根の4隅には小ぶりの蕨手が付いている。屋根のこのような飾りは長野県内の火の見櫓と同じ。見張り台の手すりには飾りもなくあっさりしている。手すりが低いと思われる。
脚部の様子。なんとなくの印象に過ぎないが、群馬の櫓は脚が短いと思う。補強部材が下端まで伸ばしてある。これは好ましい。