透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「エレガントな宇宙」

2012-06-15 | A 読書日記



 10年間も机上の本立てにとどまり続けた『エレガントな宇宙 超ひも理論がすべてを解明する』ブライアン・グリーン/草思社をようやく読み始めた。この本を読むためのウォ―ミングアップとして、先日新書を2冊読んだ。

「超ひも理論(超弦理論)」は宇宙の広がりから最も小さな物質の粒にいたるまで、物理を支配する法則を統一するものだ。自然界に存在する重力、電磁力、弱い力、強い力、この4つの力を統一する理論。どの力についても全く分からないが・・・。

この分厚い本を読み始める。

読みものとして楽しめるようにとの配慮であろう、冗長だなと思う箇所も無いわけではないが、読み急ぐことなく、時間をかけて読もう・・・。


 


「1メートル宇宙」

2012-06-13 | A 読書日記



 昨日(6月12日)の信濃毎日新聞朝刊にこの記事が載った。宇宙は生まれてから現在まで、およそ137億年経つことが知られているが、生まれてから13億年後の宇宙の様子を観察したという。私にはまったく理解の及ばない世界だ。





理解が及ばないと言えば、この頃、この2冊の本を読んだ。

『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』 大栗博司/幻冬舎文庫 

素粒子論が専門で世界的にも名の知られた研究者が物理学のニュートン力学から始まる諸理論、特殊相対性理論、一般相対性理論、量子論、超弦論構築の歴史を難しい数式など使わず、喩え話をまじえて「分かりやすく」解説した本。

アメリカ大リーグを代表するピッチャーが少年野球の選手を相手にキャッチボールをするように、とでも表現すればいいだろうか・・・。仮に草野球をするとしても控えにまわるような私では、いくら受けとりやすいボールを投げてもらっても何回も後ろに逸らすことになったが・・・。

**学校で習うユークリッド幾何学では、円の中心角は三六〇度、三角形の内角の和は一八〇度など、図形と角度の関係が決まっています。でも、それは「平面上での話。数学の世界では、曲った平面上の図形について考える幾何学もあります。**(92頁)

ここで著者は紙で作った円錐(とんがり帽子の形)に円(頂点から等距離にある点を結んだ線)を描いて、それを平面に開いた様子をイラストで示している。

また、アリにとっては水をまくのに使うホースの表面は縦にも横にも行ける2次元空間だが、鳥の場合、足がホースの太さよりも大きいので、縦方向にしか移動できない。つまり、アリの位置は縦・横の二つの情報で決まるが、鳥の位置は一つの情報で決まる。アリにとって2次元空間が鳥にとっては1次空間にしか見えない。この喩えは分かりやすい。私などは3次元空間より高い次元の空間はイメージできないが、10次元というような高次の空間をイメージできる人もいるのかもしれないと思えてくる。

宇宙の謎に迫るって、非常に抽象的な概念、凡人には到底理解できないことを考えることになるんだ、ということは「よく」分かった。

『はじめての〈超ひも理論〉 宇宙・力・時間の謎を解く』 川合光/講談社現代新書

この本の著者もまた、大リーグを代表するエースのような研究者が物理学の究極的な理論といわれる超ひも理論(超弦理論)を説く本。大学野球のレギュラー選手を相手にキャッチボールをするように、つまり大学で物理学を専攻している学生くらいのレベルの読者を想定して書かれている。

それにしても「1メートル宇宙」などというものをイメージすることは到底できない。また、著者らの研究チームが唱える、宇宙はビッグバン―ビッグクランチ、つまり宇宙の始まりと終わりを繰り返すというサイクリック宇宙論などは私には全く理解の及ばない理論だが、それにも始まりと終わりがあるのだろうか、それとも数珠のようにエンドレスなんだろうか・・・。

う~ん、皆目分から~ん。


 


― 松本市笹賀の火の見櫓

2012-06-12 | A 火の見櫓っておもしろい

■ 松本市笹賀、狭い生活道路脇に立つ火の見櫓。脚部のバランスがよく、美しい。下の写真のようにトラスが脚元まできちんと伸びている例は案外少ない。

踊り場まで梯子を櫓の外に設置する場合、踊り場の部分にブレース(大半は丸鋼とリング式ターンバックルにより×状に設ける斜材)を設置してしまうと梯子から踊り場へ入れない。だから、上の写真のような構成にするが、私は梯子をすべて櫓の中に納めてしまって、櫓の構成をイレギュラーさせない方が好き、その方が美しいと思う。もちろん例外はあるが。

   
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下り棟先端の細い蕨手 すっきりデザインの手すり 表面が「つるりんちょ」な半鐘。余分なものがないので屋根下がすっきりしていて好ましい。


美脚!

撮影 120610


既に見た火の見櫓


「声」

2012-06-11 | A 読書日記



■ 今月3日、元オウム真理教信者菊池直子容疑者が逮捕された。1995年5月の特別手配から17年ぶりだった。翌4日の朝刊一面にこのことが大きく報じられた。

記事には警視庁が今年2月に新たに作成し、公開した似顔絵が載っているが、これが5日付朝刊に載った逮捕直前の菊池容疑者の写真とは全く似ていない。捜査員の一人が「あれではすれ違っても分からない」と思ったと記事にある。先ほど改めて似顔絵と写真とを見比べたが、確かに同一人物だとは到底思えなかった。

以前、20数年ぶりにある人から電話をもらったことがあったが、その時、声が昔と全く変わっていなくて驚いた。顔は変わる。でも声は変わらない。もっとも私は顔も変わっていないと、OB会などで久しぶりに再会する旧友に言われることがあるが。

ところで松本清張に昭和31年発表の「声」という短編がある。新聞社の電話交換手の女性が電話で偶然強盗殺人犯の声を聞いてしまったことが招く悲劇を描いた作品だ。

事件から半年近く経っても犯人の手がかりがなく、捜査本部は解散する。交換手の女性はそれから更に半年後に新聞社を辞め、交際していた男と結婚する。ある日、男の勤め先の同僚の声が電話で聞いた犯人の声と同じことに気がついて・・・。

松本清張が朝日新聞に勤めていたとき、ベテランの電話交換手が非常に大勢の人の声を聞き分けることを知っていて考えた作品だという。

繰り返す、声は変わらない。だから、手配者の写真や似顔絵だけでなく声も公開すべきだと思うが・・・。


 


「重力とは何か」

2012-06-10 | A 読書日記

 左脳は論理的に、右脳は直感的に理解する領域を受け持っているといわれる。脳梁が左右の脳をつないでいるのだから、実際はどの程度機能分担がされているのか分からないが、とにかくそのようになっている(らしい)。

左利きの場合は右脳の領域、右利きの場合は左脳の領域が得意だと聞く。まあ、そのような傾向が見られるということだろう。ボクはもともと左利きだ。で、確かに右脳の領域、直感的に分かる分野が得意、と言うか好きだ。



『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』大栗博司/幻冬舎新書を買い求めた(著者の大栗博司さんは「素粒子論」で世界的に知られた研究者)。

この手のテーマには興味があるが、姿形を具体的にイメージできないことの理解がボクの脳は苦手だ。抽象的な説明はどうもよく理解できない。だが、本の帯には**最先端の理論が直感で分かる、エキサイティング宇宙論。**とある。「直感で分かる」ならば、ボクでも少しは理解できるかもしれない、そう思って読んでみることにした。

ところで「超弦理論」は「超ひも理論」と同義。「ひも」には別の意味もあるわけで、どうも・・・、ということからか分からないが、専門家は超弦理論と呼ぶことが多いとのことだが、この本を手にするまでは超ひも理論ということばしか知らなかった。





なんでもかんでも読んでみよう。


 


「ま、いっか。」浅田次郎

2012-06-10 | A 読書日記


「ま、いっか。」浅田次郎/集英社文庫

 女性誌「MAQUIA」に連載されたエッセイを集めた本。

浅田次郎の熱心な読者でもないが、先日書店で平積みされていたこの本を迷うことなく買い求めた。「ま、いっか。」 このタイトルに惹かれたのだ、きっと。

望むレベルには達していないけれど、「ま、いっか」と妥協してしまうことは日常生活で時々ある。処世術として必要かどうかは分からないけれど・・・。いや必要だな。

漱石の『草枕』の書き出し**智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。** この意地を通せば窮屈だという指摘って、「ま、いっか」も必要なんだと理解できないかな。いや、そこまでは言ってないな・・・。

さて、このエッセイから。

浅田さんが発見した美人顔の重要ポイント **絶世の美女と謳われる女優さんなどは、洋の東西を問わずこの口元が美しいことに例外はない。淋しげな一重瞼でもお肌が荒れていても、エラが張っていても鼻が低くても、なぜか美人は美人だという秘密はこれで、まさしく口元の良さこそ「七難を隠す」のである。**(54頁) モナリザか・・・。弥勒菩薩のアーカイックスマイルか・・・。

**しまりのない口元は、一見して品性に欠ける。表層をどれほど上手に糊塗しようが、品のない顔に美しさを見出すことはできない。(中略)口元を知性の表象とする人相学にも一理はある。**(55頁) なるほど。巷に氾濫する「目だけ美人」への忠告。口元に注意は男にも当て嵌まるだろうから心しないと・・・。

粋なという形容がピッタリの浅田さんのすじの通った生き方を知る。


 


感謝の気持ち

2012-06-07 | A あれこれ


6月6日付信濃毎日新聞朝刊の社会面に載った記事

 火の見櫓に興味を持つようになってから、こんな新聞記事に目がとまるようになった。

従業員の消防団活動に協力的な事業所を市町村が認定する「消防団協力事業所」の長野県内の認定数が今年度中に1000件に達する見通しだそうだ。この数は全国最多ということで、県が工事入札などで協力事業所を優遇していることなどが影響していると見られると報じている。

記事は続けて、認定制度が消防団員の減少数の抑制にもつながっているとの見方もあると報じている。認定制度開始前は年間600~800人くらいだった減少数が開始後は100~200人くらいに留まってるとのことだ。

辰野町の消防団長に取材して**認定を受けた事業所に勤務する団員は、出動を含め団の活動に参加しやすくなる傾向にある**という、上記の見解を裏付けるコメントを得ている。辰野町は消防団の活動が活発な町で、いまだに火災予防週間には団員が半鐘を叩いている。

**同町では、協力指定を受けた温泉施設や自動車学校などが、団員を対象にした割引サービスも実施。**と記事にあるが、知らなかった・・・。

消防団員数減少の理由について、地域社会への帰属意識の希薄化、郷土を大切に思う気持ちの低下などと、括ろうとは思わない。活動が大変という単純な理由で押さえておこうと思う。仕事を終えてから夜間訓練などに参加するより、家でビールでも飲みながらテレビを見ている方が楽、だから・・・。

地域の若者として消防団員として活動するのは当たり前のことなどと考えたら、団員に対する感謝の気持ちは湧いてこないだろう。そう、何事も当たり前だと考えたら感謝の気持ちは湧かない。

消防団員が活動しやすい環境を整えている事業所に感謝、夜中でも呼集されれば飛び出していく団員に感謝。


 

 


「幸せの教室」

2012-06-04 | E 週末には映画を観よう

 既に廃線となっている北海道の広尾線にあった愛国駅と幸福駅。「愛国から幸福ゆき」切符が大人気になった。僕も友だちからこの切符をもらった。歌手・芹洋子の「愛の国から幸福へ」という歌も流行った。もう随分昔のことだ。

*****

映画「幸せの教室」を観た。トム・ハンクスとジュリア・ロバーツの共演。あらすじはネットで検索すれば見つかるから省略、というわけにもいかないか・・・。

トム・ハンクス演ずるスーパーマーケットの店員ラリー・クラウンは学歴がないことを理由にリストラされる(アメリカも学歴社会なんだな・・・)。 ならば、学歴を得ればよいと隣人にアドバイスされて短大に入学。学生部長(なのかな)にすすめられて選択したスピーチクラスの教師がジュリア・ロバーツ演ずるメルセデス・テイノー。

ラリーはバツイチで現在独身。メルセデスはポルノ好きの作家?、単なるブロガ―?のダンナとは家庭内離婚に近い状態。となれば、ストーリーの行方は明らか。

映画には必ず鑑賞者というか、社会に向けたメッセージがあるはず。この映画の場合は離婚率が高いアメリカ社会に向けて「人生いつからでも遅くない、幸せに向けて舵をきろう」ということだ(と断定的に書くことがポイント)。

中年おじさんラリーは若い女子学生にももてて、充実の学生生活。なにかと面倒をみてくれるかわいい女子学生のアドバイスで服装も垢ぬけていく。

ラリーとメルセデスのふたりは幸せに向かって舵とり。やる気のなかった教師メルセデスはどことなく暗い印象だったけれど、次第に表情も明るくなっていく。

はじめ学生はみんなスピーチが下手だったけれど、次第に上手くなっていく。特に最後のラリーのスピーチは印象的だった。

ラリーがアルバイトで働いているレストランを訪ねた時の恋する中年女性メルセデスは美しかった。

あまり話題にならなかった映画。暇ならどうぞ、くらいの評価が一般的なのかも。でも、好きだな、こういう映画。


 


「見えがくれする都市」

2012-06-03 | A 読書日記



 『見えがくれする都市』 槇文彦他著/SD選書(鹿島出版会)

発行は1980年の6月。初読は同年の12月。この本は都市計画を学ぶ学生たちのバイブルなんだとか。何年ぶりかで読み返した。

見えがくれすることによって生じる「空間の襞」がいく重にも重なり合って演出される空間の「奥性」。奥性という概念によって読み解く日本の都市空間の特徴。確かに広重の「江戸百景」などは奥性の表現がテーマではないかと思われるほどだ。

今回読んで興味深かったのは第Ⅳ章の「まちの表層」だった。

表層は都市の構成単位の内部領域と公共領域(道)との境界だが、その形態に自然観や空間概念が反映しているという指摘。確かにヨーロッパの厚い壁1枚の表層と下の写真ような日本の表層は全く違う。建物の壁だけでなく、塀や、植物など、薄い層を何層も重ねることで表層が構成されている。この「薄い層を何層も重ねる」というところがミソ。竹垣、格子、すだれ、のれん、障子・・・。

このような視点でまち並みを構成する表層を観察してみるのもおもしろいだろう。


民家 昔の記録 佃島 観察日820429



 


ブックレビュー 1205

2012-06-02 | A ブックレビュー



 NHKテレビの番組「週刊ブックレビュー」は終わってしまったが、この「月刊ブックレビュー」はまだまだ続く(たぶん)。

5月の読了本6冊。

『せいめいのはなし』福岡伸一/新潮社   内田樹、川上弘美、朝吹真理子、養老孟司。以上の4人との「動的平衡」というキーワードをめぐる対談を収めた本。

 **実は分子生物学者が顕微鏡の向こうに見ているのは科学者自身の自画像ではないかと書いたことがあるんです。(中略)実は科学者もまた自身をまるごと対象に投影して、自分を通じて自然現象を捉えているのではないかという気がしたのです。つまり、自分が見たいものを見ているんじゃないかって。**(37頁)内田さんって本質を捉える眼、慧眼の持ち主だなあ。

朝吹さんとの対談で、福岡さんは**細胞は、一個の受精卵が二つに分かれて、細胞同士がちょっとずつ相互に補完しあい、関係しあいながら、分化を進めて行きます。細胞一つ一つは全体のマップを持っていないのに、関係し合いながら、つながりながら、全体としてはある秩序を作れてしまうことが生命現象の最大の特徴なんです。**(91頁)と語る。

更に続けて**人間の中にも、マップラバー(地図好き)という、地図で全体像をマクロに鳥瞰してどこに何があるかを把握してから、具体的な行動を始めるタイプと、マップヘイター(地図嫌い)という、地図などに頼らずまわりの探索行動・試行錯誤を繰り返しながら、自分の目的地に近づいていくタイプがいます。(中略)生命はマップラバーというよりマップヘイターです。鳥瞰的に設計されたものでなく、臨機応変に関係性をたよりに発生してきたものです。**(92頁)と語っている。

生命に関するこの認識はそのまま日本の集落、都市の成長についても当て嵌まり、興味深い。

『生きのびるからだ』南木佳士/文春文庫  私にとって南木さんのエッセイは毎日飲み続ける薬のようなもの。同じ内容の繰り返しだと分かっていても、文庫化されるたびに読んでいる。 

『プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実』朝日新聞特別報道部/学研  そもそも「事」の真相、真実って何だろう・・・。

『空海入門』加藤精一/角川ソフィア文庫  **空海はきわめて明晰な思索力を持っており、中国の仏教理論を十分に読みこなし、真言密教の体系を作り上げる際にも、過去を十分にふまえ、自らの工夫を十分に加えて、整然かつ仏教の本道を進む、堂々たる理論を完成させた。**(114頁) 平安の巨人空海の生涯と思想、哲学。

『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』鈴森康一/講談社ブルーバックス  **生き物のからだもロボットのからだも、力学的・幾何学的な制約条件の範囲でしか成り立たない。その制約条件下で最適な設計を追求してゆく限り、ロボットは生き物が待ち構える同じゴールに向かわざるを得ないのだ。**(222頁)

知恵を振り絞ってするデザイン。だが、行き着くところには、常に神様のデザインが先回りしている!

『空間の日本文化』オギュスタン・ベルク/ちくま学芸文庫  **言語学者金田一春彦氏によれば、日本語における時間の決定は、行動全体を一望の下に収める拠点には立たず、主観的視点、客観的視点を交代させながら、次々と拠点を移して行われる。**(203頁)

ここに福岡さんの細胞に関する指摘にも通じる、俯瞰的な視点を持たないという言語的な特徴が取り上げられているのは興味深い。

**日本的空間がかくも境界域を重要視するのも、まさに日本的空間の面的広がり性、さらには細胞性の故である。各々の細胞が全体の一部としてではなく、それ自体として存在する分だけ、媒介作用が必要になる。**(205頁)

引用分を載せたが、総じて内容が難しく、文章を目で追うだけで内容の理解には及ばなかった。でも本書に『見えがくれする都市』 槇文彦他 鹿島出版会を再読するきっかけになった引用があったことだけでも良しとしておこう。

さて、もう6月。今月はどんな本を読もう・・・。村上春樹の『1Q84』の文庫本? いや、読むとしても年末だな~。


 

 


城西の道祖神

2012-06-02 | B 石神・石仏

  

 6月1日は松本市城西(城西町)に祀られている道祖神のお祭りの日。幔幕、提燈、旗、そして献酒。

普段は施錠されている石の祠の扉が開けられて、納められている木彫の双体道祖神がその姿を見せている。松本市内には木彫の道祖神が何体もあるとのことだが、これはその内のひとつ。

道祖神は今なお地域の人たちに親しまれ、大切にされている。


 


6「シンプルな名刺ですね」

2012-06-02 | C 名刺 今日の1枚

 *1

6 カフェ バロのYさん

女優・仁科明子(現在は亜季子と表記)はNHKのテレビドラマ、『白鳥の歌なんか聞こえない』でデビューした。原作は『赤頭巾ちゃん気をつけて』で芥川賞を受賞した庄司薫の同名作品。仁科明子が演じたのは主人公・薫のガールフレンド役だった。この時の彼女は当時のボクのストライクゾーンど真ん中だった。

カフェ バロのYさんは、仁科明子が演じた薫くんのガールフレンドと同じ名前。このことをボクは何回話したのだろう・・・。年をとると同じ話を何度も繰り返す、このことをさだまさしが詩にしている。そう、百恵ちゃんが歌って大ヒットした「秋桜」で。

昨日(1日)からバロは夏時間営業で夜8時までとなった。で、仕事帰りに寄った。コーヒーはいつもの安曇野ブレンド。昨日も先の話をしてしまった。帰り際に名刺をつくったことに話が及んで、Yさんに6枚目を渡した。

「シンプルな名刺ですね」 マトカのYさんと同じ感想を聞いた。名刺には住所を載せてないから、漢字が少ない。たぶんそのせいだろう。

次に名刺を渡す時、相手はどんな感想を口にするだろう・・・。


*1 写真提供 カクさん 


 

**そんな私が芸能界に足を踏み出すようになったきっかけは、高校3年の夏。この夏、私は、ある雑誌のグラビアに、父といっしょに出た。それが、ちょうど庄司薫さん原作の『白鳥の歌なんか聞こえない』をドラマ化しようと、出演者を探していたNHKのプロデューサーの目にとまり、姉のマネージャーに出演を打診してきたのだ。話が決まったのは、もう二学期の終わりころだった。**『いのち煌めいて』 仁科明子/小学館(16頁)