和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

タイトルがすべて。

2007-06-08 | 朝日新聞
6月7日の新聞広告で週刊新潮のタイトルをながめていると、こんなのがありました。
特集「『腹話術の人形』みたいに空虚な『古舘伊知郎』研究」。
これは、「カオナシの声」より鮮やかに内容がわかるタイトルです。
それじゃあ、というわけで「週刊新潮」6月14日号を320円なりで買ったわけです。4ページほどのその特集を読んでみたかった。というわけでその紹介。

タイトルにもなった言葉はどうしてついたかという箇所。

「本誌のコラムを連載する林操氏が話す。
『前から、古館さんの役割は、テレビ朝日や報ステの台本通りに喋る腹話術人形です。ただし、彼の場合、10を求められると、20ぐらい反応する過剰なタイプで、そこが長所でもあり、短所でもある。朝日的な発言のつもりが、知らずにエスカレートし、結果、空ろで意味不明なコメントができるのではないでしょうか』」

もう一人のコメント。

「・・・コラムニストの小田嶋隆氏。
『要は、印象的なキャッチーな言葉を並べ、視聴者の心を掴むことが第一です。だってプロレスの中継でも【大巨人、アンドレ・ザ・ジャイアントの入場です。おおっと、人間山脈、鳴動だ】なんて、後で振り返れば意味なんかわかりませんよね。それと同じです。主張の方向性は、朝日新聞と同じで、何かあれば、政府批判と弱者擁護。困ったときは、日本の現状批判です。ただし、彼はもともと記者ではないから、確固たる政治信条があるわけではない。それなのに、眉間にしわを寄せ、作りこんだ表情で、【日本はこれからどうなるんでしょうか】なんて言ってるから、深みがまるで感じられないのです」

こうしたコメントを差し挟みながら、『報道ステーション』の視聴率やら、古館さんの経歴。そして最近の『報ステ』での言葉のオンパレードを特集として組んでおりました。

このくらいにして、次に私が思ったのは「『腹話術の人形』みたいに空虚な・・・」という特集のタイトルのことでした。

本のタイトルといえば、山本夏彦さんが思い浮かんだりします。
そう、最近読んだ藤井青銅著「ラジオな日々」にもありまして、
そこに、小林信彦氏のアドバイスがでてきます。
「ぼくの本が売れないとグチっていたら、『大切なのはタイトルです』とわざわざ丁寧にアドバイスの電話をいただき、感謝・恐縮したこともある。はたして、この本のタイトルにはなんとおっしゃるだろう。」(p246)

ここで本題。齋藤十一氏とタイトル。
ということで「編集者 齋藤十一」(冬花社)から
そこの、亀井龍夫の文に
「齋藤さんがタイトルを大切になさっていたことは、あまり知られていないことかもしれない。『週刊新潮』の編集長が野平健一になっても、そのあとの山田彦瀰(このサンズイなし)になっても、毎週の特集のタイトル四本か五本は、すべて齋藤さんがご自分で付けられていた。特集だけはゲラもお読みになっていたと思う。そして、すべての作業が終ったあとの三十分間ぐらいを使ってタイトルをつけられた。うまかった。読んでみたいと思わされるタイトルだった。・・こんなにイジの悪いタイトルはない、といった感じのこともあった。特集の書かれている内容よりタイトルの方がセンスがあった。」(p86)

もう一人引用しましょう。伊藤貴和子さんはすこし間接的なスタンスです。

「私は出版編集者として上司の新田敞(ひろし)さんに鍛えられた。新田さんは、私が会社に入ったばかりのころ、週刊新潮編集部から出版部に移ってこられた。『人の群がるところに行くな』『読者がこういう本を読みたいだろうから、ではなく自分が面白く、読みたい本を出せ』『本は書名が命だ』『宣伝文句に、使いふるされた文言を使うな、自分の言葉をみがけ』等々、編集者の心得を日々叩きこまれた。・・」(p131)


「齋藤さんは『タイトルの天才』『タイトルの鬼』といわれた。『週刊新潮』のタイトルを創刊以来、何十年にもわたってつけ続けたという『伝説』もあった。実際、『新潮45』の編集会議においても、齋藤さんが、いかにタイトルにこだわっているかを痛切に思い知らされると同時に、雑誌記事にとってタイトルがいかに大切か、という原則を繰り返し叩き込まれたという思いが強い。私の会議ノートには、こんな発言が残っている。『誰が書くかは問題ではない。何を書くかが問題だ。広告などでも執筆者の名前は小さく、タイトルは大きく』『むつかしい人、偉い人に原稿を頼む必要はない。問題は、自由のきく執筆者を揃えよ、ということ。要するに、題が重要になる。こちらでタイトルを持っていって、その通りに書いてもらうことだ。意外に、執筆者では商売にならない』」(p169)これは伊藤幸人さんによる「人間、いかに志高く」と題した文からでした。
そして文字通りの題「タイトルがすべて」をつけたのは、石井昴さん。
では、石井さんの引用で終わります。


「『売れる本じゃないんだよ、買わせる本を作るんだ』『編集者ほど素晴らしい商売はないじゃないか、いくら金になるからって下等な事はやってくれるなよ』『俺は毎日新しい雑誌の目次を考えているんだ』次から次に熱い思いを我々若輩に語りかけられた。齋藤さんの一言一言が編集者としての私には血となり肉となった。我田引水になるが、新潮新書の成功には新書に齋藤イズムを取り入れた事によるといっても過言ではない。『自分の読みたい本を作れ』『タイトルがすべてだ』私はいま呪文のようにそれを唱えている。」(p182~183)



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