和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

幸田文の季節。

2010-03-08 | 幸田文
幸田文の新刊。
平凡社から「幸田文 季節の手帖」(青木玉編)が、この2月に出ていたようです。読んでいないけれども、気になるなあ。
ということで、思い出したコラムがありましたので、
以前書いたものをここに掲載。
それにしても、幸田文は、読もうと思っているのに、
ちっとも読まない私であります。
では、だいぶ以前に書いていた文を、以下に引用。



幸田文さんに、一読忘れられない言葉があります。

「季節の移りかわりを見るのが、私は好きです」とはじまります。「心にしみ入るような、素晴しい季節の情趣に出逢ったときは、ほんとうにうれしゅうございます。けれども、それよりもっとうれしいのは、人の話をきくときです。誰かが時にふっと、すぐれた季節感を話してくれることがあります。そういう話をきいたときは、手を取って一歩ひきあげてもらったような喜びがあります。・・・」(「季節の楽しみ」の出だし。)


じつは、新聞のコラムを紹介しようと思っていたら幸田さんの言葉を思い浮かべました。それでは産経抄2003年3月31日から。

「『朝の詩』の投稿者である東京・杉並の女性Hさんから手紙が届いた。『いよいよ咲きました。でも今年の桜は、なにか重い気持ちでしか眺めることができません』とある。似たような思いの方は少なくないかもしれない。年々歳々、咲く花の色は同じだろうに、日を透かした花びらが遠い国の砂嵐や閃光をのぞかせている。重苦しいくもりガラスの向こうで咲いている印象なのである。・・・
そういえば昔から、満開の桜に、生命の賛歌とは逆の、『死』のイメージを抱いた日本人は多い。古今集の読み人知らずは


『春ごとに花のさかりはありなめど あひ見むことはいのちなりけり』


 と詠み、藤原俊成は


『またや見む交野(かたの)のみ野の桜がり 花の雪ちる春のあけぼの』


 とうたった。どちらも真っさかりの桜を目の前にして、また来年もこの花を見ることができるだろうか、いや多分見られないと見極めている。・・
確かに、今年の桜は【重い気持ち】で眺めるほかなさそうである。
あの戦争で散っていった英霊のことを重い浮かべている人もいよう。
ぺリリュー島玉砕の守備隊の最後の暗号電文は
『サクラ、サクラ』だったという。」



じつは、私は長い間。日々のコラムにこういう言葉が載るのを知らないでいました。ふつう新聞のコラムと言えば。たとえば朝日新聞2003年3月28日「天声人語」の最後ぐらいのまとめ方なのだと、たかをくくっていたように思います。

ではその引用。

「東京都心で桜が開花した。皇居沿いの柳も柔らかな緑を見せ始めた。うららかな天気の中、街を歩いていると、砂漠の戦闘があまりにも遠く、あまりにも不毛な戦いに思えてくる。」


こういうようなまとめで、自身をよしとして来たコラム。
言葉を探さないで、ただ言葉を並べかえてるような。
傍観者的で、他人みたいな言葉に安住した時間の長さ。
その「あまりにも不毛な」詠嘆。

こんな天声人語の、しらべを知らないうちに真似ていることへの恐怖。
おかげで、そんな言葉の殻から抜け出せなかった時間の長さ。
怠惰で甘い誘惑。それは天の声を、虎の衣を着るようにして、語るキツネのお喋り。


いっぽう。イラク戦争での「産経抄」は、日々のコラムに、いっそうの緊張の糸がはりつめている感を抱きます。


幸田文さんは書かれたのでした。

「誰かが時にふっと、すぐれた季節感を話してくれることがあります」。

コメント
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