年賀はがきに毎年お薦めの本を10冊ほど紹介しております。
昨日、そのお薦め本を読んだとお葉書をいただきました。
「完本 紳士と淑女」(文春新書)を読んだが、
「混乱しました。」
「シニカルにあげつらう著者には共感できませんでした。」
というようなお葉書をいただきました。
う~ん。
それで、あらためて、コラム「紳士と淑女」のことを昨晩は思っておりました。
う~ん。私はコラムが好きです。
雑誌「諸君!」の巻末コラムを書いていた山本夏彦氏の文が好きでした。
順番はその後に、巻頭コラム「紳士と淑女」を覗いていたような気がします。
「紳士と淑女」はコラムというよりも、なにやら箇条書き風読み物という具合で
読むというので判断すると、限りなく坐りが悪い読物でした。
この新書のまえがきにこうあります。
「三十年という長い年月、私は休むことなく『紳士と淑女』の材料を探しながら暮らした。雑誌『諸君!』巻頭の七ページに何を書くか? 月によって違うが毎月十八~二十日に〆切りが巡ってくる。その日に備えて、一日も休まずに日本語三紙、英語一紙の新聞を切り抜く。関係のある資料を探す。材料をひねくり回し、ほぼ一週間かけて書き上げる。読み返し、ときには改稿する。・・・・」(p5)
「諸君!」最終号で
「なお、三十年にわたって、ご愛読いただいた『紳士と淑女』の筆者は、徳岡孝夫という者であった。」と、まあ、最後になって名乗りを上げておりました。
それまでは、徳岡孝夫氏を読んだことがなかった私にとって、
これは驚き。あらためて徳岡氏の著作を読み始めた次第です。
そして、その魅力に気づいたのでした。
私の馴れ馴れしい言葉遣いを許してもらえるなら、
徳岡氏は、なんとも不器用な方なのであります。
その不器用さが、巻頭コラム「紳士と淑女」の表現方法にそのまま現れているような気さえするのです。
さて、お葉書をいただいた方へと、どう返事を書こうかと思っております。
まず、思いついたのは、「完本 紳士と淑女」の65~66㌻に載っている、竹山道雄氏の死亡記事でした。ここから私は徳岡孝夫著「『戦争屋』の見た平和日本」(文藝春秋)に載っている「『ビルマの竪琴』と朝日新聞の戦争観」をコピーして読んでもらおうかと思っております。
雑誌「諸君!」2009年6月の最終号にある。『諸君!』という雑誌の特色も、少し紹介しながら、読んでもらって判断してもらおうかと思っております。
昨日、そのお薦め本を読んだとお葉書をいただきました。
「完本 紳士と淑女」(文春新書)を読んだが、
「混乱しました。」
「シニカルにあげつらう著者には共感できませんでした。」
というようなお葉書をいただきました。
う~ん。
それで、あらためて、コラム「紳士と淑女」のことを昨晩は思っておりました。
う~ん。私はコラムが好きです。
雑誌「諸君!」の巻末コラムを書いていた山本夏彦氏の文が好きでした。
順番はその後に、巻頭コラム「紳士と淑女」を覗いていたような気がします。
「紳士と淑女」はコラムというよりも、なにやら箇条書き風読み物という具合で
読むというので判断すると、限りなく坐りが悪い読物でした。
この新書のまえがきにこうあります。
「三十年という長い年月、私は休むことなく『紳士と淑女』の材料を探しながら暮らした。雑誌『諸君!』巻頭の七ページに何を書くか? 月によって違うが毎月十八~二十日に〆切りが巡ってくる。その日に備えて、一日も休まずに日本語三紙、英語一紙の新聞を切り抜く。関係のある資料を探す。材料をひねくり回し、ほぼ一週間かけて書き上げる。読み返し、ときには改稿する。・・・・」(p5)
「諸君!」最終号で
「なお、三十年にわたって、ご愛読いただいた『紳士と淑女』の筆者は、徳岡孝夫という者であった。」と、まあ、最後になって名乗りを上げておりました。
それまでは、徳岡孝夫氏を読んだことがなかった私にとって、
これは驚き。あらためて徳岡氏の著作を読み始めた次第です。
そして、その魅力に気づいたのでした。
私の馴れ馴れしい言葉遣いを許してもらえるなら、
徳岡氏は、なんとも不器用な方なのであります。
その不器用さが、巻頭コラム「紳士と淑女」の表現方法にそのまま現れているような気さえするのです。
さて、お葉書をいただいた方へと、どう返事を書こうかと思っております。
まず、思いついたのは、「完本 紳士と淑女」の65~66㌻に載っている、竹山道雄氏の死亡記事でした。ここから私は徳岡孝夫著「『戦争屋』の見た平和日本」(文藝春秋)に載っている「『ビルマの竪琴』と朝日新聞の戦争観」をコピーして読んでもらおうかと思っております。
雑誌「諸君!」2009年6月の最終号にある。『諸君!』という雑誌の特色も、少し紹介しながら、読んでもらって判断してもらおうかと思っております。