後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

今日の散歩の風景・・・井の頭公園と井の頭自然文化園

2011年02月16日 | インポート

今日は雪の後の晴天で陽射しが温かいです。いつも車なので今日は一人で電車に乗って井の頭公園と自然文化園(動物園)へ散歩に行きました。冬の井の頭公園も静かでなかなか良いところでした。写真をお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

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クイズです・・・どちらが古いですか?

2011年02月16日 | インポート

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上の写真の左側は甲斐駒岳で右側は八ヶ岳です。山梨県の西端にあり長野県との県境の山々です。

さてどちらの山が古いでしょうか?クイズの問題です。

正解は甲斐駒岳が八ヶ岳より圧倒的に古いのです。

http://riodb02.ibase.aist.go.jp/db084/maps.html をクリックすると詳細な地質図が出て来ます。山梨県の西部の地図を拡大して八ヶ岳と甲斐駒岳の上にカーソルを合わせると以下の様な記述が左側の表に出て来ます。

甲斐駒岳:1500万年から700万年前にマグマが地下の深い所で冷えて固まった花崗岩質の岩石(深成岩)と書いてあります。

八ヶ岳:権現岳、赤岳、編笠山、などなど峯によって古さが違います。一番古い権現岳の説明には、170万年から70万年前の噴火で出来た火山の岩石(安山岩、玄武岩類)で出来ている山と書いてあります。

このように地質図を利用すると日本中の全ての山々の形成年代と出来方が分かります。

さて甲斐駒のマグマが深い所で固まった山ということは分かりましたが、その当時は甲斐駒は海底にあったのでしょうか?

そこで甲斐駒に隣接している南アルプスの北岳、農鳥岳、仙丈岳などの上にカーソルを合わせてみると1億年から6500万年前に海底プレートが大陸に剥ぎ取られた「付加体」であると書いてあります。

南アルプスは海底の堆積岩(昔は水成岩と言った)が隆起して山になったのです。甲斐駒は南アルプスが隆起している間に火山のマグマが地下深くで固まって、更に隆起して出来た火山性の花崗岩の山なのです。近くに火山の八ヶ岳があるので火山性の山であることが納得出来ます。

これで何故、甲斐駒岳だけが鳳凰三山や南アルプスの連峰から離れて独立して聳えているかが理解できます。

以上は素人の私が勝手に想像したことです。誰方か専門家の方が間違いを訂正してご指導くださることを期待しています。(続く)


孤独死のいろいろ(1)家族運の良さ悪さ

2011年02月16日 | 日記・エッセイ・コラム

人の幸福はみな同じような状態だが、不幸な状態はみな違うという言葉があります。

幸せな状態とは周りに愛し合う家族が居て、健康で、お金がある状態で、世界中みな同じです。しかし不幸には人それぞれいろいろな事情といきさつがあるのです。国々や民族によっても違います。

それなのに最近のマスコミは日本に孤独死が急に増えたと言います。そしてその原因は人間の絆が無くなったからだと断定します。あるいは役所の老人への配慮の無さを非難して孤独死の問題は終りにします。

しかし何故人間の絆が無くなるのかという問題には一切触れません。

個人の自由とプライバシーの尊重を主張すれば、その一つの結果として人間同士がお互いに干渉しない社会が出来あがります。孤独死はその結果起きる当然な現象です。

しかしそれは孤独死のほんの一側面に過ぎません。

人間は生まれついた時から不運なことがあります。生まれてすぐ親に捨てられる運命。親を捨てなければ生きて行けないような運命があるのです。一体親子の関係は何なのでしょうか?

いろいろな事情で独りで住んでいる人々が沢山居ます。家族も親類も音沙汰がありません。しかしその状態になったいきさつは人それぞれ非常に違います。同情するのは勝手ですが「いきさつ」を聞いてはいけません。そっとして置くのが礼儀です。そうすると自然に孤独死になることになります。しかし時々訪問して挨拶を交わすことは許されます。

家族運が悪いから孤独死するという結論も簡単過ぎます。このブログで何度も紹介した「ひかるの」さんはブログを通して知り合いました。

昨年急に亡くなりました。彼の死は孤独死だったようで、そうでは無かったのです。彼とは4回会い、個人的な話もしました。そして昨年の1月に病院に見舞いに行ったのが最後になりました。

ひかるのさんは何か事情があって若い頃家を出て、50歳過ぎまで独りで暮らしていました。インド、タイ、ネパール、ブータンと放浪の生活です。あちこちで手織りの美しい布や衣装を蒐集して楽しんで暮らしていました。現地の言葉を覚え、人々と仲良くしていました。人間愛に満ちた人でした。

日本から行った人も大切にあちこちを案内し、少数民族の暮らしぶりを丁寧に説明しました。バンコックでは浮浪児を一人育て上げ、息子と称していました。

昨年、末期の肺ガンが見つかり6ケ月で亡くなりました。長い放浪の生活で日本の住民票も国民健康保険もありません。それなのに東京厚生年金病院で肺ガンの先端医療を国民健康保険で受ける事が出来たのです。

それを可能にしてくれたのは浜松のほうの病院で働いているあるお医者さんと聞いています。ひかるのさんがタイやネパールで道案内した人の関係者と聞きました。

全くは他人ですが、ひかるのさんの人間性に感激して日本の病院への入院の世話を全てしてくれたのです。住民票も取れるようにしたようです。ひかるのさんが死ぬ時周りに家族は居ませんでした。しかし温かい心を持った他人が沢山居ました。

マスコミは偉そうに人間の絆が無くなったと騒ぎますが、人間の関係はそんなに簡単では無いのです。家族運が悪くても孤独死にならない場合も数多くあります。私はそのような例を5つ、6つ知っています。

一人で暮らす人は自分の家族運の悪さを嘆いたり悲しんだりしていない人も多いのです。静かに自分の運命を受け入れています。そういう立派な人々にも会ったことがあります。

孤独死についてどのように考えるべきか私には分かりません。干渉にならなように暖かい気持ちで見守るだけしか出来ません。実は自分もそうなる可能性を持っていると感じる時もあるのものですから。

すべては気の持ちようです。下に写真を示しますが、これを朝日と見るか夕日と見るかは人それぞれです。

それはそれとして、

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。藤山杜人

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