この作品の単行本が非常に売れていると聞きました。何故売れているか?その原因に好奇心が湧きました。読んでみて、売れているわけが少し想像がつきました。
まずあらかじめ申し上げて置きますが、露骨な性描写や暴力やドロドロした嫉妬心などというものが克明に描かれているので、気の弱い人は読んではいけません。そのような描写に躓いてこの作品の深い意味が分からなくなるからです。
この本の売れ行きが良い理由は、まず明快な文章によります。瞬間的に意味が分かるだけでなく、何故か文章力のようなものにグイグイ引かれて読み進みます。そうすると起伏の少ないストーリーなのに結構事件が起き、その先が読みたくなります。
ストーリーは単純です。中学卒だけで学歴も資格も一切無い怠惰な19歳の男の主人公と、日雇いの職場で知り合った唯一の友人と、その恋人の3人だけが登場します。
その唯一の友人は勤勉です。人生を器用に渡る才覚があります。間もなく恋人の女子学生と結婚します。怠惰な主人公が相変わらずの日雇い人生に取り残される。そんな話です。
ストーリーにダイナミックな展開が無いので退屈と言えば、退屈な小説です。
しかしこの退屈さこそ現在の日本の若者の心に強い共感を呼び起こすに違いありません。それはフリーターに憧れ、フリーターになりきれなかった若者たちの心を揺り動かしているのです。「退屈さ」こそ現在の日本の多くの若者の原風景なのです。
不器用で、怠惰で、向上心の無い若者の底知れない恐怖心と悲しさが伝わって来ます。器用に人生を渡る友人とその恋人に見下される惨めさに自分でおののいています。怠惰で無気力な態度も、賢く人生を渡る態度のどちらも人間の真実なのです。
小説の中には社会への不満、政治家への非難など一切出て来ません。勿論、芸術論も宗教論も一切ありません。それだけに主人公の根源的な人間の弱さが白黒映画を見るように明快に描かれているのです。
主人公の怠惰の罪は勿論ですが、友人の賢さが何故か利己心の陰を暗示しています。人間というものを描いていますので、深い印象を受ける小説です。
久しぶりに人間をくっきり描いた小説を読んだので、読後感は爽快でした。しかし穏健な性格の方、インテリの方などは読ないほうが良い小説です。精神安定上、読まない方が良いと思います。
単なる読後感です。間違っていたら御免なさい。藤山杜人