今日、日曜は復活祭の日です。
復活祭の前の40日は四旬節と言い、禁欲的な生活をします。
早春の寒い日から、次第に春が近づき、花々が咲き出す季節の40日です。クロッカス、水仙が咲き、梅が咲き出し、コブシとモクレンが咲きます。ジンチョウゲも菜の花も咲いて、ついに桜が満開になります。このように花々のうつろいを見やりながらキリストの十字架の上での処刑の事を考えています。
イエスは、反対派の人々によってピラトの裁判へかけられます。ピラトは群衆の「死刑にしろ!」という叫びを静めるため、厭々ながら死刑の判決を下します。金曜日にイエスは十字架を担がされ、ゴルゴタの丘の上で磔にされ、長い時間苦しんで絶命します。その衣服を処刑したローマ兵がくじ引きで分け合うのです。
具体的な事実が聖書に書いてあるのです。
しかし死んで3日目にイエスは生きかえります。復活したのです。それが大きな喜びです。楽しい出来ごとです。そして弟子たちと親しく話をして、別れて、天へ登ります。
このキリストの生き返った事を祝うお祭りが「復活祭」なのです。
そしてこの世の終末の日に、イエスが再び地上に降りてきて、全ての死んだ人々を生き返らせのです。死んだ人々の肉体が蘇るのです。全ての人はイエスと共に復活するのです。
喜ばしい事です。楽しい事です。生き返ったイエスはその事を約束してくれました。楽しい、嬉しい事なのでお祭りをするのです。明るい希望の光が溢れるお祭りなのです。
復活祭ではイエス様が死刑にされたという悲しみと、3日後に蘇って弟子たちの前に現れて話しかけたという嬉しさが混じった複雑な祭りなのです。
ですから復活祭のミサはイエスの逮捕と、ピラトの裁判、十字架への道行きと悲しい場面を再現します。しかし最後には復活の喜びを高らかに歌って終わります。
この日、宗教を信じない西洋人も復活祭の意味は知っていますので、いろいろな事を考えます。
嫌々ながら死刑の判決をくだしたピラトへの同情、死刑にしろと叫ぶユダヤ人への憎しみ、死んだイエス様の衣服を十字架の下で分けるローマ軍の兵士の気持ち、そして生きかえって墓場を空にしたイエスの事、それを発見したマグダラのマリアの驚き、などなど西洋人はいろいろな事を考えます。そして亡くなった自分の祖父母や両親から聞いたあれこれの話を思い出すのです。
丁度、日本人がお正月や雛祭りや五月の端午の節句や春秋のお彼岸のときいろいろな事を考えるように、昔、祖父母や両親から聞いた話を思い出すのです。
今日はイエスが生き返った事を祝うお祭りの日です。復活祭の日です。
旅先の富岡市にあるカトリック教会へ家内と一緒に行きます。復活祭の日に旅先の教会へ行くことは旅の思い出を一層深くします。感慨深いものがあります。
下にそのカトリック富岡教会の写真をしめします。
皆様のご健康と平和もお祈り致します。藤山杜人
尚、復活祭は、毎年、春分のあとの最初の満月の直後の日曜日が復活祭と決まっています。ですから毎年違った日になります。今年は、4月8日の日曜日です。昔は月が暦で重要な役割をしていました。その伝統です。