Face Bookでの小生の記事へよくコメントを下さる方にMotoko Boutdumondeさんと 高間 一平さんという方がいます。Motokoさんはフランスに、そして高間さんはドイツに数十年も住んでいます。もともとは日本人でしたがヨーロッパに根を下ろしています。
そんなことを思いながら、それにしても彼の地の冬は暗いだろうな、寒いだろうなと想像しています。なにせ東京でもここ数日は暗く寒い日が続いているのですから。
そこで今日は私共が体験したドイツの暗い文化について書いてみようと思います。ドイツの文化の基調旋律は暗さにあるという小さな話です。
@ドイツ文化の暗さとシュツットガルト
昔のことですが、ドイツ南部、シュツットガルト市のモーツアルト・シュトラーセに住んでいたことがありました。
シュツットガルト市は昔からの音楽の町なので、多くの日本人が音楽留学をしていました。
ある時、オペラでも観に行こうと、研究所のドイツ人にどんなオペラが良いか聞きました。
そうしたらドイツを代表するオペラはベートーベンのレオノーレだと断言するのです。
日本でドイツオペラと言えば、モーツアルトの魔笛、フィガロの結婚、ワーグナーのタンホイザー、さまよえるオランダ人、ニュルンベルグのマイスタージンガーなどです。
しかしドイツ人の研究者がそれは間違いだと言ったのです。
そして「モーツアルトはドイツ人でない。レオノーレがドイツオペラの代表作だ」と言うのです。
レオノーレはベートーベンが作曲した唯一のオペラです。1805年にウイーンで初演され、その後フィデリオと改題されました。日本ではめったに公演されないオペラです。
シュツットガルトでフィデリオを観たのは1969年の冬でした。
ストーリーは比較的単純で、正義派政治家の夫が政敵の悪代官に捕まり、悪代官が所長を兼ねる刑務所に拘留されます。妻のレオノーレが男装しフィデリオと名乗って刑務所に入り込み、中で働くことに成功します。後に善い大臣の助けで夫が釈放され、めでたしめでたしの二幕オペラです。
場面はすべて暗く、陰惨な地下独房や刑務所の内庭です。暗さの中にほのかに見えるソプラノ歌手、フィデリオの顔の輝き、男装の帽子を取った瞬間流れ出す金髪、囚われた夫のシルエットと力強いバリトンの響き。紆余曲折があり、解放後の自由賛歌で終幕。すべては暗さゆえの美しさです。オペラハウスではいつもこの演目が出ており、私は3回も行ってしまいました。
@ドイツ文化の基調旋律は暗さ
1969年ごろ、日本の家庭では蛍光灯が普及し、明るい室内で快適な生活をしていました。ドイツへ行ってみると家の中がほの暗いのです。「どうして安くて明るい蛍光灯を使わないのですか?」と聞くと、ドイツ人は「蛍光灯は工場の照明器具であり、家庭では絶対に使わない。暗い方がよい」と断固として言い放つのです。
冬にボン市のベートーベンの家に入ると、部屋の粗末さ、暗さ、寒さに驚きます。当時は皆そんな生活と言ってしまえばそれまでですが、それにしても屋根裏のような作曲部屋の暗さは尋常ではありません。
耳が次第に遠くなり、作曲した曲をピアノで聴くために耳にあてがうラッパ型の金属製補聴器が数個展示してあります。しかしその補聴器が次第に大きくなっています。そんな補聴器を説明する学芸員の悲しそうな声が部屋を一層暗くするのです。
ドイツの空の暗さ、黒い雲の低さ、凍てつく寒さは十月から四月まで続きます。「麗しの五月」という言葉があるように、ブナの林が一斉に新緑に変わるころの空気の甘さはドイツの冬を越した者にしか分からないものです。
ドイツの文学も絵画も音楽も暗さを基調にし、暗さの中のほのかな輝きの中に人間の美しさを描き出そうとしているようです。その味わいが少しでも分かると、フィデリオがドイツを代表するオペラと理解できるのでしょう。
帰国後あるオペラ通にレオノーレのことを話したところ、「あれはオペラとしては失敗作です。日本ではあまり公演されません。」と言います。
あの暗い冬を日本に持ってくるわけにはいかないのですから私は反論しませんでした。
ヨーロッパ文化を正しく輸入する難しさは明治維新以来の課題です。それは不可能な場合もあるのです。フィデリオを日本で公演することの虚しさが分かると文化の輸入の難しさが身に沁みます。
こんなことを思い出さる最近の東京の寒さです。悪天候です。
挿し絵代わりの写真は寒そうなドイツの冬景色です。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)
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1番目の写真はローテンブルグの冬景色です。出典は、http://tarotraou.blog89.fc2.com/blog-entry-161.html です。
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2番目の写真は中世そのままのドイツ中部の街の冬です。出典は、http://kobajun.chips.jp/?p=6770 です。
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3番目の写真は年末のクリスマス用の市場です。昼でも零下10度くらいは普通です。出典は、http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201404270000/ です。
そんなことを思いながら、それにしても彼の地の冬は暗いだろうな、寒いだろうなと想像しています。なにせ東京でもここ数日は暗く寒い日が続いているのですから。
そこで今日は私共が体験したドイツの暗い文化について書いてみようと思います。ドイツの文化の基調旋律は暗さにあるという小さな話です。
@ドイツ文化の暗さとシュツットガルト
昔のことですが、ドイツ南部、シュツットガルト市のモーツアルト・シュトラーセに住んでいたことがありました。
シュツットガルト市は昔からの音楽の町なので、多くの日本人が音楽留学をしていました。
ある時、オペラでも観に行こうと、研究所のドイツ人にどんなオペラが良いか聞きました。
そうしたらドイツを代表するオペラはベートーベンのレオノーレだと断言するのです。
日本でドイツオペラと言えば、モーツアルトの魔笛、フィガロの結婚、ワーグナーのタンホイザー、さまよえるオランダ人、ニュルンベルグのマイスタージンガーなどです。
しかしドイツ人の研究者がそれは間違いだと言ったのです。
そして「モーツアルトはドイツ人でない。レオノーレがドイツオペラの代表作だ」と言うのです。
レオノーレはベートーベンが作曲した唯一のオペラです。1805年にウイーンで初演され、その後フィデリオと改題されました。日本ではめったに公演されないオペラです。
シュツットガルトでフィデリオを観たのは1969年の冬でした。
ストーリーは比較的単純で、正義派政治家の夫が政敵の悪代官に捕まり、悪代官が所長を兼ねる刑務所に拘留されます。妻のレオノーレが男装しフィデリオと名乗って刑務所に入り込み、中で働くことに成功します。後に善い大臣の助けで夫が釈放され、めでたしめでたしの二幕オペラです。
場面はすべて暗く、陰惨な地下独房や刑務所の内庭です。暗さの中にほのかに見えるソプラノ歌手、フィデリオの顔の輝き、男装の帽子を取った瞬間流れ出す金髪、囚われた夫のシルエットと力強いバリトンの響き。紆余曲折があり、解放後の自由賛歌で終幕。すべては暗さゆえの美しさです。オペラハウスではいつもこの演目が出ており、私は3回も行ってしまいました。
@ドイツ文化の基調旋律は暗さ
1969年ごろ、日本の家庭では蛍光灯が普及し、明るい室内で快適な生活をしていました。ドイツへ行ってみると家の中がほの暗いのです。「どうして安くて明るい蛍光灯を使わないのですか?」と聞くと、ドイツ人は「蛍光灯は工場の照明器具であり、家庭では絶対に使わない。暗い方がよい」と断固として言い放つのです。
冬にボン市のベートーベンの家に入ると、部屋の粗末さ、暗さ、寒さに驚きます。当時は皆そんな生活と言ってしまえばそれまでですが、それにしても屋根裏のような作曲部屋の暗さは尋常ではありません。
耳が次第に遠くなり、作曲した曲をピアノで聴くために耳にあてがうラッパ型の金属製補聴器が数個展示してあります。しかしその補聴器が次第に大きくなっています。そんな補聴器を説明する学芸員の悲しそうな声が部屋を一層暗くするのです。
ドイツの空の暗さ、黒い雲の低さ、凍てつく寒さは十月から四月まで続きます。「麗しの五月」という言葉があるように、ブナの林が一斉に新緑に変わるころの空気の甘さはドイツの冬を越した者にしか分からないものです。
ドイツの文学も絵画も音楽も暗さを基調にし、暗さの中のほのかな輝きの中に人間の美しさを描き出そうとしているようです。その味わいが少しでも分かると、フィデリオがドイツを代表するオペラと理解できるのでしょう。
帰国後あるオペラ通にレオノーレのことを話したところ、「あれはオペラとしては失敗作です。日本ではあまり公演されません。」と言います。
あの暗い冬を日本に持ってくるわけにはいかないのですから私は反論しませんでした。
ヨーロッパ文化を正しく輸入する難しさは明治維新以来の課題です。それは不可能な場合もあるのです。フィデリオを日本で公演することの虚しさが分かると文化の輸入の難しさが身に沁みます。
こんなことを思い出さる最近の東京の寒さです。悪天候です。
挿し絵代わりの写真は寒そうなドイツの冬景色です。
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)
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1番目の写真はローテンブルグの冬景色です。出典は、http://tarotraou.blog89.fc2.com/blog-entry-161.html です。
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2番目の写真は中世そのままのドイツ中部の街の冬です。出典は、http://kobajun.chips.jp/?p=6770 です。
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3番目の写真は年末のクリスマス用の市場です。昼でも零下10度くらいは普通です。出典は、http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/201404270000/ です。