
【原文】
人觝く牛をば角を截り、人喰ふ馬をば耳を截りて、その標とす。標を附けずして人を傷やぶらせぬるは、主の咎なり。人喰ふ犬をば養ひ飼ふべからず。これ皆、咎あり。律の禁いましめなり。
【現代語訳】
人に突撃する牛は角を切り、人に噛みつく馬は耳を切り取って目印にする。その目印をつけないでおいて、人に怪我をさせたら飼い主の罪になる。人に噛み付く犬も飼ってはいけない。これは全て犯罪になる。法律でも禁止されているのだ。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。