作者: 仁科 充乃
出版社:フォレスト出版
発売日: 2023/8/9
『汗と涙のドキュメント日記シリーズ』、ちょっとなさけないイラスト付きの新聞広告を目にされたことはあるだろう。
『交通誘導員ヨレヨレ日記』、『派遣添乗員ヘトヘト日記』、『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』など、すでに10冊以上が出版されている。
何冊か読んだけれど、どれもおもろい。しかし、今回の『コンビニオーナーぎりぎり日記』はレベルがちがう。
おもしろさのレベルというよりは、身近さだ。いまやコンビニのお世話にならずに生きている人などほとんどおるまい。
コンビニがなかった時代にどのように生活していたかを思い出すことが難しくなっているほどだ。かように、コンビニのことは他人事ではなくて完全に自分事なのだ。
外国人の店員さんも多いし、ほとんどがアルバイトで運営されている。あれだけ雑多な仕事を少人数でこなすにはどんな秘訣があるのだろう。
よく行くコンビニの、たぶんオーナー夫妻と思われる方はいつもなんだか疲れておられるように見えるのはどうしてだろう。
消費期限のある品物を的確に発注などできるのか。不思議なことだらけだ。この本は、そんな疑問のすべてに答えてくれる。
それどころか、思いもしなかったことまで教えてくれる。
著者、仁科充乃(にしなよしの)さんは仮名らしい。しかし、そのお店は、「コンビニ大手3社のうちの1社『ファミリーハート』(仮称)とフランチャイズ契約を結ぶ、
関東地方のT県に位置する郊外店」、と書いてある。おいっ!わかってまうやろ。ちょっと心配。冒頭に、「今も現役のオーナーであり、本名を明かすことはできない」とある。
しかし、交通量の多い国道沿いで出店して30年、近所に精神病院があるとなると、近所の人には特定できてしまいそう。
大丈夫かいなという気がするが、2023年7月10日の時点で1057日連続勤務、もうやめてしもてもええわという覚悟の上での捨て身、かつ、渾身の一冊だ。面白くないはずがない。
1057日連勤くらいで驚いてはいけない。共に店を営む夫の連続勤務は9年を越えているというから3000連勤以上である。
どう考えても過労死レベルではないか。我が家の近所のコンビニオーナーご夫婦も同じようなところなんだろうか。
疲れておられるようにお見受けするもさもありなん。ちなみにプロ野球の連続試合出場記録は、衣笠祥雄の2215試合である。
9年以上連勤、そのうえ18時間勤務もあったりするというコンビニオーナー、国民栄誉賞をさしあげてもいいくらいではないか。
1年365日、24時間営業というのは、利用者にとって便利ではあるが、オーナーさんにとっては過酷である。それだけではない、
信じられないほどやっかいな客がいるというのも気苦労だ。たくさんの例があげられているが、クリスマスイブのアルバイトシフトにまで気を遣うというのには驚いた。
若い男女のバイトをペアで配置していた時にクレームでがついた。
ふたりでおしゃべりしていたのが仲睦まじく見えたのか、1人で来店していた若い男性客が「おいっ!お前ら何をイチャイチャしてんいるんだよ!」と怒鳴りつけたという。
以後、クリスマスイブのシフトは同性同士に。こんなことにまで配慮せなあかんのか。他にも、万引き対応とかトイレ引きこもり事件とか、本当に大変だ。
オーナーだけではなく、コンビニバイトも大変だ。「レジ打ち経験なしに40代では難しい」らしい。さもありなん。
ほとんど現金払いだった時代とはちがい、支払方法だけでも10種類はくだらない。それに、いまひとつシステムのわかっていない老人客もよく見かけるし。
他人のこと言われへんけど…。それでもアルバイトで回さなければならないというのは不可能ではないかという気がする。
ところが、いまや「人生で初めてのバイトだという高校生がものの3日で仕事をこなしていけるようになる」システムになっている。
そのトリックはネタバレになるので書かないでおくが、いやぁ時代は進んでますわ。
時間帯によっては、おにぎりの棚がスカスカで買いたいやつがなかったりする。売れ残りを出さずに賞味期限のある食べ物を発注するのは至難の業らしい。
平日のルーチンはいいとして、行楽にも関係するので、曜日や時間帯はもちろん天候や気温にも左右される。
このあたりまではまだできそうだが、運動会やら地域のイベントがあったらそれも考慮しなければならないとなると神様でも無理っぽい。
だが、売れ残りはダイレクトに赤字に繋がるのだから真剣勝負だ。
この本のもうひとつの面白さは、コンビニの現在だけでなく、時代の流れがわかるところにもある。
これは30年もの長きにわたってオーナーを続けてこられた人でなければ語れない内容だ。
フランチャイズ契約とはどういうものか、本社との関係はどう変わってきたか、その他もろもろ。さもありなんと納得させられどおしだった。
で、うんと儲かるかというと、決してそのようなことはない。順調に経営できていても、近所に競合店ができたら一気に転落という不安定さもある。
コンビニという社会のインフラがこういったオーナーさんたちに支えられているとはまったく知らなかった。
アマゾンでの本書の広告には、直木賞作家の木内昇さんの「本書を読めば、きっといつものあの店が、尊く愛おしく見えるはず」というコメントが載っている。
まさにそのとおり。レジでオーナーさんを見かけるたびに、ありがとうを三回繰り返したくなってもおかしくない。
これはもうコンビニ利用者全員が読んでおくべき本ではないか。もし読まなくても、ひとつだけ守ってほしいことがある。
それは、ペットボトルはちゃんとカラにしてキャップを外してからゴミ箱に捨てること。これだけでもコンビニオーナーさんへの大きな貢献になる。
いやぁ、ホンマに勉強になりましたわ。そして、感謝!