明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



昨日近所の富岡八幡宮の宮司富岡長子が弟の茂永と連れの女に殺害され、茂永は共犯の女を殺害後自殺した。以前宮司だった茂永は不祥事からクビになり、それでも多額の退職金が支払れたと聞いていた。金使いの荒い女好きの与太郎だ、とも聞いている。 先代宮司だった父親の退任を受け、長女の富岡長子を宮司にするよう、全国の神社を統括する神社本庁に具申。しかし本庁からは未回答のまま送り返されて来たというから、父親時代から某か問題があったようだが、事あるごとに、茂永が脅迫状を送って来ていたのが祟ったのだろう。神社本庁から離脱し長子が宮司となった。長子は殺害される前日のブログで“一部の神社の神主には、セクハラ、パワハラ、ネグレクト、嫌がらせ……が当たり前のように、横行しているのです。その事が、私が神職の飲み会に参加しなくなった要因の一つなのですが、それらの行為もそうですが、それを周りの人間は止めるどころか、増長させる事を言っていることすら理解出来ないくらい、モラルがない人が多いのです。”と神職者の女好きのだらしなさは、我が弟に限らないことを暴露している。 現場で心臓を刺し自殺した茂永だが、あの乃木大将でさえ明治天皇崩御の翌日割腹した際、介錯なしで死にきれず、うめき声が明け方まで近所に響いた、という。やはり腹をかっさばくのは苦しいところが肝腎なのだな、とどうでもよいことを独りごちた。

2016年『深川の人形作家 石塚公昭の世界』より

月刊ヘアモード12月号 no・693
不気味の谷へようこそ第9回 脳内イメージを表す人形写真

※『タウン誌深川』25日“明日できること今日はせず”連載5回「芭蕉の実像」

HP

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