麻生が入場してきて、着席する。
司会「先生方、お集まり頂きまして誠に有難うございます。これより、両院議員による懇談会を開催させて頂きたいと思います。ご承知のとおり、総理は本日衆議院を解散し、8月18日公示、8月30日投票で、衆議員選挙を履行されます。つきましては、麻生総理、より、今後の国政の運営に臨む基本方針をお聞きし、率直な意見交換を通じて、自由民主党の結束と総選挙必勝への態勢を強固にしたいと考えておりますので、よろしくお願いを申し上げます。(拍手)
それでは先ず細田幹事長より、ご挨拶をお願い申し上げます」
細田(なぜかいつもカマキリを思い出してしまう。声を大きくして喋る)「皆様、お早うございます。先程お話がございましたように、えー、麻生内閣は本日、解散を閣議で決定致しました。そして、午後1時の本会議に於きまして、えー、正式に衆議院は解散されるわけであります。そうして、午後の閣議によりまして、日程が確定するわけでありますが、8月30日の投票日に向けて、あと40日間の戦いとなることが内定しているわけでございます。
思えば4年前、今まで我々の任期1千4百十日を、を――、かけて、色々な法案、成立に努力して参りました。郵政民営化の実際の、おー、手続きを進め、勿論法律も通した上で、民営化が着々と進んでいるほか、教育基本法も改正し、そうして憲法改正手続法を制定し、あるいは健康保険法も、おー、改正し、その他各議員の各位のご努力・まご研鑽によりまして、様々な法案・法令が、条例が、成立いたしているわけでございます。
えー、海外に於ける日本の海賊対策でありますとか、あるいはアフガンの、給油活動にしましても、おー、そうでございますし、このほか、北朝鮮のミサイル、核開発等、非常に日本の安全保障を脅かす、問題等々、山積しているわけでございます。そして、このような大変なときに、えー、解散、解散が行われるわけでございますから、あー、残念ながら、国民世論がですね、えー、我が自由民主党の実績を、評価するのみでなく、これに対する、ま、批判も高めているわけでございます。内容的に今、それぞれに申し上げることは、控えますが、(控えずに具体的に申し上げたら、滅入ってしまうだろう。)やっぱり、もうちょっと、行政改革が足りないんじゃないか、政治改革が足ら、たりないんじゃないのか、あー、政策的な面で、ええ、医療・年金等、社会保障改革、もっとやってくれ。そういう、この経済危機の中で、大きな要請が出ているわけであります。(国民目線だ、安心・安全を守る、安心実現社会などと言いながら、国民生活の面で不足があったと自己暴露している。いわば政権政党としての体を成していなかった。)それが大きく国民世論としても、おー、動いているわけでございます。
しかし、我々は政権政党として、自公連立政権を確立し、そうして、先程申し上げたような、各種の法案をつくり上げ、そして政権を運営し、景気回復のため、全力を上げている。その姿は、私は、みなさま方のお陰であると、思いますし、そして麻生総理を先頭にですね、これからも頑張っていかなければならないものと、考えております。何卒よろしくお願い申し上げ、冒頭のご挨拶とさせていただきます。(より一段と声を張り上げ)本日は誠に有難うございます。よろしくお願い申し上げます」
(国民生活にどのようなメリットを与えたのか、利益となったのかの中味を問わずに、したという行為の表面的事実だけを並べ立て、事実の中味となる実際を言わない。為したことの表面だけをいう態度はハコモノ主義だからだろう。法律や政策の形だけを評価するハコモノ主義からきている。
私が言う「ハコモノ主義」とは、つくった法律や建築物等の見栄え、豪華な外観、カネのかけ具合等のみを評価の対象とし、国民の精神面をも含めた生活向上、文化の向上等に貢献する中味・精神は評価の対象としない、名前や表面の形だけで価値づけることを言う。)
司会「細田幹事長、有難うございました。それでは次に私共自由民主党総裁、麻生太郎総裁、お願いいたします」
麻生太郎「本日、衆議院をー、解散しー、総選挙にィー、臨むに当たりましてー、私のー、決意とー、覚悟をー、申し述べさせていただきたいと存じます。
(言葉に中味がないから、表面的な言葉遣いに気取りを入れる。言ったことは実行する、実行できないことは言わないという誠実な姿勢、それが信頼感を生むのであって、麻生にはそれがゼロに等しいから、勢い言葉遣いを飾り立てる。ことさら低音にして重々しさを演出、ことさら語尾を伸ばして、さも説得力があるかのように装う。中味のない外観のみの飾り立てだから、結果、重々しさは相手に伝わりようがない。)
先ずー、冒頭ー、反省とー、お詫びをー、申し上げなければならないと存じます。一つはー、私のー、個人についてであります。(最初、「故人」と言ったように聞こえた。総選挙の結果、総理・総裁でなくなるから、自分のことを「故人」と言ったのだと。)私のー、発言やー、またー、ぶれた、と、言われる言葉がー、国民のー、方々にー、政治に対する不安、不信を与えー、結果としてー、自由民主党のー、支持率の低下にー、つながった。深く反省を致しております。(頭を下げる)
(麻生は狡猾にも「ぶれた発言」とは言っていない。「ぶれた、と、言われる言葉」と言っている。他人が(多分マスコミが)そう言っている「言葉」として位置づけている。自分は記者会見のたびに「ぶれてはいません、言っていることはいつでも同じです」とぶれを否定しているのと同様に、ここでも「ぶれ」を否定しているのである。)
もう一つは、地方選挙についてであります。東京ー、都議選始めー、一連のー、地方選挙に於きまして、我々はー、多くの党員・党友始め、支援者の方々にー、多大なお力添えをー、頂きながらー、残念ながらー、所期の目的を果たせませんでした。残念ながらー、多くの方々にー、多大のー、ご迷惑をー、かけることになった。ここに改めて、お詫びを申し上げる次第であります。
(この会場に集まっている議員は麻生に迷惑をかけられた実際の犠牲者とはまだなっていないから、後付の謝罪であっても、痛もみも痒みも実感としてさして感じないかもしれないが、都議選で落選の憂き目を味わわされた、特に古手の自民都議は後付の謝罪などは役には立たない、「多大のご迷惑をかけることになった」の一言で謝られても失った地位は戻りはしないと、腹の腸(わた)が煮えくり返る思いであろうが、自民党に籍を置く利害から言うと、自民党に総選挙を勝ってもらわなければ、次の都議選も危ないことになる。麻生の無責任を言い立てるばかりでいるわけにはいかず、痛し痒しといったところだろう。
麻生から言うと、こういった落選都議たちの複雑な心情を理解できるだけの理解力は持ち合わせていなかった。例え地方選挙であっても、麻生の人気・不人気が影響することを心得なければならないにも関わらず、「国政と地方選挙とは異なる」と逃げることができたのも、当事者たちへの影響を心底考えることができなかったからだろう。国政のみならず、地方選挙にも影響する程にも責任が重いのだという自覚がないから、当事者たちへの影響も地方選挙は国政とは異なると逃げることもできた。麻生にあったのは、地方選挙敗北によって蒙らざるを得ない自己に向けられる責任論のみで、それを避けるために国政と地方選挙を別物に仕立てたのだろう。しかも語尾をことさらに伸ばして言葉遣いをカッコーよく見せる気取りを忘れない方向に意識を重点的に用いた中での謝罪なのだから、どの程度の謝罪か、分かろうと言うものである。)
私にー、対する評価や、またー、自由ー民主党内のー、結束の乱れが、よくないー、影響を与えたことは否めないと存じます。党内をー、纏め、切れなかったー、私のー、力不足について、申し上げなく(ママ)思っているところであります。
(「思っているところであります」は行為の現在進行形を示す言葉であろう。ちょうど今「思っている」という意味になるはずである。いわばかねてから「思っていた」わけではないことになる。かねてから「力不足について、申し上げたいと思ってい」たなら、「思っているところであります」などと言うはずはない。「力不足について、申し上げ」なければなりませんと直截に反省の気持を前面に出すに違いない。気持ちが籠もっていないから、「申し上げたく思っているところであります」と言うところを「申し上げなく思っているところであります」と間違える。多分、「申し上げなければなりません」と言うべく予定していたのが、そう言ってしまうと「力不足」を認めることになる、心底「力不足」だなどとは思っていないから、急遽変えて、「申し上げなく思っているところであります」と、現在のところは思っているという現在進行家の形にしてしまったのではないのか。
悪いのは麻生という政治家の能力を理解できない国民であり、自民党内の反麻生勢力の面々ということなのだろう。)
これらのー、選挙でもー、示されましたー、国民のー、気持、民意、批判、我々はそれを紳士に受け止めー、謙虚に反省しー、出直さなければならないと、決意を新たに致しております。(そうだの声と拍手)
私はー、本日ー、衆議院を解散してー、有権者のー、みなさま方にー、その信をー、問いたいと存じます。問われるべきはー、日本を守る。そしてー、国民のー、生活を守る。その責任を果たす。それにふさわしいー、政党はー、どの党か。そのー、政治のー、責任をー、明らかにするために、で、あります。
私はー、昨年9月のー、にじゅー2日、第23代自由民主党ー、総裁にー、選任をしていただきました。そのときに前後してー、アメリカ発世界同時不況がー、起きております。日本もー、そのー、枠外ではー、ありませんでした。私はー、政局より、政策、解散・総選挙よりはー、経済対策・景気対策。そう確信してー、このー、半年あまりの間にー、4度のー、予算編成をー、行いました。
お陰様でー、その成果がー、少しずつではありますけどもー、見えつつあります。しかし、まだ道半ばであります。小企業ー、小規模企業ー、またー、雇用の問題、我々には、まだまだ解決しなければならない問題がー、残っております。
経済対策、一本でー、これまでー、やってきたー、私としましてはー、経済ー、回復、景気ー、回復が、確かなものになるまで、総理・総裁の職務をー、投げ出すことはできません。全治3年とー、申し上げました。私はー、景気ー、最優先、必ずー、日本の景気をー、回復させます。
(かねがね言っている、「日本の景気は底を打った」とする評価とは違う。要するに自己の景気政策を誇るときは「景気は底を打った」とし、職務の継続性を訴えるときは、成果は少しで、景気政策は「まだ道半ば」とする、ご都合主義からの使い分けではないだろうか。)
もう一つ。重要なー、政治の責任はー、安心社会の実現であります。私たちのー、生活は、私たちの周りはー、雇用、またー、老後、医療、年金、子育て、多くのー、不安、いうものにー、我々は囲まれております。私が目指すー、安心社会は、子どもにー、夢を、若者に希望をー、そしてー、高齢者には安心を、であります。雇用に不安のない社会。老後にー、安心が持てるー、社会。子どもと、幸運に育てることが安心してできる社会。それを実現するための政策をー、獲得します。
(「多くの不安いうものに我々は囲まれて」いるから、「雇用に不安のない社会。老後にー、安心が持てるー、社会。子どもと、幸運に育てることが安心してできる社会」を目指すと言っているが、麻生が言っている“安心社会”はすべて現実社会を裏返した「社会」に過ぎない。いわば自民党政治が実現できなかった「社会」の実現を自民党政治が訴えているという倒錯した構図を取っている。
いわば一見、不安のない“安心社会”を目指すんだ、それが国政を担う者の責任だと言っているふうに聞こえるが、国民の多くが各種不安に囲まれることとなったのは自民党政治の成果としてある現在ある不安状況のはずなのだから、実際は「安心社会の実現」という「政治の責任」を自民党政治は果たしてこなかった。そして麻生はそのような自民党政治の重要な一翼を担ってきた共犯者でありながら、どこが間違っていたのか総括も謝罪もせずに隠して、「安心社会の実現」を言っているに過ぎない。戦前、戦争遂行の積極的な協力者でありながら、戦後自己総括もせずに戦争のない日本を訴えるのと同じく、選挙のためという自己利害からの狡猾な“安心社会”追求にしか見えない。)
行過ぎた、市場原理主義からは、決別します。社会保障予算のー、無理な削減はやめます。さらにー、徹底したー、行政改革であります。国会議員の削減、公務員の削減、天下り・渡りの廃止。行政のー、ムダをー、根絶しなければなりません。官僚のー、特権はー、許しません。同時にー、自由民主党の、改革もー、疎かにすることはできないと存じます。
国民からー、厳しい目をー、向けられておりますー、いわゆる国会議員の、世襲ー、候補者につきましても、特別扱いはしません。総裁としてー、党改革実行本部のー、方針を踏まえ、党とー、国会のー、改革をー、進めて参ります。
(ここで麻生が言っていることのすべての横行を自民党は許し、野放しにしてきた。昨日今日始まったことではなく、自民党が結党以来少ずつ育んできて、にっちもさっちもいかなくなった弊害であろう。許し、野放しにしてきた弊害だから、現在も横行している。見逃してきた責任を言わないのは、国民の目が厳しくなって弊害の是正に動かないと選挙に不利な条件となるから、是正が単に選挙必要上の便宜的性格のものだからだろう。
また「行過ぎた、市場原理主義から」の「決別」は、すべての悪を「行過ぎた市場原理主義」に置き換えて、自民党政治の悪に免罪を与えることで、加担してきた麻生自身の悪をも免罪しようとする意図からの「決別」に過ぎないだろう。)
民主党はー、政権交代をー、主張しておられます。しかし、景気対策、福祉の財源、安全保障対策、政策。いずれも取ってもー、自民党に反対するだけで、具体的な政策が見えません。(「そうだ」の声)
財源を伴わない空理空論。こういった者に日本の経済は任せることはできません。まて、また、安全保障政策のー、まとまっていない政党に、日本の安全保障を委ねるなどと言うことは、断固できません。
(巨額の赤字国債で財源を補い、先進国の中でも最悪の財政赤字とした自民党政治に財源云々する資格はない。いわば自民党政治は「財源を伴」った実理実論だと言いたいだろうが、その財源の多くが赤字国債等の借金で賄っているなら、空理空論と五十歩百歩で、健全な国家経営とは決して言えない。)
日本の未来っ、というものに責任を持ってー、取り組める政党ー、それは私が信じる自由民主党だけであります。今回のー、総選挙はー、どの党が、責任を持って、日本のー、未来、というものを、判断し、そして運営していけるか、それにふさわしい政党なのか、それを国民に選んで頂く、大切な機会であります。
(少なくとも現時点での世論調査を通じた国民の判断は「日本の未来っ、というものに責任を持ってー、取り組める政党ー、それは」麻生太郎が「信じる自由民主党」ではなく、「信じ」ないと言っている民主党となっている。麻生太郎のこの評価の隔たりを日本を総理大臣として統治し、国民の安心安全を言うなら、自ら説明すべきだが、説明する責任さえ果たさない。そんな総理大臣にこそ、日本を任せるわけにはいかない。「日本の未来」にしても任せられない。)
自由民主党はー、真の、保守党です。私たちはー、理念のもとに、集まった同志であります。(背後の壁を左右振返る。)ここに国旗が掲げてありますが、当然のこととしてー、国旗を掲げている政党がどこにありますか。
(「真の保守党」の象徴として「国旗」を持ち出したのだろうか。「保守党」なのは国民の多くが知っていることなのだから、唐突に「保守党」を持ち出した印象が強く、何のためなのか、真意を測りかねる。「国旗を掲げている」から、立派な政党だとは限らない。
大体が保守の人間、特に国家主義者たちは日の丸に日本民族優越性を象徴させている。麻生にしても「「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」と日本民族を優越的に把えている自民族優越主義者だから、日の丸をただの国の国旗ではない、優れた民族である日本という国の国旗――民族優越の象徴をそこに置いているに違いない。
と言うことなら、自由民主党が唯一の「国旗を掲げている政党」だとしても、それを以て立派とは言えないどころか、逆に愚かしい自慢に過ぎなくなる。
日の丸が世界の中の日本という狭い範囲に限った象徴ではなく、自由とか人権、民主主義といった世界的に普遍的な価値観・理想を象徴し、それらを以って日本という国を代弁させる意匠としてあるなら、どの政党も「当然のこととして」掲げるだろう。
だが、如何せん、そうなってはいない。日本人の多くが日本民族の優越性を日の丸に置いている。少なくとも意識の底では日の丸に日本民族の優越性を見ている。そこから抜け出れないと、日の丸は当り前の国旗とはならないだろう。)
昭和30年11月ー、自由民主党がー、結党して以来、半年、半世紀あまりがー、経っております。この間ー、多くのー、危機、困難にー、我々はー、直面をしました。しかし、そのつど、総裁の下、一致団結してー、戦ってきたー、長い、歴史がー、自由民主党にはあります。(「そうだ」)
そしてー、自由民主党にはー、党内のー、自由、闊達な論議を大切にしております。しかし、一旦ー、結論が出た後は、一致団結してー、外と戦ってきたのが、我々の長い伝統ではなかったでしょうか。今こそ、今こそ、そのー、歴史とー、伝統にー、培った力強さ、我々は実践してみようじゃありませんか。
(総理・総裁が自ら「一致団結」を何度も言わなければならない状況は党組織に一致団結がなく、不一致混乱していることを物語っていて、その裏返しとしてある要請なのは間違いないが、最初に「党内を纏め切れなかった力不足」に自ら言及しているものの、実際には「力不足」だと認識していないことからすると矛盾する「一致団結」の要請となる。その矛盾にも気づいていない麻生太郎といったところなのだろう。)
途轍もない自由民主党の底力を、目立つと共に発揮して、このー、国難、このー、難しい局面を、みなさま方のー、先頭に立って、立ち向かう。必ずー、これをー、戦い抜いてみせるー、決意を申し上げ、みなさま方のご理解をご協力を、お願い申し上げます」
司会「麻生総裁、力強い決意のご開陳、本当に有難うございました。それでは意見交換に移らせて頂きたいと思います。発現のある方は挙手をして頂きたいと思います。ええー、順次、こちらから、指名をさせて頂きます」
両院議員懇談会議論の欺瞞を暴く(2)に続く
司会「一番最初に手を上げた方」
(司会に我先に指差されようとして司会の方にだけ視線を向けて手を上げたのだから、誰が「最初に手を上げた」のか分かろうはずはないのに、「一番最初に手を上げた方」と聞く自らの不合理性に司会は気づかない。)
司会「じゃあ、原田さん」
原田(その場に立ち上がってマイクを受取り)「ええー、じゃあ、最初、最初に指名を頂きまして、本当に有難うございます。(かなり大声を出す)私は今まで、麻生総裁を懸命に支えてきましたし、前回の総裁選挙に於いても、前々回の総裁選に於いても、麻生総裁を支持して参りました。そしてー、麻生総裁が全力を上げてー、景気対策やってこられた。それは高く評価されてもいいと思っております。そしてー、ただ今のー、麻生総理の発言はー、誠に心強いものでありました。
しかし(ここから絶叫調で激しく詰る様子を見せる。)なぜー、こんなに心強い決意があるんであるならば、堂々と両院議員総会開かないんでしょうか。ここは私は納得できませんっ。これは懇話会じゃないんでしょうか。私はー、それがー、やっぱり開かれた、自民党であります。自由な議論をすべきであります。我々は、(司会「静粛に願います」)断固としてー、民主党に勝たなければなりません。そのためにはー、開かれた自民党、そして、自由な議論を断固として、やっていただかなければならないと思います。みなさんのご理解を、お願い申し上げたいと思います」
司会「それでは、立ち上がられた西川さん、西川京子さん」
西川「有難うございます。・・・・協会の(?)西川でございます。今のご意見、わたしはジューブンに開かれているじゃありませんか。今回の両院議員懇談会は、麻生総理の決断で、公開にしてくれ、麻生総理の、まさにこれは決断です。覚悟ですよ。どこの、名称なんか、どっちだっていいじゃないですか。みなさん、マスコミの公開の場で、ギリギリ議論が行われています。
みなさん、先程、麻生総裁が大事な、大事な、民主党と、自民党との違いをおっしゃいました。安全保障の問題、、一番大事です。その中で実は、あの全英オープンに3連勝で出場した石川亮君が今一番印象に残っていることって何ですかって言ったら、北朝鮮のミサイルですって言ったんですよ。17歳の少年でさえ、今一番、そういう国家意識持っている。
そのときにこの安全保障の問題で、確固たる、国を守るということを党、、党内一致してやっている政党は、どっちなんですか。この相手を利するような、ことを党内で、まあ、一致団結して、戦いの前に、戦わないでどうするんですか。ナンセンスですっ!」
(自民党の「開かれた政党」と言うキャッチフレーズは外から見ると、その時々の都合で開いたり開かなかったりの「開かれた政党」に過ぎない。民主党、その他の野党に対抗する言葉として使うか、「開かれた党だから、色々な意見があって当り前」といったふうに内閣が党内の批判を問題視しない方便として使うかすることからも分かるように、絶対的・普遍的に開かれているわけではなく、常に相手次第で変える比較相対的な「開かれている」に過ぎない。
両院議員懇談会が一旦は非公開と決めたものの、当日になって急遽公開としたのは、麻生総理の「決断」でも「英断」でもない。「開かれた党と言っている手前、非公開は矛盾するのではないか」とマスコミから批判が出た場合、今後の支持率や選挙に影響すると計算したことからの公開「決断」でしかないだろう。
7月22日の「日刊スポーツ」記事――《麻生首相懇談会で謝罪、涙…うわべの結束》は、〈麻生氏が当初作成した懇談会の演説文は、民主党の安保政策批判で始まり、陳謝は半ばにあった。しかし周辺が「まず謝罪から入るべき」と進言。河村建夫官房長官には「声涙ともに下る演説が必要です」と迫られた。「おれは、そういうのは苦手なんだよ」と照れてみせたが、自然と涙ぐむほど追いつめられていた可能性もある。〉と、演出からの「謝罪」であることを暴露しているが、心の底からの「謝罪」ではなく、演出だからこそ、「ぶれた、と、言われる言葉」だと他人が言っていることとすることができるのであって、非公開を公開とした決定も不本意な演出だと間違いなく断言できるに違いない。
大体が議論と呼べる程の実のある言葉を紡ぎ出しているわけでもない。「一致団結」だとか、「自由民主党の底力」だとか、「決意を新たにする」とか、勇ましいだけの精神主義的な抽象語を並べ立てているに過ぎない。内容を伴った政治の話、政策を材料に議論を交わしているわけではない。いわば「開かれている」が形式で終わっている。単なるハコモノと化している。)
司会「有難うございました。それでは最前列で手を上げられた大村先生、どうぞ」
大村秀章(黒の太縁眼鏡――なぜか大村昆を思い出すと言ったら、大村昆に失礼になるか)「えー、ご発言の機会を頂きまして、有難うございました。ええー、発言でした。緊張しています。私は今日、ここ、40分前に来て、一番乗りで参りました。今日は一言、申し上げさせて頂きたいと思いました。
先程ですね、麻生総理・総裁のご発言、これまでの地方選、色んな経過の総括と、そして決意を頂きました。心から敬意を表したいというふうに思っております。この開かれた場での、両院議員懇談会、そしてマスコミオープン、(一段と声を張り上げ)そいう中で、我々自民党が、開かれた議論の中で、この戦いを臨んでいくことを、素晴らしいことだというふうに思います。
どうか麻生総裁、裂帛の気合、気迫、渾身の力を込めて、みなさん、敵はあくまでも(と背後を振返り)、あのポピ、ポピュリズムの政党である、野党民主党でございます。この民主党を打ち砕かなければ、日本は前に向かいません。日本がこうなると分かって、絶対に渡せません。そのことをですね、是非お願いしたいと思います。そして、この会場を出たらですね、みなさん、戦いは民主党なんです。一致結束・一致団結、そして日本を支えてきた自民党の矜持を持って、この戦いを戦い抜いていこうじゃありませんか。(殆ど叫ばんばかりに)麻生総理、お願いいたします。有難うございました」
(政治だけが国を支えるわけではない。国民も国を支えている。外国も貿易、その他の金融や株等の取引き、あるいは外交政策で日本を支えている。日本の経済は殆ど外需によって支えられてきた。権威主義の血に染まっているから、自民党だけが日本を支えてきたと自己過信の錯覚を犯す。
大村秀章は両院議員総会開催の署名集めに対して賛同者の一人として名を連ねている。呼びかけ人の加藤紘一や中川秀直、武部勤といった面々を見れば、反麻生派が策した会合と分かるはずで、いわば一度は反麻生の立場に連なった。であるにも関わらず、「裂帛の気合、気迫、渾身の力」を麻生に期待する。何という君子豹変、迎合、阿諛追従。この人東大を出ているというが、東大出の人間にはこれが君子豹変にも迎合にも阿諛追従にも当らないのかもしれない。)
司会「じゃあ、一番後ろの高市さん」
高市「どうもありがとうございます。ええー、私はー、政治というものを、国家経営だと考えますと、麻生総理は、ですね、えー、日本国株式会社の経営には成功されてると、そう思います。その実は、評価を致します。ま、しかし、自民党株式会社と、いうことになりますと、ま、暫く経営に手を抜かれていた感があるんじゃないかと、残念ながら、思います。
あの、それはですね、やっぱり私は次の、選挙までの自民党候補者が、ええ、自民党候補であることを堂々と打ち出して、やっぱり国民に対してですね、公党として責任の持てる未来へのビジョンを打ち出していく、えーそういう姿勢で、みんなで、戦いたい、そう願っております。
まあ、是非ともあのー、今ですね、ライバル社がええー、はっきり言って粗悪品を、弁舌巧みに消費者に売りつけて回っている。そういう状況なんですね。ところが、ま、私たちは、今売っている製品は、かなり品質はいいんだけども、ちょっと、ええ、時代遅れも、あのー、売り切っちゃった商品でございますんでね、これから夏の商戦に向けて、それなりにですね、ええ、みなさんのと、ええ、喜んで、(「ご静粛に」の司会の声。)頂ける、商品を持って、ええー、回りたい、そんな思いです。
(例え「売り切っちゃった商品」であっても、「かなり品質はいいんだけども」「時代遅れ」とは自己否定の政策となる。「開かれた場」と言いながら、この程度の言葉しか交わすことができない。もう少しまともな比喩がありそうなものだが、思いつくだけの頭が元々ないのだろう。)
経営者として、自民党株式会社の経営者として、ええー、有権者に知らしめる、ええー、イチオシ商品をどう考えておられるのか、つまりマニフェスをできるだけ早く、簡潔でいいものを打ち出していただきたい。そして党の改革方針、どうなされるかっていうことも、お示し頂けたら、うれしく思います。有難うございました」
(どこが「日本国株式会社の経営には成功されてる」と言うのだろうか。麻生は格差社会をつくり出す同類として位置してきたのである。予算や税金のムダ遣いとなるハコモノ行政も放置してきた。また一般国民の利害を代弁する立場に立っていないから、子育て関連の政策が進まない、雇用関係の政策が中途半端、逆に公務員の利害を守ることになる公務員改革を先送りすることができることにもなる。教育格差や地方格差、収入格差、年金問題等の「粗悪品を、弁舌巧みに」国民に売りつけてきたのは自由民主党そのものであろう。)
司会「目が合いましたので、稲田さん」
稲田(かなり甲高いヒステリックな調子の声で、)「総理が麻生政権の政策は間違っていなかった。これは国民の自民党に対する信頼が揺らいでおります。一週間、有権者と対話を致しまして、永田町の争議は一体何なんだと。自民党は何をガタガタやってるんだと、いう声であります。署名する意志もなく一言もない人の署名が出る。鳩山幽霊献金の批判できますか?それから、総括するだけで、麻生降しと思わなかった。(一段とヒステリックに叫ぶ)ホームルームじゃないんですよ。
それから、署名を撤回した人たち、その人たちの取り下げ書をどうして取って、公表しないんだ、執行部はどうして勝負しないんだと、いうことでありました。
(どこまで自分の言葉か有権者の言葉か、支離滅裂。もう少し論理的に話せないものなのか。公開の場での議論だと言っても、中味のない話ばかりなら、公開は形式で終わる。まさしくハコモノで終わることになる。)
それからまた、党のマニフェストと違うもので戦う。これがどうして党の看板で戦うんですか。党はご提起あるべきじゃないんでしょうか。今、私たちがやるべきことは、立党の精神に立ち戻ることです。立党の精神に立ち戻って、真の保守政党であるという、そういった旗をですね、立ち上げて、それで戦うことではないでしょうか。総理は今回、解散の後の記者会見で、グダグダ言うのではなくて、美麗(美しく立派なこと)を、美麗を、美麗をおっしゃってください。自民党の立党の精神に立ち戻って、その原点を、そして自民党自身がですね、国民政党として生める、生まれ変わる。そういった選挙をしてください。以上です」
(麻生に「美麗」な発言を求めながら、「グダグダ言う」といった品がいいとは言えない言葉遣いをする。ただただ恐れ入る。)
司会「それでは女性にちょっと優しかったんで、それでは稲葉先生」
稲葉「私、私は、この懇談会、あるいは両院議員総会を開いて頂きたい、との願いを込めて、署名をした一人でありますし、署名を求める世話人もやりました。私の真意が麻生総理・総裁から、全議員に対して、本当の心情をお話いただきたい、ただその一心であります。
今日こうやって、しかもテレビ・新聞の公開の場で、場所を設けていただいたことは、大変結構な話であります。私たちはこれから、今日、今から、総理・総裁を先頭に、全員が一丸となって、40日後の、8月30日を目指さなければならないんです。その間、みなさん、一緒に総理を先頭に、相手に切り込もうじゃないですか。その決議を求めます。以上です」
(選良と言われる国会議員なのだから、もう少し中味のある格調高いことが言えないものなのだろうかと思うのだが、ないものねだりなのだろうか。)
司会「有難うございました。平井さんどうぞ、平井さんどうぞ」
平井(体育会系体格と容貌の持主)「ハイ、(マイクの調子を見てどうするんだと言いたいが)あー、あ、平井卓也です。平井卓也です。あの、我々に問われているのは、保守政党としての、覚悟と自民党が結束できるかどうか。今こそ、我々の底力、結束力でこの難局に立ち向かって行こうではありませんか。(最後に一言叫ぶ)恩返し(と聞こえるが、何を言っているのか意味不明)」
司会「渡辺先生」
渡辺「いよいよですね、日本が復活できるかどうかのときが来たんです。もうねえ、グタグタ言っている時間はないんです。もう今日、今日を境にして、心を一つにして、戦おうじゃないですか。特にここを一歩外に出て、党内の悪口を言うのはもうやめましょう。ここは一枚岩となって、我々が勝たなければ、日本はよくならない。その自信を持って、戦いましょう」
(自民党が勝ち続けて、政治組織や官僚組織の腐敗が始まった。)
司会「関さん、関さん」
関「有難うございます。えー、神戸の関でございます。あの、私、あのここ2、3日ずっと、あの地元の有権者の声を聞いてまいりました。その声を率直に申し上げます。有権者の声、民主党が政権を取ったら、鳩山党首は社民党と政権を組むと明言されております。そのときに今、例えば、日教組が文部科学大臣になるんですか。そのような質問が出始めております。やはり日本はこの保守の国として、今までの伝統や、親を大切にする、ここ、する心。そして勤勉を重んじる心、そのような心を大事にする政党として、国民はホントーは自民党が大好きなんだと思うんです。それに応えるために、本当に我々は左系統に政権を渡しちゃいけない。それを国民は物凄く不安がっています。マイクを持っていない左手を上に突き出して)それに応えていきましょう!」
(関が描く国民が「物凄く不安がってい」る光景は世論調査が示している国民の姿と正反対に違う。それとも「物凄く不安がってい」る故の民主党支持、鳩山支持だとでも言うのだろうか。 「覚悟」や「決意」を言うんだったら、一度下野し、政策を切磋琢磨して、その切磋琢磨した政策を掲げて再度政権に挑戦する「覚悟」と「決意」であろう。
お互いがそういう姿勢を持つことで、日本の政治は向上していく。ところが自民党は政権を失いかねない土壇場に立たされて、「覚悟」や「決意」は口先だけで、全員して浮き足立っている。)
最前列に着席していた古賀誠が指名を受けずにマイクを握って立ち上がり、背後に着席していた議員たちの方に振り向く。
古賀「一言、あの、発言を、お許しください。まず、地方選挙の総括につきまして、総裁からも、誠に謙虚な、誠実なお詫びがありました。選対委員長と致しましましても、私の足らざるところを、みなさんにお許し頂きたいと思います。(頭を下げる)そこで、総理・総裁のご挨拶の中で、国を守る、国民の暮らしを守ると、おっしゃいました。それは我が国が平和でなければならないことであります。是非一つ、自由民主党が、戦後、歴史の中で、どういう大きな役割を果たしてきたか、私たちはもう一度、自由民主党の、歴史を教訓としたいと思います。悠久の日本の国で、僅か60有余年ですよ。60有余年前に250万の命が、あの愚かな戦争で、失ったんですよ。ヒロシマやナガサキで、また、多くの命を失いました。
私たちはその歴史を教訓として、自由民主党は平和を貫いてきたんです。是非一つ、自由民主党だから、平和を確立することができた。民主党で、平和を約束、政党ということが言えますか?今の民主党で、みなさん方の意見はここでしっかりと一致しているのであります。
さあ、今日から政局という戦場に行きましょう。しかし、その戦場は多くの後援会、暖かな支持者たちの人が待ってくれている戦場なんです。寒風や(?)酷寒の地ではないんです。勇気を持って、自信を持って、我が自由民主党しか、平和を約束できなかった党はないんです。頑張りましょう、頑張りましょう」
(言葉巧みに信者を集めるいかがわしい宗教家の風情で静かに淡々と、最後に熱く語りかけて自分の言葉をさも意味ある言葉であるかのように仕上げた。先ず第一に、多くの国民をして自民党を嘲ることとなった古賀の東国原宮崎県知事に対する衆議員選挙出馬要請の茶番劇を謝罪すべきを、謝罪せずに巧妙に隠している。まるでそんなことはなかったような古賀の語り口となっている。
一知事の人気を取り込んで、票を稼ごうとしたさもしい根性一つだけ見ても信用の置けない人間と言える。
「250万の命が、あの愚かな戦争で、失ったんですよ。ヒロシマやナガサキで、また、多くの命を失いました」と言っているが、一方で古賀誠は日本遺族会会長として、靖国神社の戦没者を「お国のために戦って尊い命を国に捧げた」英霊として権威づけ、支えている。
「あの愚かな戦争」と言いながら、そのような戦争での戦死を国のために役立った、役立てたと顕彰する欺瞞を働かせている。
日中戦争・太平洋戦争共に「お国のために」ならなかった戦争であるはずで、そのような戦争を戦って死んだ兵士を「お国のために戦って尊い命をお国に捧げた」と権威づける矛盾を多くの日本人が犯している。「お国のために戦って尊い命をお国に捧げた」と権威づけることが許されるのは、戦った戦争が「お国のために」なる正義の戦争でなければならないはずである。最初に日本という国、日本人という民族を絶対とする矛盾を最初に置いているから、いつまで経っても戦争を検証も総括もできないでいる。
また、平和とは戦争のない状態のみを言うのではない。極度の生活不安はその者の心に平和な気持を約束しないだろう。様々な社会の矛盾・格差をつくり出しておきながら、「自由民主党は平和を貫いてきた」、「自由民主党だから、平和を確立することができた」などと平気で言う。
医師不足が原因で病院を盥回しにされて、直る病気を治すことができずに命を落とした人間にとって、平和を奪われたも同然であろう。
戦争がない状態だけを平和だと言って、国民一人ひとりの平和を奪う社会の矛盾に目をつぶることができるのは、古賀誠が戦没者遺族を選挙の票の利害でのみ見ているからだろう。そこに利用価値を置いているからだ。
さらに言うなら、時代時代を生きる人間にとって、「悠久」なる時間も歴史も存在しない。当然悠久な時間と歴史を備えた「悠久なる日本の国」は存在しない。誰もが限りある現在という歴史を、あるいは現在という時代を生きるに過ぎない。
それを「悠久なる日本の国」として存在させるのは、日本という国、日本という民族に優越性を置いているからだろう。国民の生活の姿ではなく、国の姿を上位に置いて優先させる意識があるから、国を「悠久なるもの」と価値づけることができる。「悠久なるもの」と崇めることができる。)
司会「麻生総理、総括をお願いします。」(拍手)
麻生「数多くのー、ご意見を頂き、まことに有難うございました。このー、会合のー、中でー、自由民主党のー、結束がー、未だ乱れたままであるという、状態は我々としてはー、残念でありますよ。断固避けなければならぬとー、選挙のためにー、そう強く思っております。正直なところでございます。しかしー、お陰様を持ってー、今ー、古賀先生のー、ご意見などなど、異論は勿論ありましょう。当然です。しかしー、我々としてはー、この開かれた形でー、ここにー、一致結束がー、出来上がったと、私はそう見ております。有難うございました。(一礼。感極まったのか、目にうっすらと涙。)
私の願いは一つ、であります。是非ー、ここにお見えのー、衆議院議員のー、立候補予定者はー、全員、揃ってー、帰ってきて頂くことであります。そのために我々はー、一致団結してー、戦う以外にありません。(「そうだ、そうだ」の声)
是非ー、私の願いが、叶われますため、みなさまのー、お力添えをー、重ねてー、お願い申し上げ、総括とさせていただきます。有難うございました」
(麻生降しの目立った障害もなく、滞りなく総括に辿り着けた安心からか、ますます快調に声を低音に響かせ、、ますます快調に語尾を小気味よげに伸ばして、麻生の独壇場と化した。麻生がうっすらと目に涙を見せたのは、自身の喋りの才能に自ら酔い、独壇場を演じている自身に感激して感極まった涙に違いない。自信過剰の麻生太郎なのだから。
それにしても「両院議員懇談会」と銘打っていても、何とも狭い世界の出来事に見えることか。選挙で当選できるかできないかの利害のみで動いているから、狭い世界に右往左往することになるのだろう。このことも欺瞞だと指摘できる姿の曝しであろう。)
司会「(絶叫調で)麻生総裁のもとで結束を胸に、それではみなさん、解散本会議に臨もうではありませんか。なお本会議終了後は改めて両院のみなさんには衆参代議士会を行わせていただいております十四会議室に於いて、お集まりいただきたいと思います。若林両院議長のもと、両院決起集会を開催し・・・・」
女子アナの纏めの解説が始まり、聞き取れなくなる。