貨物検査法案は効果ある対北朝鮮圧力となり得るのか

2009-07-16 11:31:33 | Weblog

 

 金正日独裁体制の親子継承にこそ、何らか手を打つべきではないのか

 7月14日の首相官邸でのぶら下がり記者会見で麻生首相は貨物検査法案に関して次のように述べている。

 「北朝鮮の貨物に関するこの法律というものが、これは日本の隣の国が、核実験を2回行って、日本に到達できるミサイルを何回となく発射する、こういった状況に関して、世界中がこれに対して国連で決議1874出してやっている最中。日本が、一番影響受ける日本、その日本が、それに対応できないというようなのでは、これは国際社会に対していかがなものかと、私は強くそう思っていますんで、その意味では、この法案というのは、遮二無二、通していただきたいなと、私自身は率直にそう思っております。従って、これが審議できないというような状況が、参議院でつくられるというのはいかがなものか、私自身は率直にその点では甚だ不満です」(asahi.com

 いくら日本が対応できるようにするための法案だと言っても、国連安全保障理事会自体が北朝鮮の今年4月の人工衛星打上げ名目の長距離弾道ミサイル発射に対して拘束力を有した「決議」を目指しながら、中ロの反対に遭って拘束力を持たない「議長声明」にソフトランディングさせられ、その「議長声明」にしても5月25日の2回目となる北朝鮮の核実験を阻止する力を持たず、核実験に対する追加制裁にしても中国の対話を通じた冷静な対応、強い制裁には反対という庇い立てによって検査のための武力行使を認める条項を含まない北朝鮮出入り船舶を検査可能とする安全保障理事会決議案1874号を決定したものの、それ自体も7月4日の短距離と見られる弾道ミサイル7発の断続的発射を阻止することができなかった経緯を抱えていることを忘れてはならない。

 弾道ミサイル7発の発射に対しては安保理は「決議」「議長声明」「報道声明」「議長談話」のうち、最も拘束力も非難色も弱い、非難と懸念を表明するだけの「議長談話」にとどまった。

 いわば北朝鮮の国際社会への挑発とも言える度重なる違反に対して対北朝鮮圧力をトーンダウンさせたのである。国際社会の圧力とその圧力に対する北朝鮮の無視という経緯は国連安全保障理事会自体が北朝鮮のミサイル発射や核実験を阻止するに足る権威と力と危機管理を有効十全に果たすこともができない非力な状況にあることを示している。

 そのような状況下での安保理「決議案1874号」に対応させた船舶検査を法律上可能とする日本の「貨物検査特措法案」なのだが、
1.対象船舶が(国連が禁輸物資と指定する)北朝鮮特定貨物を積載していると
  認めるに足りる相当な理由がある場合


2.公海上、領海を問わず船長の承諾を必要とする

3.特に公海上では船舶の所属する国(旗国)の同意が必要asahi.com

 という要件自体も安保理の不十分な対北朝鮮圧力に対応した相手に抜け道を与える内容となっている。

 いわば法案をつくって国会を通し、法律として成立しました、今後疑わしい船舶に対してはこの法律を適用して参りますと宣言しただけの形式で終わる可能性は否定できない。

 また国連指定禁輸物資を陸路中国やロシアに運び込み、中ロの港から他国籍の船舶に積み込んでミャンマーやイランに運搬する抜け道も不可能ではないはずだ。既にその手を使っているかもしれない。

 安保理対応の非力性と関連し合ったこのようにも万全とは程遠い不備を抱えた日本の「貨物検査特措法案」であるにも関わらず、
与党賛成多数で衆院を通過させはしたが14日の参院本会議に提出の麻生首相に対する問責決議案が野党賛成多数で成立、それを以て野党は一切の国会審議に応じない構えを見せたために廃案に追い込まれる可能性が出来、河村建夫官房長官は15日午前の記者会見で「国際協調の中で進める大事な法案だ。民主党は政権担当能力を言うのであれば正面から考えるべきだ」(日経ネット)と民主党の態度を批判。

 大体が「国際協調」自体が中ロの北朝鮮寄りの態度でつぎはぎだらけ、抜け穴だらけの「協調」となっている大分怪しい状況を引きずっているのである。その現実を直視せずに「国際協調の中で進める大事な法案だ」とさも大層な宿命を抱えているが如き過剰包装して「世間担当能力」まで持ち出すとは恐れ入る。

 麻生も上記ぶら下がり記者会見で、「この法案というのは、遮二無二、通していただきたいなと、私自身は率直にそう思っております。従って、これが審議できないというような状況が、参議院でつくられるというのはいかがなものか、私自身は率直にその点では甚だ不満です」と言っているが、 「遮二無二、通」さなければならない程に必要不可欠、効力を持つ法案だと頭から信じているのだろうか。

 拉致問題に関して小泉時代から「圧力と対話」を言い続けて、ものの見事、相手には通じないまま今日に至っている状況と対応する「遮二無二」が同じく相手には通じない今後とも同じく推移する状況とは言えないだろうか。

 にも関わらず、15日付の「時事ドットコム」記事によると、自民党の鈴木政二参院国対委員長が15日、民主党の簗瀬進参院国対委員長と国会内で会い、14日に衆院を通過した北朝鮮関係船舶の貨物検査を可能にする特別措置法案について「政局から切り離して速やかに参院で審議し、成立させてほしい」と求めたという。

 簗瀬氏は首相問責決議を可決したことを理由に拒否、 鈴木氏は江田五月参院議長にも同様の申し入れをしたが、議長は「民主党に伝える」とメッセンジャーボーイを務めることだけを約束したようだ。

 同記事はこのことに関する民主党の岡田克也幹事長の声を伝えている。

 「民主党が後ろ向きだと印象付けようというジェスチャーにすぎない。誠に遺憾だ」

 北朝鮮に対する日本、その他の国の禁輸措置が対中貿易がそれを補っているのと同じく、「貨物検査特措法案」自体にしても可決・成立を見たとしても、「ジェスチャー」のまま終わる恐れ大であることを棚に上げた麻生内閣の民主党批判の「ジェスチャーにすぎない」といったところではないか。

 一方で北朝鮮国内では三男正雲に向けたと見られる金正日独裁権力の親子継承が着々進められているという。金正日独裁権力の親子継承とは現在でもそうである周辺国に危険な国家体制・独裁権力体制の継承を同時に意味する。

 金正日独裁権力・先軍政治を支えることで権力の蜜の味を味わっている軍上層部・党上層部は金正日体制の終焉で蜜の味を失うことに耐えられないだろう。失わない唯一絶対の方策は現在の権力構造の絶対維持であり、そのために三男正雲を金正日の望みどおりにその後継者として祭り上げて、その存在・名前を通して自分たちの権力を遂行、蜜の味を守ろうとするに違いない。反対派がいたなら、粛清する。

 その権力闘争に誰が勝利するかは不明だが、誰を祭り上げようとも、現在金正日独裁体制を支持することで最も権力を強く握っている者の内の誰かに展開が有利に働くことは確実であろう。

 明治期、薩長明治政府、そして昭和に入り、軍部が天皇を権力遂行のロボット・傀儡としたように金正日死後、金正雲を、あるいは他の兄弟の可能性もあるが、傀儡・ロボットとして、権力遂行の正統性を担うに違いない。

 明治維新時まだ16歳間近だった明治天皇が薩長にとってコントロールしやすい年齢だったように、金正日がすい臓がんの疑いがあり、そう長生きしそうもないことを考えると、26歳の正雲は権力を操る側にとっては自分たちに都合のいい権力色に染めやすい年齢であろう。

 勿論、年齢を重ねるうちに自身で権力を持とうとするだろうが、蜜の味を確保するために独裁権力の維持を図った勢力に勝つには相当な権謀術数を必要とするに違いない。無難な道は傀儡・ロボットに甘んじることだろう。

 そしてそのような権力内容を抱えた北朝鮮の独裁体制は周辺国に及ぼす危険性に於いて変わりなく推移する。

 7月13日付の「asahi.com」記事――《金正日総書記に重病説、北朝鮮の体制めぐるシナリオ》が〈北朝鮮の今後の展開として想定されるシナリオ〉として4つのパターンを予想している。

 1.<円滑な体制移行>
 2.<体制移行が混乱した場合>
 3.<軍部の権力掌握>
 4.<国家崩壊>

 どのパターンであっても、金正日独裁体制の恩恵を受けて権力の蜜の味を味わっていた軍部や党上層部を無視することはできないことは確実である。軍部その他を無視して権力の親子継承は不可能だということである。いわば民主制への移行を想定することは100%ないと言える。軍部を無視した場合、記事が触れているように軍部によるクーデターの可能性が高まり、依然として危険な独裁体制は存続することになる。例え以後ミサイルを発射しなくても、核実験を二度と行わないとしても、秘密裏に開発を進めれば済むことで、国際社会にとっては危険な国であり続ける。

 北朝鮮国内で国際社会にとって危険な国であり続ける独裁権力の親子継承が着々と進んでいるにも関わらず、このことに関しては国際社会は何ら手を打っていない。手を打とうともしない。

 独裁権力の親子継承を傍観したままミサイル発射や核実験に対して国連安保理の決定に基づいた、これまで効果を上げてこなかった制裁に拘るのが賢明な方法なのか、考えてみる必要があるのではないだろうか。

 参考引用―― 
  《金正日総書記に重病説、北朝鮮の体制めぐるシナリオ》

 [シンガポール 13日 ロイター] 韓国の聯合通信TVニュース(YTN)は13日、中国および韓国の情報機関関係者からの情報として、北朝鮮の金正日総書記はすい臓がんを患っており、生命にかかわる可能性があると報じた。
 現在67歳の金総書記は前年8月に脳卒中で倒れたとみられており、後継に三男の金正雲氏を選んだことを示す動きがみられるなか、体制移行に伴う混乱の発生などを危ぶむ見方も出ている。

 以下は、北朝鮮の今後の展開として想定されるシナリオ。

 <円滑な体制移行>

 金総書記が比較的健康な状態を保ち、長く生き延びるほど、三男の正雲氏への権力移行がスムーズに行われる可能性が高まる。正雲氏が15年や20年の年月を権力固めに費やすことができれば、独裁国家体制を存続させる公算も大きくなる。

 また正雲氏は、金総書記の義弟である張成沢氏を後ろ盾に持つとされている。金総書記は4月、張氏を国防委員に昇進させており、多くのアナリストはこれについて、張氏をキングメーカーに据え、権力移譲体制を構築することが狙いだと分析している。

 このシナリオ下では、金融市場は北朝鮮の動向を注視するが、ネガティブにもポジティブにも大きな反応は示さない見通し。各国政府は正雲氏の意向が明確になるのを見守ろうとし、北朝鮮の対外政策にもほとんど変更はない見通し。 

 <体制移行が混乱した場合>

 金総書記が早期に死亡したり、総書記の職務を全うできない状況に陥った場合、体制移行が複雑化する可能性がある。このシナリオが現実となれば、正雲氏が総書記を継承する準備が整うまで、北朝鮮では張氏とともに正雲氏を中心とした集団指導体制が展開される見通し。

 正雲氏の若さと経験不足に加え、北朝鮮の人々はほとんど正雲氏の存在を知らないことから、正雲氏が早期に権力を継承する可能性は低い。そのため北朝鮮幹部が権力体制の移行を指揮するという責務を担い、体制の存続が唯一の共通目的となる。

 金総書記が突然死亡した場合、北アジアの金融市場は下落し、各国政府は後継者の動向を注視する見通し。その場合、北朝鮮は国内の支持を確立するため、対外的には強硬姿勢を強める可能性がある。

 <軍部の権力掌握>

 金総書記が突然死亡した場合、軍部がクーデターを起こす可能性もある。北朝鮮による最近の核実験やミサイル発射、戦争を引き起こすとの警告はすべて、軍部が多大な発言力を有していることを示している。

 ニューヨークに本部を構える外交問題評議会(CFR)は1月、「北朝鮮の急な状況変化に備える」と題したリポートで、「確認されていないものの、過去には暗殺未遂事件や軍の粛清強化があったとされる報道がある。また、言うまでもなく金総書記が国内各地を訪問する際に自身のセキュリティー確保に腐心している点を踏まえれば、軍主導のクーデターが起こってもおかしくはない」との見方を示している。

 軍部が最近の同国の強硬姿勢を後押ししているとみられており、クーデターが実際に起これば、金融市場にとっては弱材料となる公算がある。 

 <国家崩壊>

 経済の崩壊もしくは権力危機が長期化した場合、北朝鮮の国家崩壊を引き起こす恐れがある。現実に崩壊すれば国境近くの数百万人の北朝鮮の人々が、韓国や中国へと流れ込む可能性がある。そうなれば、韓国にとっては経済に多大な打撃を受けるとともに、社会的な大変動を引き起こす公算がある。

 このシナリオは可能性が低いとの見方がアナリストの間でも大勢だが、CFRはリポートで、北朝鮮経済は1990年代のマイナス成長から一度も回復しておらず、常に食料不足問題にさいなまれており、国家としてはぜい弱だと指摘。

 その上で過去には底堅さも示したが、国家存続が危ぶまれる状況まで同国を取り巻く圧力が高まる恐れもあるとした。

 韓国の推計によると、北朝鮮を吸収するには1兆ドルもしくはそれ以上のコストを要する。

 北朝鮮が崩壊した場合、吸収合併にまつわる混乱やコストの大きさに加え、特に残った軍部の動向や核プログラムの管理体制について不透明感が高まれば、韓国金融市場は急落する可能性がある。

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