菅政府は原発2号機が破損した当日の3月15日時点で放射能汚染が原発から北西方向を中心に広がると予測していたにも関わらず、同方向の福島県飯舘村など5市町村の住民に避難を求めたのは予測から27日遅れの4月11日であった。
《汚染拡大予測、政府生かせず 2号機破損時、対応後手》(asahi.com/2011年5月4日20時9分)
政府のこの対応遅れは文科省と原子力安全・保安院が5月3日夜から公開を始めた「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の試算結果から分かったと記事は書いている。
以下記事全文参考引用――
〈3月15日午前6時すぎに原発2号機の圧力抑制室が破損。約3時間後に正門付近で、放射線量が1時間あたり10ミリシーベルト超まで急上昇した。保安院は破損の影響を調べるため、同日午前7時前に試算した。
それによると、同日午前9時から24時間後までの間に、原発を中心にした単純な同心円状ではなく、とくに北西方向に汚染が流れていくことが予測された。こうした汚染の傾向は、福島大などによる実測値でも裏付けられている。
政府が当初、避難を求めていたのは、原発から半径20キロ圏内の住民。だが4月11日になって、北西方向で20キロ圏外にある飯舘村や葛尾村など5市町村に対しても、5月末までに住民避難を求めることにした。対象は約3千世帯、計約1万人とされる。
SPEEDIによる試算約5千件はこれまで未公表だった。その理由について、細野豪志首相補佐官は2日の会見で「国民がパニックになることを懸念した」と説明した。(小宮山亮磨) 〉 ――
細野豪志の発言はパニックよりも放射能汚染を優先させたと言うことになる。
この避難遅れだけではなく、当初政府は避難区域を同心円で設定、実際の放射線は原発から北西方向を中心に同心円を超えて広がったために同心円外の避難先にまで風に乗って飛散、多くの避難住民が被曝リスクに曝されたのではないかと批判を受けることとなった。
この「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」は文科省が100億円以上かけて開発、文部科学省と内閣府原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院の3者が運用、原発事故直後から毎時拡散状況を計算していたが、政府は「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の存在自体を知らなかったと言っている。
原発問題担当の海江田経産相も8月27日(2011年)、東京都千代田区の日本プレスセンターで行われた民主党代表選共同記者会見でそのように発言している。
質問者「今のホットスポットにも絡むんですけど、文部科学省が持ったスピーディっていう放射線の飛散の状況についての発表が遅れましたですよねぇ、対応の遅れ、あるいは、被災地の方の対応の不信感ということの一つに情報開示の遅れというのがあると思うんですが、この点については担当大臣として海江田さん、どうですか」
海江田経産相「私は今回、この福島の事故の対応で、自分自身に色々と反省することもございます。その中の、やはり一番大きな問題が先ずスピーディの存在を私自身、知らなかったんです。
これは正直申し上げまして、で、まあ、そのとき官邸にいた他の方にもお尋ねをいたしましたが、実はスピーディの存在そのものをみんな知らなかったということでありまして、これはやっぱり大変大きな問題であります。
そしてですね、実は保安院がそのスピーディの存在を知っていたようであります。これは私はしっかりと問い質しました。ところが、保安院はそのスピーディの利用に当たってですね、やはりこの、当初出してきましたスピーディの数値というのは一定の仮定を置いてこれぐらいでその放射性物質が出ていたとしたらこういうことになるよと言うことで、まさに実際の数値を置いていなかったから、これを当てにならないものだとして斥けていたということで――」
同質問者「今の時点であれば、海江田さんは直ちに発表しろという指示をなさった――」
海江田経産相「勿論です、ハイ。その前にそれを参考にして、そして行動を取ると――」
復興財源の質問に移る。
「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」とは「原子力施設から大量の放射性物質が放出されたり、あるいは、そのおそれがあるという緊急時に、周辺環境における放射性物質の大気中濃度や被ばく線量などを、放出源情報、気象条件および地形データをもとに迅速に予測するシステムです」と、文部省なのか保安院なのか、情報源も情報発信日時も記してないPDF記事に書いてある。
当然、入力する放出放射線量が仮定値であったとしても、風向きや風速、地形状況等の入力に応じて放射性物質がどちらの方向に拡散していくかは把握していたはずだ。
放出された放射性物質が少ない場合は、それに応じて被曝の危険性は減少するが、逆に多かった場合を想定して対応するのが危機管理であるはずである。でなければ、国民の生命・財産を守ることにはならない。
仮定値だから、当てにはならないから公表しなかったという危機管理対応は決してないはずだ。当てにならない仮定値だからこそ、最悪の放出量を仮定して避難指示等の危機管理対応を取るのが政府の務めだったはずだ。
菅仮免も「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の存在を知らなかったと6月3日(2011年)の参院予算委員会で答弁している。
《「予測図は伝達されなかった」 首相がSPEEDI公表遅れを陳謝 参院予算委》(MSN産経/2011.6.4 01:33)
自民党の森雅子議員から放射性物質拡散状況を予測する「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の公表が遅れたことに関して。
森雅子議員「なぜ住民に知らせなかったのか。知らせていれば避難できた。子供を含めて内部被曝しているのではないか」
菅仮免「情報が正確に伝わらなかったことに責任を感じている。責任者として大変申し訳ない。予測図は私や官房長官には伝達されなかった」
だが、海江田経産相はともかく、菅仮免は「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」の存在を知っていなければならなかった。伝達されなかったとしても、自分の方から拡散状況の報告を催促しなければならなかった。
海江田万里が菅再改造内閣で経済産業相に就任したのは2011年1月である。これを遡る2010年10月20日に菅政府は《平成22年度原子力総合防災訓練》を行っている。
この訓練は静岡県の浜岡原子力発電所第3号機が原子炉給水系の故障により原子炉の冷却機能が喪失、放射性物質が外部に放出される事態を想定して行われた。
当然、原発事故時に於ける運用機関である文部科学省と内閣府原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院は「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」を使用して、放出された放射性物質の量を仮定し、2010年10月20日時点の風速、風向、浜岡原発周辺の地形等の数値を入力、放射性物質の拡散状況をシュミレーションし、その結果値からどの地域の避難が必要か等を想定、想定上の事態のすべてを政府原子力災害対策本部会議本部長の菅仮免に途中こっそりと抜け出してどこかに遊びに出かけていなければ報告したはずだ。
“放射性物質外部放出事態想定”訓練であることは経産相のHPにも文科省のHPにも記載されている。
平成22年度原子力総合防災訓練の実施について(経済産業省HP/平成22年9月29日(水))
〈本件の概要
原子力施設において、放射性物質が環境に大量に放出されるおそれが生じるなどの緊急事態の発生に備え、原子力災害対策特別措置法に基づいて、国、地方公共団体、事業者等が一体となって、周辺住民の安全確保等のための応急対策を講じることとされています。
本訓練は、同法第13条等に基づき、こうした緊急事態対応の訓練を行うものであり、今年度は静岡県の中部電力株式会社浜岡原子力発電所における緊急事態を想定した訓練を10月20日(水)及び21日(木)の2日間実施します。
担当 原子力安全・保安院原子力防災課〉――
当時経産大臣として訓練に参加したのは海江田万里ではなく、現国交相の大畠章宏である。
担当は原子力安全・保安院原子力防災課。当然のことなのだろうが、原子力安全・保安院も関わっていた訓練であった。
まさか、「放射性物質が環境に大量に放出されるおそれが生じる」事態にのみ備えた訓練で、実際に放出された場合を想定した訓練を行わなかったと言うわけではあるまい。
だとしたら、訓練に於いても「原子力安全神話」に胡坐をかいた想定となり、常に最悪の状況を想定して対応する危機管理に反し、訓練は形式・儀式の類いとなる。
もし実際に放出された場合を想定した訓練でなければ、「周辺住民の安全確保等のための応急対策」は不必要となる。あくまでも実際の放出を想定した「周辺住民の安全確保等のための応急対策」であるはずだ。
そうであるのは「訓練の重点項目(特徴)」の中に「緊急被ばく医療活動の充実」が入っていることが証明している。放射性物質が放出されなければ、被曝医療活動は発生しない。
当然、「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」を使ったシュミレーションは行われた。いや、行われなければ、原子力災害に於ける危機管理とはならない。
シュミレーション実施は文科省のHPが何よりも証明している。《平成成22年度文部科学省原子力災害対策支援本部運営訓練について》(文科省HP/平成22年10月18日)
〈文部科学省では、平成22年10月20日及び21日、中部電力株式会社浜岡原子力発電所での事故を想定して実施される平成22年度原子力総合防災訓練において、以下のとおり、文部科学省原子力災害対策支援本部運営訓練を実施いたします。〉――
〈本部員等から、事故概要 原子力災害対策特別措置法第10条通報の内容、環境放射線モニタリングの状況、「緊急時迅速放射能影響予測システム」を用いた環境放射能影響予測、各局の対応状況の報告等を行う。〉――
菅仮免は文部科学省と内閣府原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院のいずれかから、あるいは3者から交互に風向と風速、放出放射性物資の量等の各仮定値に基づいて「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」を使って計算した放射性物質の拡散状況の報告を受けたし、受けなければならなかった。
放射性物質の放出量の様々な各仮定値に基づいた拡散状況に応じて何キロ圏は即時避難、何キロ圏は屋内避難等の説明も加えて受けたはずだ。
だが、福島原発の事故に際しては、事故発生当初から「緊急時迅速放射能影響予測システム」を用いて放射性物質の拡散状況を予測していながら、それを公表もせず、住民避難に生かされることもなかった。
「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」に関して、菅仮免が「予測図は私や官房長官には伝達されなかった」、あるいはその存在自体を知らなかったでは済ますことはできない菅政権の危機管理の機能不全と言わなければならない。
参考までに――
《菅仮免首相の危機管理能力ゼロを改めて証明する国会答弁 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》 |