野田首相の代表選演説の二匹目のドジョウを狙いつつ並べ立てた所信表明演説の約束事の数々

2011-09-14 11:20:39 | Weblog

 昨日(2011年9月13日)、野田首相が衆院本会議で所信表明演説に臨んだ。所信表明演説とはその内容の殆んどが約束事の羅列である。あれをします、これもしますと羅列する約束事が多い程、これまでの政治が約束事を果たしてこなかったことの裏返し証明となる。

 勿論、新たに生じた問題があり、その解決に向けた約束事も含まれるが、約束事が果されるとは限らないこれまでの事例から見て、新たに生じた問題の解決のための約束事も果されると約束できない約束事と疑ってかかる必要がある。

 政治の約束事のこういった構造を見ると、政治の約束事は多くは約束事で終わる宿命にあると言える。

 演説そのものは首相官邸HP「第178回国会に於ける野田内閣総理大臣所信表明演説」を参考にした。
  
 先ず理解しやすいように項目だけを並べてみる。

 一 はじめに

 二 東日本大震災からの復旧・復興

 (復旧・復興の加速)

 (原発事故の収束と福島再生に向けた取組)

 三 世界的な経済危機への対応

 (エネルギー政策の再構築)

 (大胆な円高・空洞化対策の実施)

 (経済成長と財政健全化の両立)

 四 希望と誇りある日本に向けて

 (分厚い中間層の復活と社会保障改革)

 (政治・行政の信頼回復)

 五 新たな時代の呼び掛けに応える外交・安全保障 

 (我が国を取り巻く世界情勢と安全保障環境の変化)

 (日米同盟の深化・発展)

 (近隣諸国との二国間関係の強化)

 (多極化する世界とのつながり)

 六 むすびに(以上)

 「一 はじめに」「六 むすびに」以外は特別なことを言っているわけではなく、野田首相以前の政治家をも含めた従来どおりの発言の繰返しだから、項目を並べただけで趣旨の大体は理解できるはずである。従来どおりの発言の繰返しということはその殆んどがこれまで果たすことができなかった約束事の改めての羅列に過ぎないことになる。

 最初に 「一 はじめに」を見てみる。

 野田首相「第178回国会の開会に当たり、東日本大震災、そしてその後も相次いだ集中豪雨や台風の災害によって亡くなられた方々の御冥福をお祈りします。また、被害に遭われ、不自由な暮らしを余儀なくされている被災者の方々に、改めてお見舞いを申し上げます。

 この度、私は、内閣総理大臣に任命されました。政治に求められるのは、いつの世も、『正心誠意』の四文字があるのみです。意を誠にして、心を正す。私は、国民の皆様の声に耳を傾けながら、自らの心を正し、政治家としての良心に忠実に、大震災がもたらした国難に立ち向かう重責を全力で果たしていく決意です。まずは、連立与党である国民新党始め、各党、各会派、そして国民の皆様の御理解と御協力を切にお願い申し上げます」――

 決意表明である。決意の約束とも言うことができる。「私は、国民の皆様の声に耳を傾けながら、自らの心を正し、政治家としての良心に忠実に、大震災がもたらした国難に立ち向かう重責を全力で果たしていく決意です」と約束した。

 政治の約束事が多くは約束事で終わる宿命にある構造となっていることからすると、この決意の約束事も結果を見るまでは眉に唾していた方がいい。

 決意表明――決意の約束事が取り敢えずは眉唾としなければならない象徴的な理由が「三 世界的な経済危機への対応」の項目の中で取上げている(大胆な円高・空洞化対策の実施)の約束事だが、首相は財務省時代、為替介入も含めて効果的な対策を打ち出すことができなかったにも関わらず再度約束事として持ち出している。

 約束事としなければならなかったから約束事としたのだろうが、有効な対策を見出すことができなかった経緯を無視して、「まずは、予備費や第三次補正予算を活用し、思い切って立地補助金を拡充するなどの緊急経済対策を実施します。さらに、円高メリットを活用して、日本企業による海外企業の買収や資源権益の獲得を支援します」と約束事を並べ立てている。

 野田首相は続いて大震災を取上げる。少々長くなるが、全文取上げてみる。

 野田首相「この国難のただ中を生きる私たちが、決して、忘れてはならないものがあります。それは、大震災の絶望の中で示された日本人の気高き精神です。南三陸町の防災職員として、住民に高台への避難を呼び掛け続けた遠藤未希さん。防災庁舎の無線機から流れる彼女の声に、勇気づけられ、救われた命が数多くありました。恐怖に声を震わせながらも、最後まで呼び掛けをやめなかった彼女は、津波に飲まれ、帰らぬ人となりました。生きておられれば、今月、結婚式を迎えるはずでした。被災地の至るところで、自らの命さえ顧みず、使命感を貫き、他者をいたわる人間同士の深い絆がありました。彼女たちが身をもって示した、危機の中で『公』に尽くす覚悟。そして、互いに助け合いながら、寡黙に困難を耐えた数多くの被災者の方々。日本人として生きていく『誇り』と明日への『希望』が、ここに見出せるのではないでしょうか。

 忘れてはならないものがあります。それは、原発事故や被災者支援の最前線で格闘する人々の姿です。先週、私は、原子力災害対策本部長として、福島第一原発の敷地内に入りました。2千人を超える方々が、マスクと防護服に身を包み、被曝と熱中症の危険にさらされながら、事故収束のために黙々と作業を続けています。そして大震災や豪雨の被災地では、自らが被災者の立場にありながらも、人命救助や復旧、除染活動の先頭に立ち、住民に向き合い続ける自治体職員の方々がいます。御家族を亡くされた痛みを抱きながら、豪雨対策の陣頭指揮を執り続ける那智勝浦町の寺本真一町長も、その一人です。

 今この瞬間にも、原発事故や災害との戦いは、続いています。様々な現場での献身的な作業の積み重ねによって、日本の『今』と『未来』は支えられています。私たちは、激励と感謝の念とともに、こうした人々にもっと思いを致す必要があるのではないでしょうか。

 忘れてはならないものがあります。それは、被災者、とりわけ福島の方々の抱く故郷への思いです。多くの被災地が復興に向けた歩みを始める中、依然として先行きが見えず、見えない放射線の不安と格闘している原発周辺地域の方々の思いを、福島の高校生たちが教えてくれています。

 『福島に生まれて、福島で育って、福島で働く。福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てる。福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢なのです』

 これは、先月、福島で開催された全国高校総合文化祭で、福島の高校生たちが演じた創作劇の中の言葉です。悲しみや怒り、不安やいらだち、諦めや無力感といった感情を乗り越えて、明日に向かって一歩を踏み出す力強さがあふれています。こうした若い情熱の中に、被災地と福島の復興を確信できるのではないでしょうか。

 今般、被災者の心情に配慮を欠いた不適切な言動によって辞任した閣僚が出たことは、誠に残念でなりません。失われた信頼を取り戻すためにも、内閣が一丸となって、原発事故の収束と被災者支援に邁進することを改めてお誓いいたします。

 大震災後も、世界は歩みを止めていません。そして、日本への視線も日に日に厳しく変化しています。日本人の気高い精神を賞賛する声は、この国の『政治』に向けられる厳しい見方にかき消されつつあります。『政治が指導力を発揮せず、物事を先送りする』ことを『日本化する』と表現して、やゆする海外の論調があります。これまで積み上げてきた『国家の信用』が今、危機にひんしています。

 私たちは、厳しい現実を受け止めなければなりません。そして、克服しなければなりません。目の前の危機を乗り越え、国民の生活を守り、希望と誇りある日本を再生するために、今こそ、行政府も、立法府も、それぞれの役割を果たすべき時です」――

 自然災害や原発事故に立ち向かった、あるいは現に立ち向かい続ける、その殆んどが無名である人々を取上げて、その「勇気」、「献身」を褒め称え、彼らを「激励と感謝の念とともに、こうした人々にもっと思いを致す必要がある」、政治も彼らに「思いを致」し、彼らの「勇気」と「献身」を見習って、「目の前の危機を乗り越え、国民の生活を守り、希望と誇りある日本を再生するために、今こそ、行政府も、立法府も、それぞれの役割を果たすべき時です」と新たな決意を約束事としている。

 大震災に立ち向かって献身的な行動を取った人々、今なお取り続けている人々を取上げたのは代表選立候補演説の二匹目のドジョウを狙った演出だったに違いない。

 野田氏が財務相の立場で民主党代表選に立候補、8月29日の最終演説に先立ってかつての日本新党の細川護煕元首相から電話があり、「つまらない演説でした。これでは決選投票で勝てませんよ。財務相の演説みたいでは決選投票で勝てない。もっと人間性が出るようなことを言わないと心を打たない」(MSN産経)と忠告を受けて演説内容を、25年間雨の日も毎朝駅に辻立ちしたこと、街宣車が壊れるとハンドマイクを肩にかけて徒歩で政策を訴えたこと、落選したときはあれこれの後悔で百八つの煩悩に苦しめられたこと、逆に落選中は子どもに触れることができたことなど、相田みつをの「どじょう」の詩まで持ち出して自身の人柄、人間性が出る身近な事柄を演説の題材にして好評を得た成功体験が仕向けた自然災害に立ち向かう無名の人々の人柄、人間性の演出だとの見立てである。

 この見方を邪(よこしま)に過ぎる、ケチのつけ過ぎと批判する向きもあるかもしれないが、先ずは野田首相が「一 はじめに」で言っていることの殆んどすべてが日本の政治の姿勢となっていないことに反して映し出した無名の人々の「勇気」、「献身」といった美徳に関わるエピソードだということである。

 もし日本の政治がそういった美徳を備えていて、政治自身が「日本の『今』と『未来』」を支えるに足る信頼を獲ち得ていたなら、今後の政治課題(解決しなければならない政治問題)を述べる所信表明演説の冒頭に特別に持ち出すエピソードとはなり得なかったはずだ。

 だが、無名の人々の美徳を持ち出して代表選の「ドジョウ」演説のように感動を与え、その感動を「目の前の危機を乗り越え、国民の生活を守り、希望と誇りある日本を再生するために、今こそ、行政府も、立法府も、それぞれの役割を果たすべき時です」と日本の政治の原動力足らしめようとした。

 政治が「勇気」を持って難題に立ち向かわず、「献身的」とはなっていない象徴的出来事が野田首相が「被災者の心情に配慮を欠いた不適切な言動によって辞任した閣僚が出たことは、誠に残念でなりません」と触れている鉢呂前経産相の発言と行動であろう。

 「勇気」を持って難題に立ち向かおうとしていたなら、「死の町」などといった形容はしなかったろう。「必ず生きた町に戻すぞ」といった強い決意を持ったはずだ。

 あるいは管仮免の復旧・復興の遅れ、不徹底とその責任に真剣に立ち向かわずに、「内閣としてやるべきことやってきた」と言い募って現場の実態から目を背け続けた、「勇気」や「献身」に真っ向から反する姿勢に象徴的に現れている日本の政治であろう。

 日本の政治が自己保身ばかり働かせて困難な課題に「勇気」を持って立ち向かわず、そういう状況にあるから、当然国民に対して献身的姿勢を示すはずはなく、奇麗事を並べ立てることを以って献身的姿勢に見せかけているからこそ、野田首相にしても改めてのように「政治に求められるのは、いつの世も、『正心誠意』の四文字があるのみです。意を誠にして、心を正す。私は、国民の皆様の声に耳を傾けながら、自らの心を正し、政治家としての良心に忠実に、大震災がもたらした国難に立ち向かう重責を全力で果たしていく決意です」を約束事としなければならなかったはずだ。

 では、「六 むすびに」の部分。

 野田首相「政治とは、相反する利害や価値観を調整しながら、粘り強く現実的な解決策を導き出す営みです。議会制民主主義の要諦は、対話と理解を丁寧に重ねた合意形成にあります。

 私たちは既に前政権の下で、対話の積み重ねによって、解決策を見出してきました。ねじれ国会の制約は、議論を通じて合意を目指すという、立法府が本来あるべき姿に立ち返る好機でもあります。

 ここにお集まりの、国民を代表する国会議員の皆様。そして、国民の皆様。改めて申し上げます。

 この歴史的な国難から日本を再生していくため、この国の持てる力の全てを結集しようではありませんか。閣僚は一丸となって職責を果たす。官僚は専門家として持てる力を最大限に発揮する。与野党は、徹底的な議論と対話によって懸命に一致点を見出す。政府も企業も個人も、全ての国民が心を合わせて、力を合わせて、この危機に立ち向かおうではありませんか。

 私は、この内閣の先頭に立ち、一人ひとりの国民の声に、心の叫びに、真摯に耳を澄まします。『正心誠意』、行動します。ただ国民のためを思い、目の前の危機の克服と宿年の課題の解決のために、愚直に一歩一歩、粘り強く、全力で取り組んでいく覚悟です。

 皆様の御理解と御協力を改めてお願いして、私の所信の表明といたします」――

 以上の約束事が的確に実行に移され、日本の国力回復と国民生活の向上が果されることを望むが、内政、外交等の政治課題ではこれまで多くの人間が言ってきたことをほぼなぞる通り一遍の言及で終わっている。

 日米関係の深化・発展にしてもそうだが、以下続けての発言だが、如何に通り一遍か理解できるように段落に分けてみた。

 「普天間飛行場の移設問題については、日米合意を踏まえつつ、普天間飛行場の固定化を回避し沖縄の負担軽減を図るべく、沖縄の皆様に誠実に説明し理解を求めながら、全力で取り組みます。また、沖縄の振興についても、積極的に取り組みます」

 「日中関係では、来年の国交正常化40周年を見据えて、幅広い分野で具体的な協力を推進し、中国が国際社会の責任ある一員として、より一層の透明性を持って適切な役割を果たすよう求めながら、戦略的互恵関係を深めます」

 「日韓関係については、未来志向の新たな100年に向けて、一層の関係強化を図ります」

 「北朝鮮との関係では、関係国と連携しつつ、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決を図り、不幸な過去を清算して、国交正常化を追求します」

 「拉致問題については、我が国の主権に関わる重大な問題であり、国の責任において、全ての拉致被害者の一刻も早い帰国に向けて全力を尽くします」

 「日露関係については、最大の懸案である北方領土問題を解決すべく精力的に取り組むとともに、アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい関係の構築に努めます」

 各問題とも大事な政治課題であるはずだが、要するに端折って済ませている。

 「正心誠意」とは言えない通り一遍の中身のない端折り方だが、「私は、この内閣の先頭に立ち、一人ひとりの国民の声に、心の叫びに、真摯に耳を澄まします。『正心誠意』、行動します。ただ国民のためを思い、目の前の危機の克服と宿年の課題の解決のために、愚直に一歩一歩、粘り強く、全力で取り組んでいく覚悟です」と、「正心誠意」を結びでも約束事としている。

 この約束事の実効性は果たしてどう推移していくのだろうか。


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