沖縄県尖閣諸島周辺海域対象の民間協定の体裁を取った日本政府と台湾政府間の「日台民間漁業取り決め」(日台漁業協定)が4月10日台北で締結、5月10日に発効した。 《林農林水産大臣記者会見概要》(平成25年5月10日)
この協定は尖閣諸島の領有権問題が絡んで操業水域などを巡る双方の意見の隔たりが埋まらず、4年前から中断していが、去年11月から交渉再開して締結に至ったものだそうだ。
漁業区域は日本の排他的経済水域の中に双方が相手側漁船に対し漁業関連法令を適用せず取締りを行わない「法令適用除外水域」と法令の適用除外とはしないものの、双方の操業を最大限尊重するなどとした「特別協力水域」の2つの水域を設けているという。
よく分からないのは、30日後の5月10日協定発効の取り決めを含めて日台漁業協定を4月10に締結していながら、「日台漁業委員会」なる第1回会合が5月7日台北で開催され、具体的な操業ルールの取り決めを議論したことである。常識的な順序、もしくは常識的な手続きから言ったなら、具体的な操業ルールを取り決めた上でそのルールをも協定に盛り込み、締結に至ると思うのだが、安倍内閣の方式ではその逆らしい。
しかも4月10日の協定締結から27日も経過し、協定発効が5月10日と3日後に迫る5月7日に操業ルールを取り決める第1回会合を開いたというのだから、益々分からなくなる。
こういったことが安倍内閣の常識なのかもしれない。
もう一つ分からないことは「日台漁業委員会」第1回会合で台湾側が調印した4月10日以降、既に水域内で操業していることを明らかにしたということである。
まさに5月10日発効の協定違反に当たるはずだが、日本側はそのことを把握していなかったのだろうか。協定がまだ発効していない、具体的な操業ルールをまだ取り決めていないうちの台湾側の操業である。
第1回会合では操業ルールは合意に至らず、台湾側が協定発効前にも関わらず自分たちのルールで操業を続けるという異様な形で5月10日の協定発効日を迎えた。
5月10日発効日の農水相の記者会見を農水省HPに記載されている。
記者「日台漁業協定について2点お伺いします。
今日から、もう協定発効なんですが、現時点で、その対象海域に日本、台湾、それぞれの漁船がどのぐらい操業しているのか、あるいは、トラブルの報告があるのか、もしも把握されていたら教えてください」
林農水相「まだ、あの、そういう報告等受けておりませんので、具体的には把握をしている段階ではございません。
記者「あと、もう1点なんですけども、協定の発効日につきまして、台湾側は4月10日の取決め締結の日からという理解で、もう既に操業が始まって、昨日までに、もう既に操業が始まっているという状況、沖縄の漁民の方から報告が出てるんですけども、これは日台で認識に差があるんですけども、どういうことなんでしょうか」
取決めの協議の段階で詰めきれなかったということなんでしょうか。
林農水相「あの、我々の理解は今日から法令適用除外水域において法令が適用されないとこういうことでやってまいりましたので、我々の法令適用除外水域はですね、今日から適用されないということになるということであります」
記者「それは、もう、相互に解釈が違うということなんですか」
林農水相「あの、『そういう取決めをした』とこちらは、あの、考えておりましたので、先方がどういう解釈であられるのかということと、それがどういうふうに、まあ、報道されているのかということはですね、しっかりと報道を精査するなり、相手方に確認をするなりしていきたいとこういうふうに思います」
記者「わかりました」
台湾側は協定締結の4月10日以降操業を開始し、5月7日の「日台漁業委員会」第1回会合でそのことを明らかにした。いや、明らかにしなくても、5月10日以前の違法操業がないか海上保安庁の巡視船が監視するのが当然の危機管理だと思うが、そういった監視もせず、記者が台湾側の違法操業を問題にしたにも関わらず、林農水相は5月10日の「今日から法令適用除外水域において法令が適用されないとこういうことでやってまいりました」から、「我々の法令適用除外水域はですね、今日から適用されないということになるということであります」と言って、規則はこうなっていますと既に分かり切った当たり前のことを言い、台湾側の操業については「報道を精査するなり、相手方に確認をするなりしていきたいとこういうふうに思います」と、違法操業に何ら備えていなかった危機管理不備を自ら暴露している。
単に備えていなかったというだけで責任問題が生じるが、5月7日の「日台漁業委員会」第1回会合で台湾側が4月10日以降操業していることを明らかにしたということが事実なら、見て見ぬ振りをしていたことになる。
沖縄県は件の水域で台湾側の操業を認めないようにと昨年11月から3回にわたり国に要請してきたと「時事ドットコム」記事が伝えている。
仲井真沖縄県知事は日台漁業協定が締結された4月10日に協定を批判するコメントを発表した。
仲井真知事(コメント)「沖縄県からの要望が全く反映されておらず、台湾側に譲歩した内容で極めて遺憾。合意により漁場競合の激化や好漁場の縮小は避けられない。国に対して強く抗議する」(時事ドットコム)
対して5月11日午前の菅官房長官の記者会見。
菅官房長官、「今後、関係漁業者の意見を十分に聴いて影響を把握し、必要な対策をしっかり講じていきたい。漁獲高が減るなどの影響が出た場合は政府として責任を持って対応する」(時事ドットコム)
外国の漁船が入ってきて、日台双方で操業漁船数が増えれば、一般的には漁獲高減は想定しなければならない危機管理であるはずである。
また、台湾漁船が20~50トンと大きく、船員が6人相当、日本船は殆どが1人か2人だと「asahi.com」が伝えている漁船状況も日本側が把握していなければならない情報であって、双方の漁獲能力の趨勢からすると、菅官房長官は日本側に不利な漁獲高減となって現れる確率を十分に想定しなければならなかったはずだ。
にも関わらず、菅官房長官は「漁獲高が減るなどの影響が出た場合は」と、現時点では想定外のこととし、将来的な可能性の範囲内の想定としている。
この手の認識性は現時点で集め得る限りの情報を集めて分析し、前以て不備回避の体制を敷いて備える危機管理に必須の先見性の欠如を示しているはずだ。
この先見性の欠如は林農水相についても言える。
安倍政権が日台漁業協定を締結した背景を次の記事が伝えている。《尖閣で中台共闘を懸念、合意急ぐ…日台漁業協定》(YOMIURI ONLINE/2013年4月11日07時22分)
記事は、〈日中間では2000年に漁業協定が発効したのに対し、日台間は1996年以来計16回の漁業協議が決裂の繰り返しで、「無秩序状態」(外務省幹部)が続いた。尖閣周辺水域を「伝統的な漁場」とみなす台湾漁業者の要求水準が高く、日本がのめなかった〉からだが、〈昨年9月の尖閣国有化に反発した台湾漁船団が巡視船を伴って日本の領海に侵入し、中台が「共闘」する姿勢も見られ、親日的な台湾を中国側に追いやる恐れが高まったことで〉、安倍晋三が昨年12月、漁業協定の合意を急ぐよう関係省庁に指示したという。
但し、〈水産庁が沖縄の漁業には打撃になりかねない譲歩案に難色を示〉すと、〈沖縄県の漁業者の懸念にも関わらず、首相官邸主導で日本側が譲歩し〉、さすが安倍晋三である、〈首相官邸が押し切って〉、締結の運びとなったと解説している。
理由は4月からマグロ漁などが本格化するためで、台湾漁船との衝突を避ける必要上からだとしている。
要するに安倍晋三は沖縄県に不利となる漁業協定だと知っていた。知っていながら、安倍晋三は沖縄県側の不利益を無視して、「中台尖閣共闘」回避を日本の国益としたことを意味する。
この構図は普天間移設に続くものとなる。
もし安倍晋三が小賢しくも沖縄県の利益よりも、「中台尖閣共闘」回避を日本の国益としたなら、そのことの説明責任を負ったことになるはずだ。
だが、何の説明もない。
さらに言うと、沖縄側の利益を犠牲にして台湾側に有利となる漁業協定をエサとして与えて「中台尖閣共闘」回避が成功したとしても、中国の尖閣領有権干渉を阻止する成算を持っているのだろうか。
中国監視船の尖閣諸島接続海域の航行や日本領海への侵犯は収まっていない。大体が中国が将来的な「中台尖閣共闘」の可能性がなくなったとしても、尖閣領有を諦めるとでも胸算用しているのだろうか。
馬台湾総統自体が尖閣領有権主張を引っ込めるつもりはないと日台漁業協定締結4月10日翌日の4月11日に発言している。
馬台湾総統「今回は島の領有権には踏み込まなかったが、今後、議論をしていきたい」(NHK NEWS WEB)
領有権を獲得できたなら、日本側主導の日台漁業協定は必要なくなる。「法令適用除外水域」だろうと「特別協力水域」だろうと、計算上はすべての水域が台湾の領有となる。
一応の漁業権を得て台湾の存在をそこに打ち立てつつ、尖閣諸島の領有権を主張していくという二本立ての策も可能である。例え区域外の操業を行なって拿捕されたとしても、「元々は台湾の領海だ」と主張する漁船も現れるに違いない。
当然、「中台尖閣共闘」回避も怪しくなる。
具体的な操業ルールを協定締結前に取り決めなかった失態、協定発効前に台湾漁船の操業を見逃していた、あるいは無視していた失態、日本側漁船の出漁環境の整備を怠った失態。危機管理欠如からの幾つもの失態を犯している。
菅官房長官と林農水相の危機管理上の先見性の欠如に安倍晋三を一枚加えなければならないことになる。日台漁業協定に関して言うと、安倍晋三を親分とした三バカ大将といったところか