橋下徹日本維新の会共同代表の従軍慰安婦関連の発言が各方面から批判を受けている。持ち前の向こうっ気から批判に張り合って自説を押し通そうとして、それがまた批判を受けるという悪循環に陥っている。
問題は日本の従軍慰安婦制度を各国共通の制度だと勘違いしていることである。次の記事が5月13日の橋下徹のそもそもの発端となった発言要旨を午前中と午後に分けて紹介している。
《慰安婦問題、風俗業をめぐる橋下氏の発言要旨》(asahi.com/2013年5月14日2時16分)(一部抜粋)
午前中の発言。
橋下徹「なぜ日本の慰安婦問題だけが世界的に取り上げられるのか。日本は『レイプ国家』だと、国をあげて強制的に慰安婦を拉致し、職業に就かせたと世界は非難している。その点についてはやっぱり、違うところは違うと言わないといけない。
意に反して慰安婦になってしまった方は、戦争の悲劇の結果でもある。戦争の責任は日本国にもある。心情をしっかりと理解して、優しく配慮していくことが必要だ。
当時は日本だけじゃなくいろんな軍で慰安婦制度を活用していた。あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる」――
要するに「なぜ日本の慰安婦問題だけが世界的に取り上げられるのか」と言って、世界の慰安婦制度が取り上げられないのは不公平だという趣旨となっている。「レイプ国家」は日本だけじゃない。日本だけ「レイプ国家」と批判されるのは不当だと。
この主張は、「当時は日本だけじゃなくいろんな軍で慰安婦制度を活用していた」、自らがそうと信じている“事実”を根拠としている。
午後の発言。
橋下徹「兵士なんていうのは、命を落とすかも分からない極限の状況まで追い込まれるような任務のわけで、どっかで発散するとか、そういうことはしっかり考えないといけない。建前論ばかりでは人間社会は回らない。
(慰安婦制度は)朝鮮戦争の時もあった。沖縄占領時代だって、日本人の女性が米軍基地の周辺でそういうところに携わっていた。良いか悪いかは別で、あったのは間違いない。戦争責任の一環としてそういう女性たちに配慮しなければいけないが、そういう仕事があったことまでは否定できない。
歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったのも厳然たる事実だ。そんな中で、なぜ日本が世界から非難されているのかを、日本国民は知っておかないといけない」――
午後の発言も慰安婦制度は日本国専売特許ではないという趣旨となっている。朝鮮戦争の時も、沖縄占領時代も、米軍は慰安婦制度に関わっていた、歴史的に「一定の慰安婦みたいな制度が必要だったのも厳然たる事実」で、世界的な制度だとの趣旨となる。
この記事も触れているが、沖縄普天間の米軍基地に出かけて、米兵の性犯罪を抑えるために(性)風俗業の活用を申し出たが、司令官から「(風俗業に)行くなと通達を出しているし、これ以上この話はやめよう」と打ち切られた話をしているが、この申し出と慰安婦制度世界発発言に対してだと思うが、アメリカから強い批判が出た。
《慰安婦発言は「言語道断」と米報道官、橋下氏は反論ツイート》(AFP/2013年05月17日 18:52)
5月16日記者会見。
ジェン・サキ米国務省報道官(女性)「言語道断で不快だ。
これまでにも米国が述べてきたように当時、性を目的に人身取引された女性たちの身に起きた出来事は嘆かわしく、とてつもなく重大な人権侵害であることは明白だ。
改めて、犠牲者に対する深い同情の念を表す。我々は日本が過去に起因するこれらの問題に対処するために、近隣諸国と共に取り組み続けることを期待する」――
そして橋下徹の反論ツイッター。
橋下徹「もっと端的に言う。アメリカの日本占領期では日本人女性を活用したのではなかったのか。自国のことを棚に上げて、日本だけを批判するアメリカはアンフェアだと指摘しなければならない。
米軍が現地女性に何をしていたのか、日本の占領期に特に沖縄女性に何をしていたのか、直視すべきだ。
ドイツもフランスも、慰安所方式を活用していたし、(中略)朝鮮戦争やベトナム戦争では慰安所方式が活用されていたという史実もある」――
日本の従軍慰安婦制度は日本軍と売春業者が一体となって運営していた。軍のトラックが女性の移送に利用されたし、日本軍自らが女性の募集に乗り出していた。また日本人軍医が女性の性病検査をしたケースも存在するし、午前中は将校の利用、午後は一般兵士の利用と時間帯を設けていたケースも伝えられている。
いわば日本軍主導の軍民一体の構造を取っていた。
対してアメリカは日本式の軍主導・軍民一体の従軍慰安婦制度にあったのだろうか。「Wikipedia」に次の記述がある。
〈秦郁彦によれば、第二次世界大戦当時の戦地での性政策には大別して自由恋愛型(私娼中心。イギリス軍、米軍)、慰安所型(日本、ドイツ、フランス)、レイプ型(ソ連、朝鮮)の3つの類型があった。〉――
秦郁彦は従軍慰安婦の強制連行説を否定している保守派の歴史学者だから、言っていることに間違いはないだろうという前提で話を進める。
私娼中心の自由恋愛型というのは極く個人的な活動によって支えられる制度であって、軍関与の構造を取っているわけではなく、日本の従軍慰安婦制度のように日本軍主導の軍民一体型とは似ても似つかない構造にある。
また、橋本徹は「アメリカの日本占領期では日本人女性を活用したのではなかったのか」と言っているが、米軍が組織した売春制度ではない。日本政府が売春業者等と組織した、いわば戦前の軍民一体型を引き継ぐ政府・民間一体型の従軍慰安婦制度であり、米兵はその組織・制度の設立に関わっていない、そこに行けば売春婦がいるから利用するという形の個人行動の範囲の利用であって、自由恋愛型を維持する「活用」に過ぎない。
占領時代の慰安婦制度が日本政府主導による政府・民間一体型の従軍慰安婦制度であるのは周知の事実であるが、1974年〈昭和49年〉12月15日第一刷発行の『売春』(神崎清著・現代史出版会)にその記述がある。
鈴木貫太郎内閣の総辞職を受けて皇族且つ現役陸軍大将である東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣が1945年8月17日に発足。
〈翌18日には内務省警保局長(橋本政美〉から庁府県長官に宛てて占領軍の性的慰安施設に関する無線通牒が発せられている。
1.外国駐屯軍に対する営業行為は、一定の地域を限定して、従来の取締まり標準に関わらず、これを許可するも
のとする。
2.前項の区域は、警察署長に於いてこれを設定するものとし、日本人の施設利用はこれを禁ずるものとする。
3.警察署長は左の営業については、積極的に指導を行い、施設の急速充実を図るものとす。
性的慰安施設
飲食施設
娯楽場
4.営業に必要なる婦女子は、芸妓・公私娼妓・女給・酌婦・常習密売淫犯等をこれに充足するものとす。〉――
連合軍が日本に第一隊が上陸したのは1945年8月28日である。それに遡る11日前に日本政府は慰安施設と慰安婦を準備していた。多分、戦争中の従軍慰安婦制度の学習から発した政府・民間一体型の従軍慰安婦制度に違いない。
著者解説。〈日本のように政府が音頭を取って警察署長を手足に使い、外国兵相手の女郎屋開業に乗り出した例をほかに聞いたことはない。〉――
何、昔取った杵柄(きねづか)である。
そして米兵、その他の連合軍兵士は日本政府と民間業者が一体となって準備した慰安所施設に個人として通い、カネを払って利用するという自由恋愛型の買春を行ったに過ぎない。
連合軍兵士が個人的に利用はしたが、連合軍が連合軍兵士の利用に供するために準備した施設の利用・活用の類いではない。
当然、橋下徹が言っている「アメリカの日本占領期では日本人女性を活用したのではなかったのか。自国のことを棚に上げて、日本だけを批判するアメリカはアンフェアだと指摘しなければならない」の指摘はアンフェアな勘違いと言わざるを得ない。