勿論、断るまでもなく同一賃金・同一労働が望ましい。正規社員と非正規社員で同一の労働をしながら、身分の違いで賃金に格差をつけられるのは納得できない。
だが、安倍晋三が同一労働・同一賃金を掲げるのは自身の国家主義とアベノミクスの自己否定そのもので、掲げること自体がマヤカシ以外の何ものでもない。
大体からして安倍晋三が先頭に立ってアベノミクスに於ける成長戦略の柱の一つとして掲げ、「多様な働き方を求める労働者のニーズに応える」とか、「柔軟な働き方の実現を目指す」、「正社員を希望する人に道を開くための法案だ」とか言って推し進め、2015年9月11日成立、2015年9月30日施行の「改正労働者派遣法」正式名「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」は最長3年の派遣期間の撤廃、その代わりに企業内の同じ部署で働ける期間を3年に制限することで、その部署で別の派遣を採用することで入れ替わりに派遣を永遠に働かせることができるのだから、派遣労働者の利益よりも企業利益優先の法律であって、当然、企業利益を削ることになる同一労働・同一賃金は自身の国家主義にもアベノミクスにも反することだから、何一つ謳っていない。
この法律で謳っているのは「均衡を考慮した待遇の確保」、いわば均衡待遇のみである。
〈第30条の3 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者の賃金水準との均衡を考慮しつつ、当該派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準又は当該派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力若しくは経験等を勘案し、当該派遣労働者の賃金を決定するように配慮しなければならない。〉――
しかも安倍晋三が同一労働・同一賃金を政策として掲げたのは今年に入った2016年1月22日の施政方針が初めてである。それ以前は掲げてはいない。
安倍晋三「非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます。短時間労働者への被用者保険の適用を拡大します。正社員化や処遇改善を進める事業者へのキャリアアップ助成金を拡充します。契約社員でも、原則一年以上働いていれば、育児休業や介護休業を取得できるようにします。更に、本年取りまとめる『ニッポン一億総活躍プラン』では、同一労働・同一賃金の実現に踏み込む考えであります」
アベノミクスによって国民の間の経済格差が拡大して、アベノミクスは格差ミクスの声が高まったことが夏の参院選に不都合な事実となっていることから国民受けに急遽打ち出したと同一労働・同一賃金と言うことなのだろう。
この証拠に2015年5月12日衆議院本会議での答弁を挙げることができる。文飾は当方。
安倍晋三「均等・均衡待遇についてお尋ねがありました。
同一労働に対し同じ賃金が支払われるという仕組みは、一つの重要な考え方と認識しています。
しかし、ある時点で仕事が同じであったとしても、様々な仕事を経験し責任を負っている労働者と経験の浅い労働者との間で賃金を同一にすることについて、直ちに広い理解を得ることは難しいものと考えています。
このため、今回の改正案では、賃金、教育訓練及び福利厚生の面で派遣先の責任を強化するなど、まずは派遣先の労働者との均衡待遇を進めることとしており、これらを通じ、派遣で働く方の待遇改善を図ってまいります」――
一見正当性ある答弁に見えるが、文飾を施した個所にゴマカシがある。「様々な仕事を経験し責任を負っている労働者と経験の浅い労働者」が同じ職場、あるいは同じ部署で働いたとしても、前者は後者に対して何かと仕事を指示し、監督する役目を負っているから、同じ仕事をしているようでも同じ仕事ではない。それなりの負担とそれなりの責任を負っている。
正規の方が少しぐらい勤続年数が長くても、上の者の指示を受け、監督される同じ立場で同じ仕事をしながら、正規だからいくら、非正規だからいくらと、最初から賃金を固定していることが問題となっているのに比較できない対象を持ち出して比較するゴマカシで同一労働・同一賃金を排除している。
こうしてゴマカシていた安倍晋三が年が明けて急に同一労働・同一賃金を言い出した。参院選対策以外の何ものでもないだろう。
いくら安倍晋三が同一労働・同一賃金を掲げたとしても、アベノミクスが企業利益優先であることに変わりはない。小泉内閣の2004年3月1日労働者派遣法改正によって製造業への派遣が解禁となり、年々非正規労働者が増加、総務省の労働力調査で10年後の2014年には約400万人に増加。非正規労働者が全労働者の約4割を占めるようになったと1月28日の「そこまで言って委員会」でエコノミストの森永卓郎が解説していた。
勿論、賃金格差が拡大していないなら問題はない。《平成26年分民間給与実態統計調査結果について》(国税庁企画課/平成27年9月) によると、民間企業社員2014年の年収平均は前年比0.3%増の415万円(2年連続増)。雇用形態別の平均年収正規労働者が1.0%増の478万円、派遣社員等の非正規労働者が1.1%増の170万円となっている。
確かに非正規労働者の賃金もここに来て増えているが、正規労働者の伸びに対して0.1%多いだけで、両者間には2.8倍・300万円の格差が厳然として立ちはだかっている。
このように安倍晋三のアベノミクスは上がより富み、下がほぼ現状のままに置き去りにされる格差の経済を構造としている。日銀の異次元の金融緩和が生み出した株高・円安によって株やその他の金融資産を持っている高額所得者は富を増やし、金融資産に無縁の一般国民は逆に円安による生活物資の値上がりで生活を苦しめられることになった。
だが、こういった格差の出現は安倍晋三が首相である以上、極く自然なことである。なぜなら、安倍晋三が国民の豊かさよりも国家の豊かさを優先させる国家主義者だからである。
国家の豊かさを政治や軍事、外交の力に変えて、それを国家の総合力とし、その総合力を以って日本の国際的地位を高めようと意図している。
このことは安倍晋三が国民の豊かさを実質賃金に置かずに主として「総雇用者所得」に置いているところに象徴的に現れている。
統計上、給与が上がっても実質賃金が下がる現象、あるいは個人消費が伸びない現象はそこに格差が否定し難く存在していることの証明以外の何ものでもないのだが、給与や企業が負担する厚生年金負担金等それぞれの収入の国民全体で合計した「総雇用者所得」を国民の豊かさの指標として持ち出すのは、当然、その背後にある格差を隠す意図を同時に働かせているからであろう。
例えば中低所得層の収入が増えなくても、高額所得者や大企業が株や円安による為替益で2倍、3倍の収入を増やしたなら、当然「総雇用者所得」は増えることになるが、一方で生活実態にさしたる変化のない国民の多くの存在、正規社員よりも給与が格段に低い非正規社員の2014年の人数で言うと約400万人の存在まで一括りして国民の豊かさの指標とすることができるのは、安倍晋三が国民の豊かさよりも国家の豊かさを優先させる国家主義者だからである。
当然、安倍晋三が正規・非正規の身分に関係なく、一労働者として立場を同じくして同じ仕事をする場合の同一労働・同一賃金を打ち出すことは自身の国家主義にも反するし、国家主義が生み出すことになったがゆえに格差拡大を構造とすることになったアベノミクスに対する自己否定そのものとなる。
自己否定は自身の国家主義もアベノミクスも成り立たせ不可能とすることだから、そのようなことがあり得ないこのは当然で、同一労働・同一賃金を掲げること自体がマヤカシであり、参院選対策であることを持ってこなければ、そのマヤカシに妥当性を見い出すことはできない。