◆試験購入への財務当局者の理解が重要
前回、カタログスペック重視の落とし穴を紹介しましたが、今回もこの内容に少し重なる部分があります。
今回は参考品を調達する意義について、陸上自衛隊はカタログスペックや実戦での評価などを重視し、参考装備を実際に装備せず海外装備を導入した事例を前回提示しましたが、来年度予算に導入が盛り込まれることとなったAAV-7水陸両用装甲車、そしてAH-1S対戦車ヘリコプターのように参考装備を充分でゃない防衛費の中から捻出した等の実例がありました。
陸上自衛隊はAAV-7水陸両用車両を四両参考品として30億円で導入する予算を来年度予算に盛り込みました。30億円といえば、UH-60JA多用途ヘリコプターの取得費用に迫るもので、軽装甲機動車100両分、96式装輪装甲車二個中隊所要強、10式戦車4両分の費用となり、慢性的な装甲車不足でヘリコプターの代替もままならない陸上自衛隊にとり決して安い費用ではありません。
しかし、水陸両用車は陸上自衛隊が離島防衛における奪還での重要な装備という位置づけであり将来的に装備する必要性がある一方で、現在までに陸上自衛隊はこの種の装備を殆ど装備してきておらず、僅かに武器学校が第二次大戦中の米海兵隊用水陸両用車LVTを草創期に導入したほかは、94式水際地雷敷設車のような例外的なものが導入されるに留まっていました。
現在の96式装輪装甲車は最初から浮航能力を考えていません、73式装甲車など、自衛隊は渡河用に浮航能力を有する車両は何種類か開発しているのですが、波浪のある海上での運用となれば別であり、73式装甲車と似た発想で先行し開発された米軍のM-113装甲車も浮航能力がありますが海上での運用には適さないため、此処に着目したイタリアがM-113アリゲータ水陸両用装甲車を開発したほどです。
陸上自衛隊は今回の四両の参考品をもとに、この種の装備を実際に運用するうえでの問題点やどの程度運用経費が必要であるかなどの総合的な研究を行い、同種のものを追加調達として輸入もしくはライセンス生産するのか、日米共同開発を含めた新型車両の開発を行う必要があるのか、この種の装備は不用でヘリコプターなどによる離島防衛手段を整備するのか、結論を出すこととなるでしょう。
30億円、新しい装備が実際に使えるかどうかの研究費用はこれまで、他に優先し調達しなければならないことがあったため多くの場合、カタログスペックや実際の運用に基づかない戦闘詳報等の入手により装備を行うのか、断念するのかを決めてきた事例が比較的多い中で、30億円を使えるかどうか、というそれだけの研究に投じたことは、一見無駄の可能性もありながら、無理に装備化することで却って無駄を生じさせるリスクを回避した、という点で大きく評価されるべきです。
実は参考品の調達、というものは今回が初めてではありません、航空自衛隊の草創期などは国産機開発においての技術的問題点の割り出しへ、例えばイギリスのデハビラント社製ヴァンパイア練習機を参考品として調達しており、これは現在でも浜松基地航空自衛隊広報館で展示されているほか、陸上自衛隊も61式戦車開発への技術的資料としてM-36駆逐戦車を購入し、現在は土浦駐屯地の武器学校で保存展示されています。
AH-1S対戦車ヘリコプターも実は参考購入され、研究が行われた装備の一つで、米軍が1:19の撃破比率による高い対戦車攻撃能力を強調していたため、陸上自衛隊では2機の参考品購入を大蔵省に出しました。これは余りに高すぎるため0機へ査定されているのですが、陸幕と航空学校は丹念にこの装備の有用性と費用対効果の高さの可能性を説得し、復活折衝にて1機分の予算が認められました。
新しい対戦車ヘリコプターという装備を最初の年に1機を導入し、操縦特性の研究や野戦整備の研究に、翌年度にさらに新しく研究用の1機を導入し、第二戦車大隊(現在の第二戦車連隊)を仮設敵とした実動訓練に投入、一個中隊の防御陣地に対し仮設敵一個戦車大隊を攻撃前進に充て、防御側の支援にAH-1Sが2機展開する、との想定で実施され、戦車大隊はAH-1Sを2機とも撃墜した一方で潰滅的損害を受けたことから有用性が理解され、大量配備へ至った、とのこと。
参考品といえどもAH-1Sは当時の74式戦車に換算して4両分に迫る調達費用といわれ、冷戦時代において北方は明日実施されるかもしれない新冷戦下の東西緊張の中、1両でも多くの74式戦車や75式自走榴弾砲により火力を揃えねばならない状況下にありました。こうした中で我が国の険しく地皺に富み、そして天候も変わりやすい地形においてAH-1Sを2機揃え、研究を行った、ということはそれだけ研究も費用を投じて不用か必要かの見極めを真剣に行っていたという証左やもしれません。
もちろん、参考品とはいえ、我が国が海外装備の導入を希望する場合、海外装備は既にその国の仕様に合わせて短くない期間の評価試験を経て正式化されているものですから、海外装備品の導入を希望し、それが実現し、その研究を終えるまでに余分な数年を要することは確かで、その間に旧式化する、別の方向へ装備体系の趨勢が転換する、代替装備が国産開発可能な水準となる、こうした可能性はもちろんあるにはあります。
ただ、使えるかどうかを実際に検討せず、特に日本国土は世界的に稀有な高山部が多い列島の集合体という島国ですし、日本国は世界的に見ても例外的な徹底した専守防衛による領域内に引き込んでの防衛戦闘を想定している運用体系に依拠しています、海外の装備品はこれらの運用に応えることが出来る特殊性、汎用性と言い換えるべきでしょうか、持ち合わせているかはまた別問題であり、カタログスペックのみで導入した場合には厳しい結果が待っている可能性もある。
言い換えれば、だからこそ、参考となる幾つかの装備を実際に導入し、運用を行う必要があるわけです。我が国の隣国には我が国以上に、見栄えがする装備を導入し使い物にならない事や稼働率が致命的なまでに低くなっている事例もあります、これは導入することが目的となり手段の目的化に陥っていないか、と不安にもなるのですが。
自国での評価試験、こうした手間と研究までの事案を考えれば最初から一部の分野の装備については国産技術を強化するという選択肢もあるやもしれませんが、他方ですべて国産で賄う事の方が非現実的でもあり、だからこそ、評価が決まっている予算支出だけではなく、評価を定めるための予算支出に対し、特に財務当局の理解を充分得ることが必要でしょう。言い換えれば、試験装備調達に厳しい査定を出した当事者が結果的に使えない装備の調達を強要した責任を丸投げする、責任を取らない体制に繋がることの方が大きな問題です。
前回、カタログスペック重視の落とし穴を紹介しましたが、今回もこの内容に少し重なる部分があります。
今回は参考品を調達する意義について、陸上自衛隊はカタログスペックや実戦での評価などを重視し、参考装備を実際に装備せず海外装備を導入した事例を前回提示しましたが、来年度予算に導入が盛り込まれることとなったAAV-7水陸両用装甲車、そしてAH-1S対戦車ヘリコプターのように参考装備を充分でゃない防衛費の中から捻出した等の実例がありました。
陸上自衛隊はAAV-7水陸両用車両を四両参考品として30億円で導入する予算を来年度予算に盛り込みました。30億円といえば、UH-60JA多用途ヘリコプターの取得費用に迫るもので、軽装甲機動車100両分、96式装輪装甲車二個中隊所要強、10式戦車4両分の費用となり、慢性的な装甲車不足でヘリコプターの代替もままならない陸上自衛隊にとり決して安い費用ではありません。
しかし、水陸両用車は陸上自衛隊が離島防衛における奪還での重要な装備という位置づけであり将来的に装備する必要性がある一方で、現在までに陸上自衛隊はこの種の装備を殆ど装備してきておらず、僅かに武器学校が第二次大戦中の米海兵隊用水陸両用車LVTを草創期に導入したほかは、94式水際地雷敷設車のような例外的なものが導入されるに留まっていました。
現在の96式装輪装甲車は最初から浮航能力を考えていません、73式装甲車など、自衛隊は渡河用に浮航能力を有する車両は何種類か開発しているのですが、波浪のある海上での運用となれば別であり、73式装甲車と似た発想で先行し開発された米軍のM-113装甲車も浮航能力がありますが海上での運用には適さないため、此処に着目したイタリアがM-113アリゲータ水陸両用装甲車を開発したほどです。
陸上自衛隊は今回の四両の参考品をもとに、この種の装備を実際に運用するうえでの問題点やどの程度運用経費が必要であるかなどの総合的な研究を行い、同種のものを追加調達として輸入もしくはライセンス生産するのか、日米共同開発を含めた新型車両の開発を行う必要があるのか、この種の装備は不用でヘリコプターなどによる離島防衛手段を整備するのか、結論を出すこととなるでしょう。
30億円、新しい装備が実際に使えるかどうかの研究費用はこれまで、他に優先し調達しなければならないことがあったため多くの場合、カタログスペックや実際の運用に基づかない戦闘詳報等の入手により装備を行うのか、断念するのかを決めてきた事例が比較的多い中で、30億円を使えるかどうか、というそれだけの研究に投じたことは、一見無駄の可能性もありながら、無理に装備化することで却って無駄を生じさせるリスクを回避した、という点で大きく評価されるべきです。
実は参考品の調達、というものは今回が初めてではありません、航空自衛隊の草創期などは国産機開発においての技術的問題点の割り出しへ、例えばイギリスのデハビラント社製ヴァンパイア練習機を参考品として調達しており、これは現在でも浜松基地航空自衛隊広報館で展示されているほか、陸上自衛隊も61式戦車開発への技術的資料としてM-36駆逐戦車を購入し、現在は土浦駐屯地の武器学校で保存展示されています。
AH-1S対戦車ヘリコプターも実は参考購入され、研究が行われた装備の一つで、米軍が1:19の撃破比率による高い対戦車攻撃能力を強調していたため、陸上自衛隊では2機の参考品購入を大蔵省に出しました。これは余りに高すぎるため0機へ査定されているのですが、陸幕と航空学校は丹念にこの装備の有用性と費用対効果の高さの可能性を説得し、復活折衝にて1機分の予算が認められました。
新しい対戦車ヘリコプターという装備を最初の年に1機を導入し、操縦特性の研究や野戦整備の研究に、翌年度にさらに新しく研究用の1機を導入し、第二戦車大隊(現在の第二戦車連隊)を仮設敵とした実動訓練に投入、一個中隊の防御陣地に対し仮設敵一個戦車大隊を攻撃前進に充て、防御側の支援にAH-1Sが2機展開する、との想定で実施され、戦車大隊はAH-1Sを2機とも撃墜した一方で潰滅的損害を受けたことから有用性が理解され、大量配備へ至った、とのこと。
参考品といえどもAH-1Sは当時の74式戦車に換算して4両分に迫る調達費用といわれ、冷戦時代において北方は明日実施されるかもしれない新冷戦下の東西緊張の中、1両でも多くの74式戦車や75式自走榴弾砲により火力を揃えねばならない状況下にありました。こうした中で我が国の険しく地皺に富み、そして天候も変わりやすい地形においてAH-1Sを2機揃え、研究を行った、ということはそれだけ研究も費用を投じて不用か必要かの見極めを真剣に行っていたという証左やもしれません。
もちろん、参考品とはいえ、我が国が海外装備の導入を希望する場合、海外装備は既にその国の仕様に合わせて短くない期間の評価試験を経て正式化されているものですから、海外装備品の導入を希望し、それが実現し、その研究を終えるまでに余分な数年を要することは確かで、その間に旧式化する、別の方向へ装備体系の趨勢が転換する、代替装備が国産開発可能な水準となる、こうした可能性はもちろんあるにはあります。
ただ、使えるかどうかを実際に検討せず、特に日本国土は世界的に稀有な高山部が多い列島の集合体という島国ですし、日本国は世界的に見ても例外的な徹底した専守防衛による領域内に引き込んでの防衛戦闘を想定している運用体系に依拠しています、海外の装備品はこれらの運用に応えることが出来る特殊性、汎用性と言い換えるべきでしょうか、持ち合わせているかはまた別問題であり、カタログスペックのみで導入した場合には厳しい結果が待っている可能性もある。
言い換えれば、だからこそ、参考となる幾つかの装備を実際に導入し、運用を行う必要があるわけです。我が国の隣国には我が国以上に、見栄えがする装備を導入し使い物にならない事や稼働率が致命的なまでに低くなっている事例もあります、これは導入することが目的となり手段の目的化に陥っていないか、と不安にもなるのですが。
自国での評価試験、こうした手間と研究までの事案を考えれば最初から一部の分野の装備については国産技術を強化するという選択肢もあるやもしれませんが、他方ですべて国産で賄う事の方が非現実的でもあり、だからこそ、評価が決まっている予算支出だけではなく、評価を定めるための予算支出に対し、特に財務当局の理解を充分得ることが必要でしょう。言い換えれば、試験装備調達に厳しい査定を出した当事者が結果的に使えない装備の調達を強要した責任を丸投げする、責任を取らない体制に繋がることの方が大きな問題です。
北大路機関:はるな
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