北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

映画『日本沈没 SUBMERSION OF JAPAN』

2006-07-21 14:40:14 | 映画

■『日本沈没』自衛隊装備解説

 公開二日目に『日本沈没』を観てきた。初日に展開を試みたのだが、新京極の方へいってみると小生の単純ミスで時間が間違っており、特別演習の都合もあって仕方なく共同研究室へ戻った。二日目であるが、当然のように劇場は満員であり、前の方で観る事となった。現在公開中の作品であり、ネタバレをするのもナンなので、一つ、今回は重箱の隅を早速つついてみたい。

Img_2016_1_1  樋口真嗣監督作品であるが、同氏の特撮技術の素晴らしさは「八岐之大蛇の逆襲」「平成ガメラシリーズ」などで既に知られており、アニメーションの世界では監督としても広く知られている。DVDの「潜水艦イ57降伏せず」では副音声として松林宗林監督と樋口氏の対談が載せられているが、「ローレライ」について松林監督も高く評価している会話があった。

 樋口作品の特徴は、SFと相反する徹底したリアリズムの追求である。

Img_2423  災害と自衛隊、これが本作品における一つのテーマであろう。ネタバレにならない批評となると、必然的に自衛隊装備に行ってしまう。作品中では、九州地方での火山活動に際して市民を救出するべく陸上自衛隊が出動するシーンや、沈没する日本列島から国外脱出までの間、少しでも高台へ退避させようとする自衛隊のシーンがあり、73式トラックシリーズや高機動車が多数登場する。バンパーの所属部隊名をみると被災地とすこしずれているような気もするが、気にしてはならない。

Img_7397  作品中に重要なシーンに出てくるのがCH-47輸送ヘリコプターである。陸上自衛隊と航空自衛隊で70機程度が運用されている大型ヘリコプターで、床井雅美氏の「最新航空機図鑑」によれば、全長15.5㍍、幅3.78㍍の巨体に完全武装の兵員ならば55名、搭載量は最大で11.7tにも達する。航続距離も2058kmと非常に長く、米軍が特殊作戦に運用するMH-47は空中給油を受けて米本土から欧州まで自力飛行する事が可能である(自衛隊が運用する機体には受油能力は無い)。

Img_4576  自衛隊が運用するCH-47には迷彩が施されているが、陸上自衛隊が運用する機体と航空自衛隊が運用する機体とでは迷彩の明細が異なっている。地上すれすれを低空飛行する陸上自衛隊と、レーダーサイトへの物資輸送を専らの任務とする航空自衛隊の機体との対比であるが、映画を観ながらこうしたところをみるのも良いかもしれない。作品には重要なシーンに鷹が日本刀を掴んだ部隊マークの第12旅団(司令部;群馬県)の機体も登場する。そこまで内陸に至るほど海水が迫っているということだろう。

Img_2991  航空自衛隊の救難ヘリコプターUH-60Jも登場する。こちらも2200kmという長い航続距離を誇る。完全武装人員を14名と、やや搭載能力に劣るが、救難型の機体は夜間飛行(CH-47も新型のJA型は夜間飛行可能)や余裕のあるエンジン出力は悪天候においても飛行可能な能力を有している。こちらはアニメーション「よみがえる空」にも登場しており、そちらをご覧になられた方も多いのではないか。なお、完全武装人員が14名ということは、詰め込めば更に搭乗可能であることを示している。

Img_4407  日本からの脱出という事で、航空自衛隊のC-1輸送機も登場する。航空自衛隊向けに川崎重工によって1981年までに31機が製造された輸送機で、最大航続距離は3334kmとされている。政治的理由から貨物搭載量に限界があり、積めば積むほど航続距離は下がる。完全武装の兵員を60名搭載可能で、どれだけ脱出可能か不明だが、ヴェトナム戦争末期の1975年4月に座席や通路などに子供だけ1500名ものせたパンナムのボーイング747の脱出実績があり、やればできる(何が?)!のだろう。

Img_1099  劇中、続発する火山活動の被害状況を上空から偵察するべく百里基地を離陸する第501飛行隊のRF-4偵察機も登場する。本機は一世代前の主力要撃機であったF-4EJ戦闘機の偵察型の機体で、雲仙普賢岳や有珠山噴火災害に対しても災害派遣の実績がある。

 余談ながら、樋口真嗣氏が特技監督を務めた「ガメラ 大怪獣空中決戦」にも、その離陸の様子が描かれている。低空飛行の為の迷彩が施されている。

Fh000026  降灰が著しく増大し、空港施設からの航空機の発着が不可能となると、海上自衛隊のエアクッション揚陸艇により救出するシーンがある。字幕でも表示されるが、これはLCACといわれ、ホバークラフト方式により直接陸上へ乗り上げる事が出来る。海上自衛隊では「おおすみ」型輸送艦に搭載されているが、その能力は高く、「世界の艦船」によれば主力戦車も搭載可能であり、航続距離は96浬に達し、速力40ノットの俊足を活かし、かなり沖合いからの任務が可能である。

Fh030028  原作では、最後に救出作戦指揮本部が置かれた護衛艦「はるな」の艦内の様子が登場するが、本作では救出作戦指揮本部は輸送艦「しもきた」におかれていた。日本の海上戦力投射能力の中枢を担う艦で、三隻ある「おおすみ」型輸送艦の二番艦で、満載排水量14000㌧、トルコ地震災害における「おおすみ」の派遣やインド洋津波災害における同型艦「くにさき」の派遣などが記憶に新しい。写真は伊勢湾展示訓練における写真で、甲板上に陸上自衛隊の車輌がおかれているのが判る。

 重箱の隅を突付くといいながら、登場する自衛隊の装備品の紹介に終始してしまったが、東海・東南海・南海地震の脅威が想定され、また台風シーズンが近付く今日、即応する自衛隊の防災力(と同時に持続力や復興は自治体の責務である)を考えるには良い作品かもしれない。

■旧作との相違

 1973年に映画化された日本沈没は、ヴェトナム戦争の最中、第四次中東戦争を契機とするオイルショックが影を射し始めるかと言う時期の作品であった。日中国交正常化や高度経済成長の絶頂期という背景の作品であったが、2006年の今日、国際情勢や日本人の価値観、そして多国籍企業や多国間国際分業といった経済構造の変化、知価革命やIT革命を含む技術の革命的飛躍が反映された作品である。云わば、社会学的な世代比較論や外交史の観点から国際政治史の一環として、肩の力を抜いて楽しむのが良いかもしれない。

■注文点として

 自衛隊の描写について、原作を何十回も読んだ身として幾つか注文点がある。

Img_0212  原作では61式戦車で道を塞いだ巨大な岩を牽引して退かす描写があり、戦車回収車というものではなく、応急的に道具として戦車が用いられる描写が強く印象に残っている。また、砲牽引車、それも幌の代わりに鉄板を巻いたという表現から73式牽引車ではなく13㌧型M-5牽引車と思えるのだが、避難民を満載し後ろから悲鳴が上がり落石があるなか岩を避けながら山道を走るという描写もあった。ここら辺も再現して欲しかった。

Img_2366_1  また、国土全域が被災する大災害である。橋梁復旧や障害除去、応急渡河に道路整備などの任務に活躍するであろう施設科の活躍も描いてほしかった気がする。ほんの一瞬、カットに渡河訓練の映像を載せ、CGフィルターで火山灰などを描けば、時間もかからず出来たような気がする。また、山道を徒歩で避難する被災者の長蛇の列があるが、ここも何か別の描写があったら嬉しかった、動かなくなったバスを装甲車で牽引するとか。

Fh010018_1  朝雲新聞社の「海の護り50年 海上自衛隊半世紀の航跡」をみると、護衛艦も災害派遣に出動している。1974年5月9日の伊豆沖地震では潜水艦も近くにいた為災害派遣に参加している。この他、原作では、後半のターニングポイントのシーンに大きく描かれ、1973年の映画にも出たPS-1飛行艇の後継機であるUS-1飛行艇に活躍のシーンが欲しかった。海上保安庁の巡視船でも良いが、もっと総力を挙げての救難活動、という側面が欲しかったといえる。

Img_3194_1  降灰で飛行場が機能麻痺に陥るという描写だが、C-130Hならば活躍の機会があったのではないか。原作でもアントノフとまじってC-130JやC-123の描写が出てきたが、そもそもは侵攻輸送機、草原や岩場でも脚を出さずに胴体着陸し、人員や貨物を搭載した後に脚を出し、補助ロケット推進装置で短距離離陸するという事が可能で、ヴェトナム戦争のケサン攻防戦などでは大活躍した。まあ、再現するとしたらこんな壮絶な訓練は小生の知るところでは航空自衛隊はやっていないので、特撮となっただろうが。

Img_4344_1  1973年の映画では、ところどころに「観測機19号から入電」とか「観測機が足りない、なんとか一機回してくれ!」という台詞があったが、データリンクということで、もう少し航空機の編隊飛行のシーンも欲しかった気がする。P-3CはISARという赤外線カメラがあり、火山灰や濃霧を通して地上状況を観測する事が出来る。

 まあ、重箱の隅を突付くという事で、言えばキリが無いし、そこまで観衆は求めていないとおもうが、これだけ書きたいほど、良い作品であった。もう少し緊張感は欲しかったけれど、あれはあれで。これ以上言うと重大なネタバレになってしまうので、続きは劇場でお楽しみ下さい!

HARUNA

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