北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

中東緊張!タンカー護衛有志連合-米統参議長が提唱,日本へも派遣要請?ホルムズ海峡等想定

2019-07-11 20:01:15 | 国際・政治
■英タンカー襲撃未遂事件発生
 アメリカイラン対立とイランによるウラン濃縮20%示唆や相次ぐタンカー襲撃を受け中東情勢が緊張へ。こうした中、自衛隊も今後派遣検討を求められる可能性が出てきました。

 アメリカ軍のダンフォード統合参謀本部議長はタンカーや商船へ攻撃が相次ぐホルムズ海峡とバブエルマンデブ海峡において哨戒任務を行う有志連合の編成を各国へ求める姿勢を表明しました。ホルムズ海峡では日本タンカーを含め襲撃事件が相次ぎ、本日11日付報道では革命防衛隊がイギリスタンカー拿捕へ接近、イギリス海軍が阻止する一幕もありました。

 日本タンカー,コクカ-カレイジャス攻撃事件とアメリカ軍RQ-4無人偵察機撃墜事案を受け、このまま緊張が続くのであれば自衛隊による船団護衛任務の必要性が考えられたところですが、ダンフォード統合参謀本部議長の有志連合発言はアメリカ政府が求めるアメリカ軍担に代えての自国船防衛の要求であり、自衛隊派遣が求められる可能性が高まりました。

 イギリスタンカー攻撃未遂事件、現地時間10日にホルムズ海峡湾口北側を航行するイギリス石油タンカーブリティッシュヘリテージが複数の革命防衛隊武装舟艇の接近を受け、付近を警戒中のイギリス海軍23型フリゲイトモントローズが駆けつけ機関砲を操砲しつつ無線で警告、退去させました。革命防衛隊舟艇はタンカー拿捕しようとしていたとの分析が。

 ホルムズ海峡は更に緊張度を増す可能性が。イギリス海兵隊は今月4日、欧州連合経済制裁として禁止されているシリアへの石油密輸を行うイランタンカーグレースⅠを英領ジブラルタル付近の領海で拿捕しました。シリアはアサド政権による内戦下での自国民虐殺等を理由に経済制裁中です。イラン政府はグレースⅠ拿捕に反発し報復を示唆していました。

 タンカー防衛有志連合、ダンフォード統合参謀本部議長の発言によればアメリカ海軍は駆逐艦などの水上戦闘艦艇や哨戒機と有志連合旗艦を提供し、各国からも艦船及び航空機の派遣を要請し、司令部に各国派遣幕僚が調整し、タンカーや商船の護衛を行うというもの。具体的にはCTF151第151合同任務部隊方式の有志連合を想定しているのかもしれません。

 CTF151第151合同任務部隊は、ソマリア沖海賊対処任務の有志連合部隊で、アメリカ軍、カナダやイギリス、フランスにオランダとデンマーク、パキスタンにオーストラリア、として日本が参加し、インドと韓国も部分参加しました。任務は哨戒任務と臨検任務で、水上戦闘艦などの海軍艦艇と支援艦に哨戒用航空機、攻撃ヘリコプター等が参加しています。

 ホルムズ海峡、石油海峡とも呼ばれるペルシャ湾とアラビア海を結ぶ幅33kmの海峡でペルシャ湾岸のサウジアラビアやカタール、バーレーン、クウェートにUAEとイラクにイランの石油輸出に不可欠な海峡ですが、北岸イラン方面より不審船によるタンカー攻撃事案が発生、周辺国と共に警戒のアメリカ軍無人偵察機が海峡上空で度々攻撃を受けています。

 バブエルマンデブ海峡、地中海とアラビア海を結ぶスエズ運河紅海の出口に当り、この北岸は内戦中のイエメンとなっています。イエメンのフーシ派反政府勢力は出所不明のイラン製装備を使用している事が鹵獲品から確認され、イランの軍事協力が懸念される一方、欧州とアジアを結ぶ海峡では攻撃事案も発生、昨年7月にタンカー二隻が被害に遭いました。

 有志連合に参加の場合、アメリカ軍が中東地域に有す友好国施設使用が認められるでしょう。ペルシャ湾岸、バーレーンにはアメリカ海軍第五艦隊の根拠地としての施設があり、マナマ港のニマ-スルマン基地には航空母艦も接岸可能、第五艦隊司令部施設もニマ-スルマン基地から5km先のジュファイール基地に置かれ、ムハッラーク空軍基地も供されている。

 ホルムズ海峡の南岸オマーンにはオマーン政府が3700m滑走路を四本持つマシラアイランド空軍基地やB-1B爆撃機の展開施設を有するツムライト空軍基地があり、UAEアラブ首相国連邦のファライラ軍港とジベル-アリ軍港も米軍前方施設として使用されています。この他にペルシャ湾岸はサウジアラビアやイラク等に米軍が使用可能となる施設があります。

 ホルムズ海峡タンカー護衛、海上自衛隊はソマリア沖海賊対処任務に護衛艦と哨戒機を派遣し第151合同任務部隊司令官も派遣しました。しかし、一つ有用な問題があります、それはソマリア沖では小銃か精々携帯火器で武装した海賊が相手でしたが、ホルムズ海峡では成層圏を飛ぶRQ-4無人偵察機が撃墜され、地対艦ミサイル脅威等がある、という点だ。

 バブエルマンデブ海峡ではタンカー攻撃に加えUAE海軍高速輸送艦スウィフトがフーシ派による中国製C-801ミサイル攻撃を受け大破炎上、アメリカ海軍イージス艦メイソンもミサイル攻撃を受け防御行動を強いられました。今回派遣の場合は、集団的自衛権行使、対水上戦闘や対空戦闘が発生の可能性が従来と比較にならぬ程高い点を留意すべきでしょう。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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【京都幕間旅情】観亀稲荷神社,京都祇園迷宮小路の奥に火除祈願芸事成就の静かな社殿が佇む

2019-07-10 20:07:51 | 写真
■祇園の小路を曲りに曲り
 京都を散策する、さて先日祇園で在りました五軒が焼けた火事がありましたが、四条通を少し隔てたところに、火除け祈願の社殿があります、こちらの散策話題を。

 観亀稲荷神社、享保年間1718年頃に創建された京都では比較的新しい神社です。京都の祇園町は新橋南通東大路西入ル、恐ろしく複雑な街中に鎮座する社殿は八坂神社から鴨川の方へ少し入った処に在るのですが、その道程は皆様迷宮散策の末の到達をお勧めしたい。

 火之迦具土神と宇迦之御魂神を祀る観亀稲荷神社は祇園の迷路のような小路を幾度か曲がり切りますと至る朱色の境内です。情景はこの通りでして、それほど壮大という訳でも平安遷都に遡るような歴史深いという訳でもありません。しかし散策の目的地としてお勧め。

 京都、という響きと共に皆様が思い浮かべられる風景はどういったものがあるでしょうか、京都五山筆頭の壮大な伽藍か古刹の苔生した風情か連綿と続く京長屋か丹精込めた庭園か近代的なビル群か、はたまた京阪阪急か舞鶴基地の護衛艦ひゅうが筆頭の第3護衛隊群か。

 祇園の街中、ここは21世紀にあって日本の多くの街路が清廉で美しく便利で何も面白味のない退屈で非人間的な恐るべき画一化された街並みへ再開発の美名と共に破壊されてゆく中に、迷路然とした個性溢れる情景を維持しています。阿呆行政に騙されない風情という。

 京都迷宮案内、というドラマ作品がありますが、それ以上に祇園のこの界隈は迷路然としており、成程散策を少し重ねるだけで曖昧模糊としつつその街路は我がものと出来ます。故に祇園散歩は小路と眺望不便な街並みの最中を巡る時の流れこそが奥深く、また楽しい。

 観亀稲荷神社、元々の始まりは江戸時代、膳所藩二代藩主本多俊次へ御所警護を任じられた際に朝廷より下賜された近江国膳所藩の京都藩邸であり、本多俊次の拝命した御所警護の大任は膳所藩代々の責務となります。膳所といえば京阪石山坂本線沿線で洛中から近い。

 本多俊次は徳川四天王筆頭酒井忠次の孫に当る人物であり、酒井忠次その人も神社から歩いて十数分という知恩院先求院を墓所として眠る戦国武将です。膳所藩は本多家の後に変遷へて本多家が再入府した歴史があり、譜代大名で近江国では彦根藩に続く大藩でした。

 本多康命、本多康慶の子にあたる5代藩主本多康命は御所警護に併せ郡山藩と淀藩に亀岡亀山藩と隔月での御所火ノ番という防火の責務も担う事となり、御所に火の手及んではとの重責から膳所藩茶臼山とこの藩邸に火除の秋葉様を祀った事が、観亀稲荷神社の始り。

 遠州秋葉山秋葉権現を膳所茶臼山に勧請し、分祀の形で藩邸に秋葉様を祀ったのですが、創建当時は祇園にも緑まだ多くのこり、創建の神事を進める最中に拓いた竹林から亀が現れ、宮大工たちを驚かせたことから、この神社を観亀神社、とした由来があるとのこと。

 火之迦具土神とは古事記によれば、日本列島を生んだ伊邪那岐と伊邪那美命の子として生を受けた火の神ですが出産の際に伊邪那美命を自らの炎で殺めてしまい、伊邪那岐により十拳剣天之尾羽張により殺され、散った鮮血と倒れた体から十六の神々を生んだという。

 江戸時代は観亀神社とあった観亀稲荷神社ですが、火除けと共に祇園の地では芸事上達の御利益もあるとされる。明治時代、廃藩置県が行われた事で膳所藩邸も京都府に接収される事となり、観亀神社は宇迦之御魂神の神霊を勧請することで観亀稲荷神社となりました。

 祇園の迷路のような道々、ただ、散策を重ねますと風情と共に馴染みの暖簾と出会う小気味の良い小路、観亀稲荷神社はその只中に在ります。付近は祇園白川や新橋というまた歴史の舞台遺構が溢れ、曖昧模糊とした京都風情を満喫するには良い風情を湛えています。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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南シナ海は第二のオホーツク海となる【7】弾道ミサイル六発!中国本土より南沙諸島付近

2019-07-09 20:09:33 | 国際・政治
■南シナ海緊張は次段階へ
 特集“南シナ海は第二のオホーツク海となる”は全六回を予定していましたが、不測の事態により第七回を掲載する事としました。

 中国軍がフィリピンヴェトナム沖の南シナ海へ向け中国本土から六発の弾道ミサイルを発射した、先週アメリカ国防総省関係者が発表した、とNHKが報じました。中国軍は過去にも弾道ミサイルを海上へ発射実験を実施していますが、南シナ海へ向けて発射されたのは今回が初めての事例です。米NBCテレビ報道によれば、対艦弾道弾が発射されたとのこと。

 原潜聖域、南シナ海の南沙諸島については従来、中国は1980年代より領域主張を行い、その背景に海底資源開発の目論見があると認識されてきました。東シナ海での我が国尖閣諸島への領有主張と併せ日中等距離中間線中国寄り海域での海底天然ガス掘削と併せ認識されてきた訳です。1990年代には南沙諸島の環礁武力奪取を実施、人工島造成を行いました。

 天然資源は目的ではないのではないか、中国は南沙諸島に造成した人工島に、地対空ミサイルやレーダー施設、続いて戦闘機部隊施設や超水平線レーダーの建設を行いましたが、この通しに見合った海底資源開発を行っていません。そして並行し商級戦略ミサイル原潜の量産が開始され、資源ではなく南シナ海そのものを欲している可能性が出てきたのです。

 国連海洋法条約に反する中国南沙諸島人工島建設ですが、仮に今後もこの海域において対艦弾道弾試験が非通知で定期的に実施される場合、浮流不発弾の危険もさることながらミサイルそのものが商船に命中する懸念があり、誤爆の危険から商船の航行が阻害される懸念があります。言い換えれば、中国の人工島不法構築を追認する結果ともなりかねません。

 中国本土からの弾道ミサイル発射、中国人民解放軍は陸海空軍と並び弾道ミサイル部隊を第二砲兵部隊として重視してきました。その主たる目標は台湾を狙う2000発の短距離弾道弾ですが、2000年代から沖縄を射程に収める准中距離弾道弾を600発、日本本土の全域を射程とする中距離弾道弾を150発と整備しており、その保有数は年々増強されています。

 北朝鮮の弾道ミサイル脅威が我が国では強調されますが、保有数では中国が二桁上です。北朝鮮のミサイルが脅威と認識されたのは、実戦に使用する可能性が高かった為です。中国はこれまで、いきなり弾道ミサイルによる攻撃を行う様な、国際公序からかい離した非常識な国家ではないという認識から脅威度が考えられていましたが、今後改まる可能性も。

 弾道弾の洋上への発射そのものは珍しい事ではありません、1998年には総選挙中の台湾を威嚇するように台湾海峡へ連続実施、アメリカ海軍が空母2隻を緊急展開させ、弾道ミサイル実験を抑制させた“台湾海峡危機”がありました。しかし、今回のミサイル実験は国連海洋法条約上の公海上に当り、しかも弾道ミサイルは事前警告なしに発射されています。

 南沙諸島近海に着弾した、アメリカ国防総省によれば、弾道ミサイルは6月30日から発射実験が開始され、ヴェトナムやフィリピンとの係争地域である南沙諸島に着弾、南沙諸島は中国本土よりもヴェトナム沿岸部やフィリピン沿岸部に近く、特に中国軍が武力奪取し、人工島を造成した為、東南アジアや日本とインド、欧米諸国から非難を受けている海域だ。

 国際係争海域への無通知での弾道ミサイル発射、環礁を第三国から武力奪取し埋め立て造成する事で領海と排他的経済水域を主張できるようになっては、地球上の海洋自由原則と領域概念が破綻しかねません、そこでアメリカ海軍やオーストラリア、イギリスとフランス海軍等は航行の自由作戦として中国の領域主張する人工島付近を定期的に航行している。

 海上自衛隊は航行の自由作戦には参加していませんが、公海上で在り航行の自由作戦と無関係に航行しているとされています。欧米豪州の英断と海上自衛隊の普通の行動が中国による実効支配の既成事実化を辛うじて防いでいますが、今後こうしたミサイル実験が行われる場合、最悪弾道ミサイル防衛の実戦が突如南シナ海で発生する事態となりかねません。

 対艦弾道弾は地対地型の東風21型が転用され、2010年代から開発が進められてきました。半数命中界CEPは350m程度と云われ、これでは30ノットで航行する水上目標へは命中しない為、弾道にクラスター弾頭を採用し、広範囲に子弾を散布する方式が考えられています。逆に考えるならば、商船が自由航行する海域へクラスター弾の脅威が及んだ訳です。

 航行の自由作戦への牽制が、中国が行おうとしたミサイル演習の目的なのかもしれませんが、南シナ海は環太平洋包括連携協定TPPを結んだ東南アジア諸国と日本との重要交通路でもあります。今回のミサイル発射、一発ならば誤射かも知れない言い訳も発射されたのは六発、シーレーンへの影響、東南アジア諸国への影響を視てゆく必要があるでしょう。

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【G7X撮影速報】富士学校開校65周年富士駐屯地祭,令和初の七夕に開校祭(2019-07-07)

2019-07-08 20:03:20 | 陸海空自衛隊関連行事詳報
■迫力!富士学校祭二〇一九
 日曜日即ち昨日に富士学校祭へ行って参りました、懸念された荒天は開校祭の気迫に圧されたか早朝の小雨は曇天経て晴れ間へ、迫力の行事が来校者に示されています。

 日本全国に学校祭は数多ありますがこの富士学校程戦車が並ぶ学校祭は無いでしょう、次点は陸上自衛隊幹部候補生学校祭というところでしょうか。富士地区、東富士演習場と北富士演習場が並ぶこの一帯は首都防衛無言の鎮めというべき機械化部隊の一大拠点である。

 富士学校祭、今年度も行って参りました。例年混雑が凄い印象ですが、今年度の開校祭は開門前の行列こそ凄かったものの、荒天予報の影響か開門後の来場者はそれほど伸びず、観閲行進の時間帯では十年ほど前の富士学校祭を思い出す程度に余裕ある人口密度でした。

 機甲教導連隊、駒門駐屯地創設記念行事にて本邦初公開となりました連隊ですが従来の戦車教導隊伝統の中隊マークは連隊マークのシートが上から被せられていました、第4中隊と偵察中隊は完全に書き換え、戦闘中隊も張り替えではなく塗り替えとなっていましたね。

 自衛隊行事と云えば混雑、という富士学校祭ですが、自衛隊駐屯地が集まる富士地区にあって富士駐屯地は最も御殿場駅から遠く、本年は余り混雑しなかった背景には、静岡県への荒天予報があり、夜明け前に進出する方々程、近所の方が赴くのを断念したのでは、と。

 学校長高田祐一陸将の巡閲、富士学校は本年の改編で情報教導隊を新編、更に隷下の富士教導団も戦車教導隊と偵察教導隊を再編し新たに東部方面隊隷下東部方面混成団第1機甲教育隊を統合し、機甲教導連隊を新編、第2戦車連隊以来の戦車連隊新編となっています。

 富士学校創設の主旨は普通科と機甲科と特科、旧軍でいうところの歩兵科と戦車と砲兵科を統合運用せねば現代陸上戦闘へ対応できない、という視点に基づきます。そして多次元統合防衛力という戦域の多次元化へ自衛隊がどの様に対応するか、その研究の重責を担う。

 旗の敬礼を以て高田校長へ敬礼、一斉に中隊旗が旗風を巻き起こすこの瞬間は式典を象徴する情景の一つといえるでしょう。富士学校の改編は上記情報教導隊や教導団改編に留まらず昨年に諸職種協同センターを開講し、更に総合火力教育訓練センターを開講、と続く。

 自衛隊有数の機械化部隊である富士教導団ですが、富士駐屯地より戦車教導隊が駒門駐屯地へ移駐した上で機甲教導連隊となり、参加戦車は少なくなった。重ねて定員増無しの水陸機動団や即応機動連隊等の新部隊編成が自衛隊全体に影響を与えているのではないか。

 機甲教導連隊新編は、既存部隊の集約統合による再編の結果とはいえ、1981年の第7師団戦車連隊創設や、上富良野の第2戦車連隊の1995年新編に続く、24年ぶりの戦車連隊誕生でもあり、併せて本州に戦車連隊が置かれたのは第二次世界大戦後初の事でもあります。

 情報教導隊の新装備、スキャンイーグル無人偵察機が見えます。今年度の富士学校祭は何かある、と言われていたのですが新編の機甲教導連隊にばかり注目していたところを砂漠迷彩を思い起こす装備が妙に目立ち、撮影位置を陣地変換したところに気付いたという。

 観閲行進準備の号令、今回の撮影位置は富士駐屯地の斜面と呼ばれる行事の定番撮影位置を少し上段に近い位置、下段ですと戦車を見上げる迫力の構図となりますが、晴天の日には直射日光、雨天となれば豪雨直撃となる難点がありましたので、この位置を選びました。

 富士教導団旗を先頭に観閲行進が始まります、そして観閲行進の先頭は情報教導隊、情報教導隊は正確には富士学校隷下ではなく小平駐屯地の情報学校隷下に置かれているのですが、富士教導団旗に続いて参加しています、諸職種協同センターとの関係なのでしょうか。

 情報教導隊の観閲行進、今回の記念行事で初公開となりましたスキャンイーグル無人偵察機がこの観閲行進にも参加しています。実物は実物大模型よりも若干小さく感じ、胴体部分は79式対舟艇対戦車誘導弾と同程度、という印象、全体的な印象では軽量で安価そう。

 普通科教導連隊の観閲行進、連隊旗を先頭に進む。連隊旗の白地が不思議な風情を醸し出しています。この観閲行進が始まる頃、所謂正面斜面撮影地は例年人口過密地域となるのですが、本年は冒頭に示しました通り、混雑はそれ程ではなく若干の余裕さえありました。

 89式装甲戦闘車、後継装備の研究が噂される装備です。結局北部方面隊の各師団に一個連隊が回る計画でしたが、冷戦終結により第一線へは3個中隊分で量産終了、生産数はMLRSよりも少なかった。いっそMLRSと共通車体のM-2装甲戦闘車を配備した方が良かったか。

 軽装甲機動車の第2中隊、安価で使いやすいという装備は自衛隊の国際貢献任務本格化の時期に間に合った装備で非正規戦闘での突発状況から、軽対戦車誘導弾や機関銃の機動用装備として時代の需要に合致した装備でした。後続するのは高機動車化の第3中隊です。

 96式装輪装甲車、装甲は薄いですが兎に角小型で安価でした。過去形なのは後継車両を開発した小松製作所が要求仕様書に無い理由で不採用となった事で防衛産業撤退を発表した為です。小型でなければ平時の訓練移動さえ支障が大きく、個人的に成功した設計と思う。

 重迫撃砲中隊、装備する120mmRT重迫撃砲は直掩火力である105mm軽砲を置き換えた装備です。もっともこれが通用するのは射程のみ、今後は対砲兵戦や第一線の錯綜地形での運用を考えますと迫撃砲は指揮情報中隊と組み合わせ、運用すべきなのかもしれません。

 特科教導隊、JMPQ-P13対迫レーダーが観閲行進に参加していました。遠隔操縦システムFFOS等、特科部隊と云えば視程外の目標との戦いが基本であり、情報RMAと包括された軍事機構の情報優位への概念は遡れば砲兵部隊の情報処理と情報共有が基点にあります。

 富士教導団の観閲行進ではさり気なく新装備が参加する事も多く、一瞬一瞬が気を抜けないのですが、EOS-7Dにて自由に撮影しつつ、本記事の撮影はG3Xを三脚上に装着しまして定点撮影、つまり適当に撮りました。それでも十分撮影、カメラ機器技術の進歩は凄い。

 FH-70榴弾砲、自走榴弾砲並の火力を持つ自走榴弾砲並の費用を有する欧州製火砲、本土特科火力近代化の切り札として実に479門もの多数が配備されましたFH-70ですが、順次廃止が進み、現在は後継砲として方面隊単位で装備する火力戦闘車の試験が進んでいます。

 特科教導隊第3中隊の99式自走榴弾砲、射程40kmの52口径自走榴弾砲です。しかし注目したいのは中隊長が乗車する82式指揮通信車で特科教導隊は昨年度まで96式装輪装甲車を中隊本部が装備しており相次ぐ即応機動連隊新編に96式装輪装甲車を掻き集めた為か。

 99式自走榴弾砲、52口径砲です。射程については各国砲兵動向に鑑み、延伸弾等の新型砲弾により50km程度まで延伸し得ると考えます。自動装填装置を備える本装備、コンクリート製秘匿掩砲所に格納するならば、島嶼防衛に驚くべき威力を発揮するように思います。

 203mm自走榴弾砲、軍団砲兵用火砲として開発されたアメリカ製重砲は90kgもの砲弾を30km先へ投射します。99式自走榴弾砲と異なりこの203mm自走榴弾砲はC-2輸送機へ搭載可能、実のところ戦略機動性が高い火砲です。現在はMLRSへ置き換えが完了直前だ。

 MLRS,多連装ロケットシステムの略称です。ソ連の戦車軍団を一挙に屠る軍団直轄広域同時制圧火力として開発されたもので陸上自衛隊は91両を導入しましたが、クラスター弾全廃条約締結と共に射程70kmのM-31GPS誘導ロケットへ換装、一種の地対地ミサイルへ。

 12式地対艦誘導弾、九州沖縄防衛の切り札的装備となっています。しかし富士での一同の素朴な疑問は何故映画シンゴジラにてこのミサイルを撃たなかったのか、富士から由比ヶ浜は十分射程内なのに、というものが多少多かったようにも。それ程にこれは射程が長い。

 島嶼部防衛滑空弾、という新装備が開発されます。新防衛大綱によれば2個大隊が九州沖縄へ配備されるようですが、射程が大きく極超音速の誘導弾となるもよう。実用化されたならば、地対艦誘導弾システムとの統合運用はどのように展開するのか、興味深いですね。

 教育支援施設隊の観閲行進、81式自走架橋柱と91式戦車橋が続行します。戦闘工兵の任務を担う部隊ですが、これとは別に陸上自衛隊には施設学校に施設教導隊が置かれています。戦闘工兵と建設工兵が在りますが、戦闘工兵は諸職種に不可欠で、此処にも置かれている。

 施設作業車、73式牽引車の車体を応用し戦闘工兵装備として開発されました、自動作業機能等優れた性能を有するのですが取得費用の大きさが在り、前型75式装甲ドーザを置き換える程生産できていません。戦闘工兵装備の予算難による不足、陸上自衛隊の弱点である。

 機甲教導連隊の観閲行進が連隊旗を先頭に始る。16式機動戦闘車は陸上自衛隊最新の機動砲です。連隊本部車両ではなく戦闘中隊の車両により観閲行進が始まる、連隊本部や大隊本部と中隊本部には戦車が配備されていたものですが、これも戦車縮小の趨勢なのやも。

 16式機動戦闘車、元々は87式偵察警戒車後継車両を見込んで開発されたともいう、その視点では良好な装備と云えますが74式戦車を置き換えるには装甲が薄すぎる、ただ車幅は貨物列車に積載できる程度に小型化出来ている。この装備、今後の展開を慎重に見極めたい。

 偵察中隊の87式偵察警戒車、本車は82式指揮通信車と化学防護車と共に合計350両が量産されていますが、そろそろ老朽化というものを認識せねばなりません。一時期は軽装甲機動車派生の軽偵察車が検討されていましたが、偵察は戦車が向いている様にも思えます。

 機甲教導連隊本部車両の96式装輪装甲車、そして本部管理中隊の施設作業小隊へ配備されている92式地雷原処理車、元々は教育支援施設隊に配備されていたものですが連隊創設により管理替えとなったもよう。もう一声、施設作業車も管理替えした方が良かったですね。

 16式機動戦闘車、昨年は戦車教導隊第4中隊へ配備されていましたが機甲教導連隊新編と共に新たに戦闘中隊が新編されました、中隊名は機動戦闘車中隊や騎兵中隊等諸説入り乱れていましたが、戦闘中隊、ということでした。戦車駆逐をも担う105mm砲が勇ましい。

 10式戦車、自衛隊が誇る戦車、世界の戦車が第三世代後半となれば防御力偏重に70t規模となり身動きが大戦中の重戦車の如く戦術機動性と戦略機動性を削いだ中に防御力と軽量化をロボット化により車内容積を局限化し両立した44tという新世代戦車を目指すもの。

 10式戦車、前型の90式戦車が50tと本州九州では重すぎると判断され本州へ配備できる程度に軽量化し開発されたものの、結局北海道集中配備されるという。長期展望が苦手なのは旧軍以来の悪弊か。個人的には新しい偵察戦闘大隊に10式の戦車中隊を置くべきと思う。

 90式戦車、自衛隊が冷戦時代に北海道にソ連軍戦車上陸という現実的脅威を前に、複合装甲によりだ打撃力と防御力を両立させ自動装填装置や目標自動追尾装置の採用と特に打撃力を重視した戦車、現在の陸上自衛隊では最大勢力を構成する文字通りの主力戦車です。

 90式戦車、開発から間もなく30年となりますが戦術ネットワークシステムの追加搭載が進み第一線級の性能を維持しています。もっともこの車輛のアンテナはそうではないようですが。一方生産初期の車両は徐々に定格性能を発揮出来ない、という話も時々側聞します。

 74式戦車、核戦争の現実性が高い時代に873両と戦後最も生産された戦車でソ連のT-62戦車とT-72戦車を撃破する事を主眼に開発され、油圧式懸架装置にて地形に身を潜め105mm戦車砲をレーザー測距と弾道コンピュータ用い正確に命中させる事を第一とする。

 第一機械化大隊、自衛隊版たけし城とも呼ばれる部隊訓練評価支援隊隷下に仮設敵役を担う。前はT-74こと74式戦車を装備していましたが今年度から90式戦車を装備、通称T-90と呼ぶと紛らわしいですが、戦車中隊に2個装甲中隊を有する理想的な編成の部隊です。

 仮設敵部隊は只でさえ手強いのに90式戦車を装備しては無敵といえる。当初案では10式戦車を装備させる案が在りましたが、誰も勝てない、として90式に落ち着いたともいう。この角度では分り難いですが三色迷彩を採用、もう一個大隊を北方に置く案もありとの噂も聞こえてきますね。

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【日曜特集】那覇基地航空祭-エアーフェスタ2011【7】那覇航空祭大団円(2011.12.11)

2019-07-07 20:02:30 | 航空自衛隊 装備名鑑
■ブルーインパルス展示完了
 ブルーインパルスは一部操縦士の次の転属を前にブルーインパルスでの最後の飛行展示となっていました。展示と共に“卒業式”への準備が進む。

 那覇基地航空祭、F-15は飛行できませんでしたが当方にとりF-4の那覇、という印象が強い中でF-15へ転換した那覇基地、というものは新鮮でもありました。沖縄県と防衛省の防衛庁時代での協定により沖縄へはF-15を配備しない、という取極がありましたので、ね。

 F-4戦闘機を延々運用し続ける訳にも行けませんので、当方はてっきりF-2戦闘機、当時のF-2支援戦闘機が配備されるものとかんがえていまして、航空阻止任務も可能、しかし130機の量産計画が98機で生産終了となったことで、その実現には至りませんでした。

 結局沖縄県と調整してF-15を配備するほか無いのか、と考えさせられたものです。実際、南西諸島島嶼部防衛を考えた場合、F-2戦闘機の多用途性能は頼りになります。そして石破長官時代に決定されたF-2減産決定、唐突に決まったような印象は否めませんでした。

 当時の石破長官は国民に説明できない高価な装備は調達するべきではない、として打ち切ったわけですが、あのF-2を130機、計画通りに量産していたならば2011年東日本大震災の第四航空団教育用F-2B被災の影響も少なかったでしょうし、といまさらに思ったりする。

 F-2戦闘機の生産終了は痛かった、F-22を希望したF-4後継選定の難渋に際して戦闘機量産能力の喪失という現状に発展することもなかったでしょう。石破長官時代はイージス艦あたご漁船衝突事故、海難審判で海上自衛隊側に過失なし、と判決が後にでるのですが。

 あの長官時代、事故に驚き真相究明前に一人踊りする長官が艦長を事実上更迭したことも忘れられません、防衛通と自称しているようですが、なんといいますか、プラモデル愛好家として尊敬はしますが、防衛庁長官経験者としての手腕は評価できるものがありません。

 2011年は東日本大震災が発災した年度です。那覇からも第15旅団をはじめ多くの部隊が災害派遣に出動しましたが、災害時には周辺国は配慮するはず、という理想論、実はこの逆の事例しか当方は知らないのですが、実際はどうかといますと、厳しかったともいう。

 災害発生、理想論というかそうあるべきという公序の希望、これも意外と簡単に打ち砕かれました。アメリカ海軍原子力空母が対日支援トモダチ作戦終了後、佐世保を経由して東シナ海を遊弋していましたが、原子力空母ポテンシャルが必要な緊張状態があったという。

 また、発災時に朝鮮半島の通信量が以上増大したたため、対馬警備隊などは有力な部隊であるにも関わらず、結果として一人も東日本大震災へ災害派遣要員を展開させることができなかった、という。もちろん、震災に乗じて攻めてくる、というものではなく、ですが。

 震災の影響度を計るために日本周辺に情報収集を行う、というものがありますし、また情報収集体制を強化するために通信量が増大する、という状況です。したがって危機感をあおるものではないのですが、しかし結果的なものとして、緊張を拡大させる事となります。

 震災時の情報収集、この規模の災害に対してどの程度の対応力を示すか、という分水嶺は非常に大きな情報となってしまいます。結果、抑止力を強化するという視点から、あの東日本大震災にさいして一時的に緊張は高まったものであり、相応の警戒態勢が必要でした。

 その上で米海軍原子力空母の巨大な抑止力も、結果的に必要となったわけです。那覇基地に並ぶF-15、この時点で中国による尖閣諸島への軍事圧力は増大しており、F-2戦闘機の量産が少数で、予定よりも32機少ない、98機で終了してしまったことが、此処にも影響へ。

 当初は予定していなかったF-15配備、という状況へ展開していったのでしょう。尖閣諸島、この海域は台湾海峡有事にさいして重要な意味を持ちまして、言い換えれば尖閣諸島を日米が確保しているか否かで、台湾海峡有事勃発の蓋然性が大きく変わる、といいます。

 台湾海峡有事となれば、もちろん大量の機雷が敷設されることで係維機雷の一部が浮流機雷として日本近海に流失し、シーレーンに大打撃をうける可能性はありますし、なにより台湾が大陸中国、具体的には大陸中国が進める海域閉鎖、ここから推測せざるを得ません。

 現在世界各国が国際公序として共有する海洋自由原則への敵対的な挑戦、この勢力圏にはいることで日本はシーレーンの維持に太平洋戦争末期とにた状態に陥ることも考えられます。尖閣諸島の戦略的要衝としての意義ですが、要するに台湾海峡有事阻止の要諦です。

 在沖米軍が有事の際には自国民救出により台湾へ進出する上で、尖閣諸島は中継点とまではいかずとも最短距離上に存在する陸地です。ここが万一中国に奪取されますと、日本のシーレーンが寸断される事となりますし、更に人工島による基地化の懸念も非常に高い。

 中国が実際に南シナ海において進めている平和目的の爆撃機展開や平和目的の長距離対艦ミサイル配置が行われれば、台湾海峡有事にさいし米軍抑止力が機能しなくなり、平和目的で数十万の人命が失われかねません。手段に平和を選択すれば結果の平和が失われる。

 しかし、尖閣諸島が維持されている限り、台湾海峡有事に際しては沖縄の第31海兵遠征群と第3海兵師団が普天間の第1海兵航空団支援下で一挙に展開できる、普天間のMV-22可動翼機はそのまま台湾へ進出でき、岩国の海兵航空団F-35Bの支援下で強力な打撃力を。

 MV-22が旧型のCH-46よりも遥かに長大な航続距離を有する事で、自国民救出の観点で展開できる、この能力と姿勢が、台湾海峡有事そのものを押しとどめる重石となるわけですね。その上で、しかし2010年の日本政権交代により、在沖米軍撤退の可能性が生じました。

 1992年のフィリピンで起きた在比米軍撤退を中国政府は確実に記憶していますので、在沖米軍撤退の可能性が、普天間基地県外移設を掲げる当時の民主党政権により示されたことで、中国は尖閣諸島方面への圧力を増大、中国からの国籍不明井もこの時期から急増した。

 これが公船領海侵犯の日常化と冷戦時代の最盛期以来という規模での日本防空識別圏内へ戦闘機の浸透、ミサイル爆撃機の日本海や西日本沖への進出、確実な緊張として表面化している構図です。表現として賛否があるかもしれませんが、戦争回避のための闘争の様だ。

 那覇基地航空祭は近年、頻繁な対領空侵犯措置任務緊急発進により中断される、飛行展示よりもスクランブル発進の頻度の方が遙かに高い、千歳基地や小松基地のF-15が戦技競技会でもないのに那覇基地誘導路付近に多数展開している、緊急発進の為の増援でしょう。

 こうした緊張状態に包まれています。南西方面航空混成団の南西航空方面隊拡大で防空能力は強化されましたが、一回破綻した抑止力の均衡というものは簡単に再建できるものではありませんので、当面はこうした緊張が継続してゆくのだろう、と考えてしまいますね。

 実は昨年2018年の那覇航空祭は久々に一日開催できるのではないか、と言われていました、飛行展示を一日だけで充分できる程平和が戻った、という期待があった訳です。しかし、結局これは噂どまりであり、結局は二日間に一日分を分けて行う航空祭となっています。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
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【土曜詳報】アメリカ空軍嘉手納基地(7)名機ボーイング707原型KC-135(2011.12.12)

2019-07-06 20:08:02 | 在日米軍
■KC-135空中給油機が接近
 KC-135は元祖大型旅客機というべきボーイング707の原型となった機体で遠からずKC-46へ置き換えられます、今見返すと貴重な情景ですね、小雨でしたが。

 嘉手納基地は広大な基地です。過去に厚木基地は学部生時代、どの程度の基地なのか歩いて一周してみよう、とやってみました。これが岐阜基地歩いて一周、小牧基地歩いて一周、小松基地歩いて一周、浜松基地歩いて一周、基地を一時期歩いてばかりいたのですね。

 米軍基地である厚木基地から、岐阜基地歩いて一周、小牧基地歩いて一周、小松基地歩いて一周、浜松基地歩いて一周、が始りまして、これはこの位置には降りてくる航空機を順光で見えるとか、ここに喫茶店が、とかあり、航空祭の際の撮影位置画定に役立ちました。

 しかし、嘉手納基地だけは歩いて一周する、という気持ちが起きないのですよね。折角沖縄まで来たのだからまる一日基地の周りを歩くのは一寸、というよりも、この基地を一周、外柵沿いに歩きますとかなり時間が掛かる、という事が一見して分かるからです。広い。

 嘉手納基地の滑走路は3700m滑走路が二本あります。これを那覇空港と比較しますと那覇空港は3000m滑走路が一本だけですので、基地としての規模の違いが垣間見えるでしょう。そして那覇空港の滑走路と嘉手納基地の滑走路の規模の違いは、その幅にも表れています。

 那覇空港3000m滑走路は幅45mとなっています、対して嘉手納基地第一滑走路は幅が91mありまして、第二滑走路は幅61m、嘉手納基地がスペースシャトル緊急着陸地に選ばれた背景には、この91mという那覇空港の倍の幅を持つ滑走を有している為でもあるのですね。

 道の駅かでな。嘉手納基地を撮影していますと、この撮影位置と海岸子海浜公園が撮影の名所であるという事は分かるのですが、逆に嘉手納基地が此処から見えるところだけ、と誤解してしまうのかもしれません。隣接して嘉手納弾薬地区もありまして、ここも広い。

 ただ、在日米軍基地、特に基地問題という視点から考えますと、この広さと共に任務の大きさもどうしても考えてしまいます。一方で、周辺情勢の変化により、嘉手納基地へ加わる軍事圧力、こうしたものが大きくなるのかもしれません。戦略拠点という位置づけ、が。

 極東最大の航空基地であり極東最頻度で運用される飛行場、これば2004年にアメリカ国防総省が嘉手納基地の重要性を示す際に用いた表現です。この同時期に、当時のラムズフェルド国防長官が普天間飛行場を世界一危険な飛行場、と表現した頃でもあるのですが、ね。

 INF全廃条約がアメリカの離脱により無効となる為、ロシアが2021年までに装備を再開完了するという、中距離悪戦力もロシア沿海州から沖縄を射程とする事となり、この為に今後沖縄のミサイル防衛についても強化の方向で再構築する必要が生じるかもしれません。

 自衛隊の能力を抜本的に強化する事で在日米軍沖縄負担を転換できないか、とは何度も考えたのですが、自衛隊の大部隊が日本本土に居るから中国軍は台湾へ侵攻できないし、北朝鮮もミサイル実験や韓国への軍事圧力を思い留まる、という水準は可能なのでしょうか。

 北海道へ上陸するロシア軍を自衛隊が独力で撃退する事、だけならばできるのでしょうが、自衛隊のポテンシャルは在日米軍のポテンシャル、必要ならば米本土から大量のポテンシャルで一挙にその戦力を増強する事、少々現実的ではないように思います、其処で敢えて。

 嘉手納基地だけで300機の戦闘機を収容できる、嘉手納基地の能力はその収容力だけではなく、300機の戦闘機を確実に稼働させるだけの整備基盤と運用基盤を瞬間的に拡張する能力、300機の戦闘機が消費する大量の燃料と弾薬、その維持部品の供給能力を備えている。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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令和元年度七月期 陸海空自衛隊主要行事実施詳報(2019.07.06-07.07)

2019-07-05 20:07:55 | 北大路機関 広報
■自衛隊関連行事
九州豪雨がひと段落もつかの間、南シナ海に中国弾道弾が突如次々着弾の発表に緊張が高まる今日この頃ではありますが皆様いかがお過ごしでしょうか。

富士学校創設記念富士駐屯地祭、静岡県小山町に所在する富士学校の創設記念行事です。富士学校は普通科と機甲科に特科の戦術研究及び専門教育と幹部教育に新装備研究、更には全国部隊への教育支援と戦闘教育を担う自衛隊の教育部隊で、普通科教導連隊と機甲教導連隊に特科教導隊、教育訓練施設隊を隷下に有する本州最大規模の機械化混成団です。

岩見沢駐屯地祭、第3施設団隷下の第12施設群が駐屯しています。滝川や美唄と並ぶ函館本線沿線の岩見沢は旭川と札幌を結ぶ要衝に位置する。第12施設群は第3施設団と北部方面施設隊と第3施設団再編を経て2017年に大規模な再編を実施し本部管理中隊と第398施設中隊に第399施設中隊と第400施設中隊及び第302坑道中隊を基幹部隊としています。

静内駐屯地祭、陸上自衛隊の駐屯地祭では唯一実弾射撃を展示する駐屯地祭です。第7高射特科連隊が駐屯しており、連隊は4個の87式自走高射機関砲中隊と2個の81式短距離地対空誘導弾中隊から成ります。連隊編成を採用した背景には我が国唯一の機甲師団である第7師団を空からの脅威より守るためで、駐屯地祭では海上の標的機へ実弾を射撃する。

滝川駐屯地祭、第10即応機動連隊が駐屯する駐屯地です。第10普通科連隊が本年三月末に即応機動連隊へと改編、先行する第15即応機動連隊と第42即応機動連隊、同日壊変の第22即応機動連隊は機動戦闘車隊を有していますが、第10即応機動連隊は一個中隊の実を有する。第11旅団隷下にあって、連隊は北海道では唯一の即応機動連隊となっています。

別海駐屯地祭、第5偵察隊と第27普通科連隊の一個中隊が駐屯する北海道沿岸部の駐屯地で、寒冷地であり僻地でもある厳しい立地にあります。第5旅団隷下部隊である第5偵察隊は、旅団の先鋒を担う部隊ですが、対岸に極東ロシア軍を睨み返還後の北方領土を警備管区とする旅団は、同時に万一着上陸に備え普通科と機甲科の混成部隊を配置しています。

阪神基地サマーフェスタ、海上自衛隊阪神基地の一般公開です。神戸市に所在する阪神基地は阪神基地隊と第42掃海隊の掃海艇つのしま、なおしま、が配備され、多数が敷設され現存する神戸港機雷処理を支援すると共に我が国屈指の重要港湾である神戸港に隣接する基地施設です。隷下に和歌山県日高郡の由良基地分遣隊と淡路市の仮屋磁気測定所がある。

高尾山分屯基地、島根県松江市に所在する航空自衛隊のレーダーサイトで鳥取県の美保基地から望見できる山頂に位置します。本州の施設ですが西部航空警戒管制団の隷下にあります。展開するのは第7警戒隊で、FPS-4レーダーを運用、一時期韓国空軍が此処を攻撃する計画が在った事が報道されています。名物は高尾山レッドクラブの地上展示が有名だ。

さてさつうぃの話題を。ここのところG3Xの話題を多く紹介していますが、一眼レフと高倍率コンデジG3Xの比較を行いますと、300mm単焦点に1.4倍テレコンバータを装着しAPS-C機種で撮影した場合は35mm換算で640mm、となります。従来は当方、この640mm以遠で追随でき無い被写体は射程外、としていたのですがG3Xのデジタルズームは2400mmあります。

航空祭で喩えてみましょう。サンニッパの愛称で知られる300mm単焦点で追尾できない被写体が、これまで打つ手なしとして再度接近するのを待っていたのですが、G3Xがあれば最接近まで何もせず見ているだけという事も無く、被写体と接触を維持する事は可能となります。逆に接触を絶ってしまうと、次展示で不期遭遇となり、撮影機会を逃しかねない。

EOS-7D一眼レフの代替となるものではないのですが、ちょっと望遠が足りないな、という際にG3Xは有用です。そして被写体追随能力ではEOS-7Dには遥かに劣るのですが、被写体が遠い場合、高速で移動している場合でも望遠のフレーム内では動きが緩慢です、つまり戦闘機の様な高速の被写体でも遠距離のズームならば、充分撮影し得るということ。

2315時追記、大湊基地サマーフェスタ、明日開催されるとお教えいただきました。大湊基地HPによれば、護衛艦ゆうだち、護衛艦すずなみ、の写真がサマーフェスタ広報に掲載されています。しかし、大湊基地と云えば、そう、最新鋭護衛艦しらぬい母港でもあります。不知火に夕立、旧海軍の武勲艦を受け継ぐ護衛艦、大湊と云えば青森県北部ですが行ける方は是非どうぞ。


■駐屯地祭・基地祭・航空祭


岩見沢駐屯地創設記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/#
滝川駐屯地創設記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/11d/
別海駐屯地創設記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/5d/index.html
静内駐屯地創設記念行事…https://www.mod.go.jp/gsdf/nae/7d/
大湊基地サマーフェスタ(NEW!)…https://www.mod.go.jp/msdf/oominato/
富士駐屯地創設記念富士駐屯地祭…https://www.mod.go.jp/gsdf/fsh/
阪神基地サマーフェスタ…https://www.mod.go.jp/msdf/hanshin/
高尾山分屯基地開庁記念行事…https://www.mod.go.jp/asdf/wadf/

■注意:本情報は私的に情報収集したものであり、北大路機関が実施を保証するものではなく、同時に全行事を網羅したものではない、更に実施や雨天中止情報などについては付記した各基地・駐屯地広報の方に自己責任において確認願いたい。情報には正確を期するが、以上に掲載された情報は天候、及び災害等各種情勢変化により変更される可能性がある。北大路機関
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西日本豪雨災害一年,"非常事態法制"全域避難指示と避難所不足の観点から国主導の必要性

2019-07-04 20:02:00 | 防災・災害派遣
■巨大化する規格外災害を前に
 岡山県は災害の無い都道府県としてある種の安全神話が在りましたが、昨年の西日本豪雨災害はまたもや新たに安全神話を崩壊させました。

 西日本豪雨災害より間もなく一年、そして九州豪雨が継続中です。豪雨の要因となる梅雨前線が過ぎ去ると日本列島は台風シーズンとなりまして、いやはや日本は災害列島、この印象は年々強く印象を受けます。そして豪雨が予報されるたびに大規模な避難勧告や避難指示が発令され、数年前の名古屋市100万避難勧告というような状況は常態化しました。

 しかし、安易に避難指示100万人、と乱発する事は簡単ですが、自治体に100万人を避難させる場所はあるのか、自治体作成ハザードマップを閲覧しますと避難所と収容人数が明示されていますが、足し算をいくら重ねても、不足している、という結論に至ります。また仕事がある限り、学校が休校にならぬ限り、安易に避難は出来ません。この点について。

 非常事態法制、日本の場合は軍事的な戒厳令を思い出す方が居るならば反対の声も多々あるでしょうが、大規模な災害が想定される場合は当該地域を都道府県単位で学校の休校命令、公共交通機関運休、事業所や工場の操業停止、主要商業施設の休業命令、主要道路の退避車輌と災害時指定車両を除く通行禁止措置、こうした法整備が必要ではないか、と。

 警戒区域指定、代替案にはこの災害対策基本法第63条措置もあり得ます。ただ、例えば市街地中心部等を警戒区域指定する事で、操業中止等を求める事は可能ですが、警戒区域指定は当該地域の全員退避を求める退避命令であり、居住者立ち退きを意味します。権限は自治体首長にありますが、退去強制が逆に台風災害時は被害を拡大し得、妥当性は低い。

 計画運休、非常事態法制の必要性は、一例として鉄道の台風接近時における複数の都道府県単位で始発や終電の数時間繰り上げという大規模計画運休、駅施設閉鎖などの云わば長距離通勤者には非常に厳しい措置が取られる中で通勤を行う事が却って帰宅困難者などを発生させるという実情があり、ここは大規模災害阻止の為に新しい取組が必要となります。

 巨大化する規格外災害を前に国が責任を取るほかないのではないか、現在の避難指示や避難勧告という制度では、社会的に避難しにくい立場の方々に失職や業務評定悪化と生命の防護を天秤に計らせ、結果的に選択肢のない状況下で、避難しなかったのは自己責任、これを迫る構図があり、逆に広大な避難指示を出す事だけで行政の責務が完結しているという不可思議な状況があります。

 大規模な災害発生となれば、避難指示の広範囲の発令と共に、翌日には実際に避難した人数などが報じられ、恰も避難しない人々への非難を思わせる報道等もありまして、避難するにも同調圧力というものとの兼ね合いの難しさを考えさせられます。それならば、非常事態法制として、大規模災害が想定の場合には退避を容易とする必要があるのではないか。

 国が責任を取って、国の指揮権発動により操業中止を私企業に求める、経済的な損害は確かに大きくなりますが、大規模な災害が見込まれ避難指示や避難勧告が発令される中で人的被害の可能性と経済的損害の可能性を天秤にかけるよりは都道府県地域単位で一斉に休業させる体制、その為に非常事態宣言、との視点です。つまり国が動くほかないでしょう。

 災害対策基本法60条に基づく避難勧告、それでは避難所の整備をどう考えるか。一例で市内全域50万に避難指示、隣接都市も全域に避難指示、一体どこに逃げれば良いのかという一方で避難指示が発令されていても当該地域では商業施設こそ短縮営業となり、一部事業所や工場が短縮操業となる事もありますが、基本的に避難指示は、強制ではありません。

 避難所の確保、不足しているという実情を説明しましたが、これは言い換えれば災害救助法に基づく避難指示が強制ではない為に、全員避難する事を想定していない結果、数的に不充分である結果は、無いでしょうか。勿論、これを機に警戒区域指定の強化を行うべきという視点はありませんし、避難指示に強制力を付与させる、という視点ではありません。

 原子力警戒区域指定、京都でも舞鶴市北東部等を散策していますと万一の際には神戸市と京都市へ退避するよう示されています、原子力災害対策特別措置法に基づく警戒区域指定に備えてのものですが、こうした規模の災害となりますと地区ごとに避難所が指定される実例を示していますが、自治会や町内会単位で人口に見合った指定避難所は必要では、と。

 数十万単位の避難指示が発令される場合には、指定避難所数十万、正直なところ一人一畳の避難場所を確保しようにも、数十万となりますと通常の公共施設では限度がある事は理解できます。しかし、避難指示に応じた住民が一斉に避難した場合も避難所はありません、それでは避難指示を出す責務を果たした自治体には片手落ちの結果ではないでしょうか。

 避難所の整備、これは新たに東日本大震災で認識されたものとして、避難所が満員となった場合の在宅被災者への支援が、救援物資配布が避難所被災者中心となっており、避難所へ避難できた被災者と満員故に避難所収容を断られた在宅被災者との支援格差が生じたという事例があります。すると、財政負担合大きくなりますが、避難所増強の必要性は高い。

 避難所増勢は、しかし公立学校や区役所支処に図書館施設などの公共施設を増強するには、自治体の財政負担が大きすぎます。ただ、避難指示を行い避難所が無い、この現状を放置する事は被災者負担が大き過ぎ、均衡点を模索せねばなりません。例えば大規模商業施設やターミナル駅と大規模マンション等、憲法上の財産権に特例を設ける事は出来ないか。

 指定公共施設、としまして非常時には避難所が満員となった前提で更に被災者が退避する場合に、一時避難施設としてではなく中長期的な避難所の提供を要請する枠組みが考えられましょう。ただ、財産権の侵害ともなり、自治体首長の権限と権原では限度があります。するとやはり、冒頭の論理に戻る訳ではありませんが、自治体の手に余る大きな問題故に非常事態法制が必要となります。

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【京都発幕間旅情】大阪城西ノ丸庭園,巨大城郭外郭の威容と防衛本山の胆力守る庭園の気風

2019-07-03 20:14:02 | 旅行記
■西ノ丸からの荘厳天守閣
 太閤の密使が如く烏が気位優美に舞う桜並木の向こうに天守閣、大阪城天守閣はこの方角からが一番勇壮かもしれません。

 大阪城二の丸、太閤秀吉が築き上げた城郭は毎回探訪するたびにその壮大さには圧倒されまして、エジプトのピラミッドや万里の長城は凄いと聞くのですが、大阪城造営は軍事拠点故に迅速に成し遂げられた事を踏まえれば、凄いものをあの時代に造った、思います。

 西の丸、大阪城を大阪観光という一括りで眺めますと意外や天守閣を堪能し帰路に就く方が多いという。天守閣は1936年の昭和天皇行幸を記念し、当時の陸軍が造営した日本有数の歴史を誇る復元天守閣なのですが、歴史の長さでは大阪城そのものの構造の方が長い。

 大手門に千貫櫓と火硝蔵筆頭に十三の重要文化財、梅林と西の丸庭園が広がっています。実は天守閣をいちばん勇ましく見上げる立地は、この二の丸庭園なのではないかな、と考えます。此処は桜の名所、青葉と共に天守閣を一望できまして角度により移ろう様子が。

 本丸の外郭、それが二の丸と西の丸です。本丸を防護する極めて重要な城郭構造物ですが、大阪城は特に大きい事から、外堀と内堀に挟まれた区域という位置づけとなっています。散策してみますと大きい、大坂夏の陣冬の陣で徳川が講和の際に必死に埋めた事が分かる。

 真田丸、有名になりました大阪城攻防戦ですが、太閤秀吉亡き後の大阪城は元々大阪城が軍事拠点として造営されつつ、壮大な防壁を誇示する行政施設としての色彩を帯びた事が大阪城の城郭としての生命を狭めてしまったのかな、と思います。せめて地下壕があれば。

 太閤秀吉は数多の激戦を潜り抜けた胆力と気力に戦略眼と人徳を兼ね備えた武将です。故に仮に大阪城攻防戦の際に存命であれば必ず防衛を成し遂げ、近畿一円の城郭を駆使し反撃により攻城軍を殲滅したでしょう。ただ、権力の後継者たちは胆力が無かった、敗因だ。

 西の丸は公園となっていまして散策が楽しめます。この広大な公園は兵力策源地となり、備蓄量も豊富、江戸時代に再建された二の丸は東大番頭屋敷として百間長屋が並び、対面には西大番頭屋敷が並んだ、いわば城郭を兵力策源地として徳川が継承していたのですね。

 300本のソメイヨシノが植えられたこの西の丸庭園は、庭園と聞きますと回遊式庭園を思い起こすのは京都の感覚でしょうか、広く芝生の公園が広がしまして、何かと考えますと日本第二の都市大阪、大阪府だけでベルギーやオランダに匹敵する街に開放感を与えている。

 明治維新の戊辰戦争時に全て焼失してしまった事は残念ですが、こちらを継承していた徳川慶喜は、大阪城というよりも幕府と朝廷の対立という懸念を恐れ、異なった意味で胆力よりも別の物を優先し、早々に大阪城を放棄しています。ある意味残念だった、といえる。

 帝国陸軍、大阪城を後に継承した人々は胆力がありました。明治以降は陸軍施設となり修大阪師管区司令部即ち第四師団司令部と大阪陸軍兵器補給廠櫻門前兵器庫が造営される事となりました。大阪造兵工廠も置かれ、大阪城は三度策源地へと、返り咲いたわけですね。

 東洋一の兵器工場、豊川海軍工廠と並び称された大阪造兵工廠は大阪城共々大阪大空襲の主要目標としてB-29爆撃機による猛攻を受けましたが、鉄筋RC構造の天守閣は今度こそ耐えました、戦後直後の天守閣周辺、二の丸西の丸は損傷著しくも、確実に耐えていた。

 千貫櫓ひとつとっても再建天守閣一つに匹敵する規模を誇ります。西の丸公園、元々は豊臣秀吉正室である北政所屋敷跡でしたが、戦後の1961年に総面積約64000平方米の芝生庭園として再整備されました。外堀外郭を散策するだけでも、雄大な歴史を実感できます。

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ホルムズ海峡海上護衛戦の検討【1】RQ-4無人偵察機撃墜の衝撃と強力な航空監視の抑止力

2019-07-02 20:10:56 | 防衛・安全保障
■第七のタンカー攻撃懸念
 安全保障法制の議論に際し、具体的な活動地域にホルムズ海峡機雷封鎖が国会討議されましたが、アメリカイラン対立激化によりこの地域の緊張は現実問題となってきました。

 ホルムズ海峡付近でのアメリカ無人偵察機RQ-4撃墜事件は驚かされました、RQ-4は自衛隊も導入予定ですが巡航高度が非常に高く、広域防空地対空ミサイルでなければ撃墜できません。この事件の後、アメリカのトランプ大統領はアメリカ軍だけに海洋防衛の負担が掛かっていると批判しましたが、日本にはRF-4くらいしか対応出来る機体はありません。

 ホルムズ海峡での相次ぐタンカー攻撃とRQ-4無人偵察機撃墜、結果の緊張、そもそもタンカー攻撃は1980年に勃発したイランイラク戦争において国際的に孤立したイラン軍が組織的に実施した歴史があり、40年近く世界の耳目を集める問題です。幸い、コクカカレイジャス号襲撃事件以降、再発していませんが海峡安全が課題である事に代わりはありません。

 緊張が続いた場合、日本も何らかの措置を求められる可能性が。自衛隊はホルムズ海峡でのタンカー護衛に可能な選択肢を有しているのか。今回はこの視点からホルムズ海峡を考えてみましょう。岩屋防衛大臣は現時点では自衛隊派遣を考えていない旨を示しましたが、タンカー攻撃が続くのであれば再考の必要性も。この視点から情報整理してゆきましょう。

 警戒監視任務、自衛隊が可能であると考えられる任務は、リンペット機雷等による攻撃を試みる小型舟艇に関する警戒監視任務です。本来であれば、この種の任務に最適である装備はP-1哨戒機です。前述の通り、地対空ミサイル脅威があるため、迂闊にホルムズ海峡上空へ接近する事は出来ません。ただ、航空機による警戒監視は強力な抑止力となります。

 航空機による監視が大きな抑止力となる根拠は、現実問題としてコクカカレイジャス号襲撃事件以来、アメリカ軍を始め有志連合による警戒監視が強化された事で、第七のタンカー襲撃事件は発生していない点に尽きます。イラン革命防衛隊の関与を疑わせる画像が米海軍により撮影されましたが、確実な証拠を撮られる事を襲撃犯が恐れている為でしょう。

 RQ-4無人偵察機撃墜、イラン革命防衛隊は新型地対空ミサイル、ペトリオットとよく似た発射装置とロシア製9K37M1-2、NATO名ではSA-17グリズリー、これとよく似たミサイルが内蔵されるものを報道発表しています。要するにミサイル発射を察知し、機動力で回避行動を執れねば撃墜される可能性がある、ということ。P-1やP-3C哨戒機では難しい。

 RF-4戦術偵察機であれば、SA-17の機動力に対して運動性能で凌駕できるかは未知数ですが、P-3CやP-1よりは生存性が高いでしょう。ただ、データリンク能力は無く偵察画像を撮影した後に現像する必要があり、アメリカ海軍が東日本大震災救援などに際し用いたF/A-18Eの偵察ポッドによる情報伝送性能と比べれば、どうしても能力面で見劣りする。

 ここで重要となるのはオマーン、海峡の対岸です。つまり、離隔距離を取れば良い。即ちホルムズ海峡隣国のオマーン政府と協力し、オマーン領空から監視を行えばよい。P-1哨戒機にはHPS-106レーダーが機体側面に装備されており、超長距離の監視能力を持つXバンドレーダーです。HPS-106は探知距離が長いとも言われ、充分な離隔距離を取り得る。

 HPS-106、試験艦あすか艦上にて3900t型護衛艦用へ転用するべく評価試験が行われており、この長距離監視能力は、一説には海上自衛隊演習等でP-3C哨戒機がイージス艦の広域防空能力へ対抗できなくなった事から開発されたといい、広範囲索敵に加え点目標へズーム機能を有するとも言われる。これならば広域防空ミサイル脅威下も活動し得るでしょう。

 E-767早期警戒管制機、航空自衛隊の虎の子である本機もシーレーン防衛を念頭に導入され海洋監視能力は有しています。また、コクカカレイジャス号が襲撃前に乗員が視認したという飛翔体は、一説には襲撃犯が攻撃前に小型無人機、市販程度の小型無人機を用いて情報収集を行っているとの見方が在り、早期警戒管制機であれば捕捉も可能やもしれません。

 ただ、E-767の難点は4機しか装備されていない点です。出し惜しみ、という短絡的な視点ではなく、南西諸島警戒監視任務において必要な装備であり、那覇基地へ展開するE-2C早期警戒機の想定外の規模での航空部隊が展開した場合、これは実際に過去に複数の断続的な国籍不明機飛来に対し実例があるのですが、E-767は、待機させておかねばならない。

 P-1哨戒機も南西諸島警戒監視任務や北朝鮮国連制裁違反瀬どり監視任務等、実任務は多いのですが、P-3C哨戒機と併せ、哨戒機に全く余裕が無いかと問われれば、E-767よりはまだ余裕はあります。また、P-1哨戒機はアメリカのP-8A多目的哨戒機との共同訓練実績もあり運用は海上自衛隊、海峡警戒はアメリカ海軍が参加しており、訓練実績もあります。

 航空監視は非常に大きな抑止力があります、また、直接の武力攻撃に即座に展開しないという点で、我が国憲法との整合性もある程度確保出来ます。もっとも、広域防空ミサイルで複数の無人機が撃墜されている空域ですので、最も理想であるのは自衛隊が導入するRQ-4無人偵察機の運用開始を待った方が、万一の人的危険は、回避できるのですが、ね。

 ともあれ、僥倖であるのは現時点で第七のタンカー襲撃は発生していない点です。しかし言い換えればアメリカ海軍が無人機を筆頭に警戒監視を強化すると共に、航空母艦やB-52戦略爆撃機を派遣し強力な圧力を加えている為に、脅威が抑止されている結果だ、とも言えましょう。次のタンカー攻撃が行われた場合には、我が国へ相応の負担要請もあり得る。

 イランとアメリカの対立、特に懸念するのはタンカー襲撃は一段落していますが、対立の背景となったイラン核合意、この核合意枠組はまだ継続しているのですが、イラン政府は昨日、合意により認められた核物質濃縮ウランの総量を越え、更に核濃縮を進めていると表明しました。タンカー攻撃は停止していたとしても、その緊張背景は続いているのです。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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