感情の世界が神秘的であることを知っている人は意外と少ないようである。私もそうした一人であったが、1999年1月某日に鬱から幸福感、錯乱から統御感への急激な変化を体験して、突然その感情の不思議さを知った。
それから、間もなくして、U先生の指導のもとに生き甲斐の心理学を通し、臨床心理学の勉強を始めたのであるが、現代の心理学の知見からいえば、私の経験も決して珍しいものではなかった。
暗い感情は、忌み嫌われがちだが、その意味を考え適切に処理できれば(自分で努力するだけでなく、さまざまな偶然や支援で可能になることも)、明るい感情に変わることが可能だ。不安感が平安感に、怒りや憎しみが友好的感情に、鬱が幸福感に、そして錯乱が統御感に。
そして、1999年の某日私が初めて体験した統御感は、恐らく、錯乱感がなかったら絶対に得られなかったと思う。錯乱感は統御感を産むために準備されていたものと、後で考えると思わざるを得ない。
錯乱感と統御感は似ているのだ。鬱(感情としての)も幸福感に似ている。そして、ある条件でスイッチがかかると、大きく明るい感情に変わるようだ。
昨日のブログで「かなしい」という日本古代からの感情の基盤が、悲しい、哀しい、という他に愛しいという感情を表しているというのも楽しい話である。
愛 4/10