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仏教とともに瓦が日本に入ってきた。そして、飛鳥寺ではじめて瓦が利用されたようだ。飛鳥寺では創建当時の中金堂の位置に創建当時の飛鳥大仏が拝観できる。
そして、創建当時の大仏だけでなく、飛鳥時代の瓦も実際に今でも使われているのは驚きである。
昨年の夏に奈良の元興寺に行った。元興寺は飛鳥の飛鳥寺から奈良時代に移築され、そのとき飛鳥の瓦が極楽坊に再利用されたのだ。元興寺で現役の瓦の中に1300年以上前の瓦を見つけて感動した。
当時の瓦は高価で、民間で利用することはなく、寺院や政府関係の建物だけに使われたようだ。
耐熱性も優れ、耐久性もあり、また美観も良い。瓦は飛鳥寺で採用されたあと、飛鳥時代、藤原時代に急激に普及したようだ。今、手元に「飛鳥発掘物語」(河上邦彦著)があるが、奈良や飛鳥の遺跡地図をみると、瓦を焼いた窯跡が沢山ある。藤原京は、大極殿も瓦だったとかで、窯は薪の供給問題もあるため、かなり遠方にも作られたようだ。交通の便がよい吉野川流域まで窯の遺跡があるのに驚いた。
瓦は、移築に便利でもあった。飛鳥寺の移築だけでなく、様々な建物でも遷都のたびに運ばれたのではないだろうか。
ネットで調べると、長岡京の瓦は難波京の瓦が大半だったとか。その中には藤原京の瓦まで使われたそうだ。
昨年の8月、元興寺で見た1300年前の瓦。真夏で暑さの真っ盛りのときに涼をつくる瓦。それが、1300年前の古墳時代後期の遺跡の中にあるのではなく、現役でつかわれている。活きて使われているのだ。
1300年前の文化の継承といえば、伊勢神宮の式年遷宮がある。1300年前の木造文化は継承され、最新の神社建築物は1300年前とほぼ同じなんだろう。元興寺の瓦。それはサイクリックな継承ではないが、役割の継承があったからだと思う。
そのときどきの無名の人々が役割に徹して守ってきた何か。胸が熱くなる。
生き甲斐の心理学では、役割ということを重視する。自分が何のために生きているかを追及することで、自分の役割が見えてくる。それは、オセッカイのような自己膨張ではなく、削ぎ落とされた何かであり、だいたい地味なもののようだ。
歴史から自分を知る 9/10