田舎暮らし山裾の日々

信州に移り住み16年 山裾になじむ今日この頃 ECOな生活“循環型社会”を志し 昔と今の田舎の生き方を愉しむ

この町の見所 隠れてはないがいつでもご案内をしよう

2012年04月08日 | 日記

4月8日(日) 晴れ 朝は冷え込み 昼間は暖かい  夕方もコートはいらなかった

今朝、新聞をめくっていると日曜日に掲載されるウォーキングマップに立科町が取り上げられていた。軽いタッチでかかれたイラストのマップと照らし合わせながら、記事を読む。町の良いとこ美味しいところが取り上げられているが、紙面で書ききれないところがあるのが残念だ。津金寺のカタクリやアズマイチゲの花、今年は桜と共にだいぶ遅れることになるだろう。

 

地図を読み終わって思うところ、俺の知るお花畑はどうなっているかと気になり出した。いつもは屋根だけしか見えない森の影に行ってみると、南向きの斜面、陽だまりの中で蕗の花が咲いていた。しかも蕗三兄弟とでも表現するかのように、誰にも採られないで花を見せてくれた。廻りにはオオイヌノフグリがブルーを色濃く表しているのが春らし。

蕗の花をあとにうねるような山の道を歩き、最後の急さかを登り切るとここではまだ花は咲いていなかった。いつもなら葉と花芽と同時に地面から突き出るのだが、辺りの草をかき分けても芽は見ることが出来なかった。少し汗ばんだのでヤッケを脱ぐとやはり風は冷たい。花芽がでるのを見落とさないように頻繁にここを訪ねるようにしよう。

《 一昨年 アズマイチゲが満開になったとき 》 

遅い昼飯を摂っているときに、どこからか甘い香りが流れて来た。はじめは手に持っているカップのフレバーティーのメイプルの香りかと思ったが、思い出した。セッコク、暮晩秋に一夏外に置いた鉢植えを家の中に入れた。そのときに、伸びすぎた枝や落ちた葉をガラスの瓶に入れ、水だけを注いだものだ。冬中キッチンの前の棚に置いといたのが花を開いた。ホッタラカシでも花を開き甘い香りを漂わせてくれる花、花としては生き長らえたお礼花とでも云うのだろうか。

夜には集落の新役員引き継ぎ会があった。ここ山裾集落では役員をやるのは、殆どが50才代前半、俺は60才にして移り住んだことで、役が回ってくる。しかし、今の時代、集落の記録も伝達もパソコンを使うことが多い。田舎暮らしは風光明媚の環境を楽しむと云うことだが、これを維持管理する役員や住民の代々の営みあってのことだろう。小字名など地元の地名など、俺は知らないので農事や中山間地の管理業務は不可能だ。責めて、文書作りや集計作業でお役に立てればよいと思っている。

コメント
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