flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

別名 -べつみょう-

2006-12-09 01:30:34 | 孝霊天皇流族関係記事

(愛媛県今治市別名)
 小泉から別名へと差し掛かる。この地は昭和57年に訪れて以来久し振りの訪問となった。
別名は、大宝の頃(701~704)大三島大山祇神社の大祝(おおほうり)職であった越智安元が屋敷を構えたところである。
その後代々三島大祝を世襲し、天正五年(1577)までこの地に住していたが、世継ぎが無かったために分家鳥生大祝家に家督を譲った。
背後の山腹には、大祝家の五輪塔が並んでいる。
大祝屋敷から程近いところには、越智安元の父越智玉澄の廟とされるところに大楠が立っている。
 玉澄は越智郡大領(郡司長)で、後の大祝屋敷に近いところに居を構えていた。
玉澄は大山祇神社社殿造営や、和銅五年(712)には別宮大山祇神社を勧請、養老元年(717)には宇摩郡に三島神社を勧請(旧伊予三島市、現四国中央市)天平元年(729)には温泉郡(松山)石手寺を再建している。
天平十九年(747)玉澄が没し、この別名の地に墳墓を造った。その墳墓の上に植えられたのがこの大楠といわれ、今でも「玉澄さんの楠」として親しまれている。
    

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