コロナ禍の渦中というだけではなく、異例づくめの今年最後の11月場所は大関貴景勝が優勝決定戦を制して今年を締め括った。いつもは仮面を被ったように無表情を装う貴景勝が、優勝が決まった瞬間に顔をくしゃくしゃに歪めた。その表情に多くの想いが籠められていると私には映った。
※ 二度目の優勝を遂げ賜杯を受ける貴景勝関。
例年11月場所は福岡市で九州場所として開催されているが、コロナ感染対策のために東京・国技館での開催となった。そのうえ、白鵬、鶴竜の両横綱に加え、場所の途中から朝乃山、正代の二大関も休場となり、横綱・大関陣では貴景勝ただ一人となって場所を務めた。
ただ一人となってしまった貴景勝の重圧は想像に難くない。負けてはいけない、怪我はできない、と…。しかしその思いは胸に秘めて、語る言葉は「明日の一番に集中します!」という言葉が続いたという。
貴景勝の相撲は典型的な「押し相撲」である。上背がなく、横に大きく太った体形は馬力はあるものの、相手の変化には脆いのが「押し相撲」の弱点である。また互いに組み合った時、上背がないだけに力が出せない点も上位で戦う上では有利とはいえない相撲の型である。そうした特徴を持つ貴景勝が「上位で安定した成績を残すのは大変かなあ…」という思いで彼の相撲を見ていた。
事実、9日目に翔猿に負けた一戦は、翔猿の変化を警戒して押しの威力が影を潜めた結果、翔猿に翻弄され痛い一敗を喫してしまった。そうした弱点は貴景勝も十分に承知しているのだろう。その他の対戦は今場所の場合、それほど危ない場面もなく最終日まで13勝1敗で乗り切ってきたが、最終日に照ノ富士という難敵に対してまたもや弱点を曝け出したような敗けを喫してしまった。しかし、決定戦では迷いを吹っ切ったのだろう。見事な「押し相撲」で一気に照ノ富士を押し出して優勝を飾ったのが昨日の相撲だった。数々の重圧と、本割で苦汁を飲まされた照ノ富士を一気に押し出し大関としての誇りを保てたことがあの表情に表れたと私は思った。
※ 優勝決定戦で照ノ富士を押し出す貴景勝
そして優勝インタビューで貴景勝の言葉も印象的だった。「大関に昇進してからあまりいいことがなかった」と…。ふだん見せない穏やかな表情で語った素直な思いが彼の人柄を表していると思われた。
※ 優勝を決めた直後に顔を大きく歪めた貴景勝
さて貴景勝の今後であるが、私には先に記したように「押し相撲」の弱点がやや気になるのだが、その点についてネット上に次のような記事が載っていた。
※ こんな笑顔の貴景勝を見たのは初めてのような気がします。
「一般的に突き押しで横綱は厳しいという声もあるが」と問われると「だから目指す価値がある。無理と言われたのをやり遂げた時の充実感というのは代えられないものがある。押し相撲の魅力も伝えたい。今から四つ相撲を覚えられないので、日々励んでいきたい」と幼き頃から磨き続けた突き押し一本で頂点を目指す。
その覚悟こそ潔しである。貴景勝の今後を熱く見守りたい。