田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

私の札幌生活も17年目を迎えました。これまでのスタイルを維持しつつ原点回帰も試み、さらなるバージョンアップを目ざします。

札幌フィルも素晴らしかった!

2023-05-21 11:45:33 | ステージ & エンターテイメント
 札響のコンサートマスターの田島高宏氏をゲストコンサートマスターに迎え、札幌フィルのメンバーも相当に頑張ったようだ。特に交響組曲「シェヘラザード」は聴き応え十分の演奏だった。
     
 一昨日の札響のコンサートに続いて、昨夜は「札幌フィルハーモニー管弦楽団」の定期演奏会が札幌コンサートホールKitaraで行われたのに参加した。
 プログラムには札幌フィルの自己紹介が載っていたが、それによると札幌フィルは昭和46(1971)年に創立されたというから活動歴50年を超える札幌で最も歴史のあるアマチュアのオーケストラということだ。
 しかし、195万都市のポテンシャルというのは凄いものだと思う。私が知っているだけでもプロフェッショナルの札響をはじめ、アマチュアのフルオーケストラを5つも有している上、吹奏楽団となると幾多の楽団が活動していることを考えると「凄いなぁ」と私などは思ってしまう。
 さて、そのことは別として昨夜の札幌フィルの演奏会についてである。私の中では、前日に札響の演奏を聴いた後で、札幌フィルが演奏会を持つのは辛いものがあるなぁ、という思いがあった。そうした思いを抱いたまま、最初の曲E・フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」より前奏曲の出だしでホルンが奏でだしたときに、正直言って「あ~あ…」という思いを拭えなかった。「やっぱり管楽器は難しいのかなぁ」と…。楽器のことなど何一つ分からない私であるが、数多くさまざまな音楽を聴く中で多少は聴く耳が育ってきたのかなぁ、という思いがある。
 曲の出だしにそうした思いを持ったものだから、前半の二つの曲にはどうしても入り込めなかった。
 休憩を挟んで演奏時間45分という最後の大曲R・コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」の演奏が始まった。この曲はゲストコンサートマスターの田島高宏氏がソロを取る場面が多かった。さすがに世界の舞台で活躍してきた田島氏の演奏は群を抜いていたように思われた。そのような田島氏をゲストに迎えたということで札幌フィルの楽団員たちにも期するものがあったようだ。おそらく相当の練習量もあったのだろう。明らかにそれまでの演奏とは一味も二味も違い、素晴らしい演奏が展開された。オーボエがソロを取った場面も田島氏に迫るような演奏だった。また、チェロの一人は難しいリズムを正確に刻んでいたように私には映った。曲の盛り上がりも十分で、それまでの札幌フィルの印象をガラッと変えてくれるような素晴らしい演奏だと思えた。
 45分間の長丁場を演奏し終えた団員たちの表情には「やり切った!」という満足感に満ちていたように私には映った。
 指揮を担当された高井明氏も満足された表情が万雷の拍手に応えていた。
 プログラムの片隅には団員募集の告知が載せられていた。そこを拝見すると「大学オーケストラの経験があれば問題ない」と記されていた。それだけ見ても、札幌フィルのレベルの高さを窺い知ることができる。札幌フィルの今後ますますの活躍をお祈りしたい。                                           

さすがに札響の音は素晴らしい!

2023-05-20 13:06:07 | ステージ & エンターテイメント
 ゆたかな川の流れのようにたおやかで豊かな音が私の耳に入ってくる。その札響の音にピアノの岩田真奈美さん、ソプラノの倉岡陽都美さんの音が重なる。久しぶりに札響の音に酔いしれた「道銀ライラックコンサート」だった。
     
 昨夜、札幌コンサートホールKitaraにおいて毎春恒例の「道銀ライラックコンサート」が開催された。今年も運良く入場券を入手することができ、音楽仲間と一緒に聴くことができた。
 今回は、グリーグ、モーツァルト、ヴェルディ、プッチーニとい名高い作曲家の曲が取り上げられた。そしてグリーグのピアノ協奏曲では、岩田真奈美さんのピアノが、他の3人の作曲家の歌劇の曲ではソプラノの倉岡陽都美さんが、それぞれ札響と競演の形で演奏した。指揮者は山下一史さんが務められた。
         
         ※ 指揮を務めた山下一史さん
 詳しく演奏曲名を記すと…。
 〖第1部〗
  ◆グリーグ/ピアノ協奏曲 イ短調 op.16 ☆
         
         ※ ピアニストの岩田真奈美さん
 〖第2部〗
  ◆モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」より 序曲
          歌劇「フィガロの結婚」より 
“伯爵夫人のアリア“楽しい思い出はどこへ”  ★
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より
               エルヴィラのアリア“あの人でなしが私を欺き” ★
  ◆ヴェルディ/ 歌劇「運命の力」序曲
          歌劇「アイーダ」より“勝ちて帰れ”  ★
  ◆プッチーニ/ 歌劇「マノン・レスコー」間奏曲
          歌劇「トスカ」より“歌に生き、愛に生き”  ★
 ※ ☆は岩田真由美さん、★は倉岡陽都美さんがそれぞれ競演の形で演奏した。
         
         ※ ソプラノの倉岡陽都美さん
 私はこのところ札幌管弦楽団、北海道交響楽団、西区オーケストラとアマチュアの管弦楽団の演奏を聴いてきたが、それぞれが持ち味を発揮して「アマチュアもなかなかなもの…」という感想を持ってきた。しかし、いざ札幌交響楽団(札響)の演奏を聴くと、それは一枚も、二枚も上質な音楽であることを痛感させられる。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、その差は歴然としている。特に私が感ずるのは(あくまで素人が聴いた印象です)管楽器にその差を感ずる。アマチュアの場合は管楽器の音に滑らかさに欠けるように私には聴こえるのだが…。もちろん弦楽器にも違いは歴然としているが…。
 加えてこの夜は、岩田さんのピアノ、倉岡さんのソプラノが札響の音をバックに素晴らしい演奏を披露してくれた豪華な夜だった。
 さあ、今夜は「札幌管弦楽団」のコンサートである。ゲストに札響のコンサートマスターの田島高宏さんが出演するという。どのようなステージになるのだろうか? 今夜も楽しんでこようと思っている。


御朱印収集巡り №15 西野神社

2023-05-19 15:33:15 | 神社参拝・御朱印収集関連
 西野神社は西野地区の奥深くに鎮座していた。境内は小ぶりながらも木立が生い茂り、神聖な雰囲気を醸し出していた。我が家から遠く自転車で向かったものの坂道に悩まされたことも印象に刻まれる神社となった。
      
 西野神社は遠かったぁ…。それはその距離よりも、自転車で向かったこともあり坂道に苦戦した。この歳になると本人が考えている以上に坂道では疲労の蓄積が早く表れることをいやというほど感じた。TV「日本縦断 こころ旅」で、同年代でもある日野正平さんが坂道に苦労する姿を見て「少しオーバーなんじゃない」と思っていたが、今日は彼の苦労が良~く理解することができた。
   
   ※ 道路向かいから西野神社の鳥居を撮りました。
 そんな苦労をしながら訪れた西野神社だったが、境内は緑が多く、良く整備されていて気持ちの良い神社だった。境内には他の神社では見られなかった(あるいは気づかなかった?)参詣者が休むことができる「参集殿」、結婚式などを執り行う「儀式殿」などが、私にとっては目新しかった。
   
   ※ 小ぶりながら緑の多い境内です。
   
   ※ 鳥居をくぐり、参道を左へ折れると本殿が見えてきます。
   
   ※ 本殿の脇に立つ儀式殿です。
   
   ※ 手水舎です。花は見えませんでした。
   
   ※ 本殿(拝殿)です。
   
 御朱印収集に際してはいつものように拝殿でお参りをした後、社務所の方で御朱印をいただいた。これもいつものように事前に「直筆はお願いできるか」と問い合わせたところ、「やっていない」とのことだったので、納得済みで書き置きのものをいただいてきた。 
 なお、境内には2年後に創祀百四十年を迎えるということで、寄附のお願い文書が掲出されていた。                                             
【西野神社 情報】
◇旧社格:村社
◇所属:北海道神社庁
◇住所 札幌市西区平和1条1丁目1-1    
◇御朱印:あり(書置き 初穂料300円)
◇参拝可能時間:24時間
◇社務所受付時間: 9:00~16:30
◇例祭日:9月の敬老の日の前の日曜日
◇駐車場:有り
◇アクセス:地下鉄東西線「発寒南駅」から、JR北海道バス「琴42 発42 西野平和線」に乗車、「平和1条3丁目」で下車、徒歩約1~2分
◇創建: 1885年(明治18年)    
◇代表的ご利益: 〇縁結び・恋愛成就 〇安産祈願・子授かり・子宝
         〇安全祈願 〇必勝祈願・勝利成功 〇開運厄除け       
◇御朱印記帳日 5月19日

 旧社格が「村社(そんしゃ)」となっているが、これは各地に鎮座する小規模な神社に与えられた社格だという。社格の制度は複雑だが、「村社」は神社の格の中では最下位に位置するもののようだ。しかし、旧社格と表示されているように現在はそうした社格は廃止されている。西野神社は安産、縁結びにご利益のある神社として特に女性の参拝者が多い神社として知られているそうである。                 


ヘルシーウォーキング④ in 石狩湾の眺望と十万坪線の桂並木・銭函ウォーク

2023-05-18 16:26:27 | JRヘルシーウォーキング
 銭函駅をS&Gとするコースは銭函市街地の外縁をなぞるようなコースだった。銭函駅は石狩湾岸にあるが、コースは凹凸に富み、最も標高の高い地点は132mとけっこうハードな11.5kmだった。
     
     ※ マップの右上、赤いスタンプの証明を駅員からいただきました。
 本日、午前思い立ってJRで銭函に向かった。
 実はヘルシーウォーキングには二つのスタイルがある。一つは私がこれまで参加していた「イベントウォーク」と、もう一つ「いつでもウォーク」というのがある。
 「イベントウォーク」は、土・日・祝日に開催され、S&G地点にはJR担当者がいていろいろとお世話してくれ、コース上には進行方向を示す掲示も完備されている。年間に25回程度開催される。
 一方「いつでもウォーク」は、文字どおり曜日に関わらずにいつでもウォーキングに取り組むことができる。こちらは全道各地の駅をS&Gとして30コースが設定されていて、自己申告によって駅などで参加証明をいただければ1ポイントを獲得できるという仕組みである。
 私は本日初めて「いつでもウォーク」に取り組んでみたということである。
 今朝、私はJRで銭函まで移動し、9時15分に銭函駅をスタートした。コースマップはJRのホームページからプリントアウトしたものを手にスタートした。
   
   ※ 銭函駅のホームで見た「銭函」と書かれた金庫に似せた函。
   
   ※ 銭函駅を正面から撮りました。
 ところが私は最初から躓いた。マップはかなり詳細に表記されているのだが、どうしても最初はマップと現地の様子が私の中では一致しないのだ。本日もスタート直後で自分のコース選定に自信が持てず行ったり来たりかなり逡巡した。自分のマップ読みに自信が持てなく、道行く人に尋ねてようやく進む方向を決めるありさまだった。
   
   ※ JR函館本線の踏切を渡ってコースに出ます。
 スタートしてしばらくは銭函の住宅街を進んだのだが、私の第一印象は銭函の集落は意外に広いなぁという印象だった。写真には収められなかったが、北海道小樽高等支援学校、北海道高等ろう学校と二つの道立学校も銭函にあることを初めて知った。
   
   ※  コース途上には「かもめ保育園」があり園児たちが遊んでいました。
 コースは石狩湾の眺望が効くところに導かれた。場所によっては小樽方面まで望める眺めだった。
   
   ※ 石狩湾を望んだところです。
   
   ※ 少し見る角度を変えると、小樽の方が望めます。
 石狩湾の眺望から離れ、やがてコースは国道5号線沿いをしばらく進むことになる。
   
   ※ 国道5号線は多くの車が走っていました。
   
   ※ ONZEとは、以前は最も早くオープンするスキー場として有名でした。
      私も何度かオープン初日に滑りに来ました。
 しばらく進むと、国道を離れ桂岡地区へと導かれる。ここの上り道の斜度が凄かった。まるで登山を強要されるような感じで上り続けた。上り道の途中に今は閉鎖してしまったが旧北海道薬科大学(現北海道科学大学桂岡キャンパス)の門が閉鎖されていた。
   
   ※ 写真で斜度の凄さが分かっていただけますか?
   
   ※ 途中で札樽自動車道を跨いでさらに高いところを目ざします。
   
   ※ 旧北海道薬科大学に至る校門です。現在は移転に伴い閉鎖されていました。
 上り続けた坂道の最高到達地点に「桂岡小学校」の校舎があった。その校舎の横には「標高132m」の標識が立てられていた。
   
   ※ 最も標高が高いところに桂岡小学校の校舎がありました。
 桂岡小学校からは来たときとは反対に急な下り道となった。その途中にあったのが小樽市八区八景の一つにも選ばれている「十万坪線の桂並木」である。“十万坪” という地名は珍名さん的だが、桂岡地区はもともと “十万坪” という地名だったということのようだ。この通りの桂の並木か見事だった。
   
   ※ 十万坪線に立ち並ぶ見事な桂の並木です。
   
   ※ 帰りは札樽自動車道の下を潜る道でした。
 コースはまた国道5号線を暫く進むことを強いられる。この頃になると気温がかなり上がり、背中に汗を感じ、のどの渇きを覚えた。
   
   ※ 国道5号線沿いに銭函小学校、中学校が建っていました。
 国道を離れるとコースは海岸沿いに導かれる。途中には道内の海水浴場としては有名な「銭函海水浴場」の横を通って駅前通りをゴールに向かった。
   
   ※ 銭函海水浴場は海岸を掃除してオーブンに備えていました。
 冒頭に触れたが、銭函地区は意外に広く、住宅も想像以上に多い印象だった。今や札幌のベットタウンの役割も担っているということだが、それでも過疎化は進展しているのだろうか?駅前通りに繁華街の面影はなく、閑散とした感じは否めなかった。
   
   ※ 銭函駅前通はご覧のように閑散としていました。やはり過疎化の影響でしょうか?
 しかし、初めての街を歩くのはけっこう興味深いものである。これからもイベントウォークを中心に、時にはいつでもウォークを織り込みながらヘルシーウォーキングを楽しもうと思っている。

森永卓郎氏の講演に期待したのだが…

2023-05-17 19:57:48 | 講演・講義・フォーラム等
 経済アナリストの森永卓郎氏は言う。「近未来に世界で非連続的な大転換が起こるだろう」と…。「これは面白い話が聴けるぞ」と期待を持って聴き入ろうとしたのだが、その後の展開はいささか期待外れと言わざるを得ないものだった…。
   
 本日午後、北海道信用金庫主催の「経済講演会」が札幌プリンスホテル国際館パミールで開催されたが、知人から入場券を融通していただき参加することができた。講演のテーマは「激動の日本経済、これからどうなる?」と題して経済アナリストで、獨協大学教授でもある森永卓郎氏が講師だった。
 森永氏は冒頭、「世界は2年後に非連続的な大転換が起こる」と断言した。それは1970年代に情報化社会が到来し、社会が一変したのと同じような大転換だとした。その主たる理由として森永氏は “行き過ぎたグローバル資本主義” が限界を迎えつつあるとした。
 その  “行き過ぎたグローバル資本主義”…、言葉を変えると新自由主義経済下の世界は、おびただしい格差社会を現出したという。具体的に言えば、世界の低所得者層38億人の資産(所得)と世界の富豪26人の資産(所得)が同等だという。日本においても資産100億以上の富豪が東京都港区に集まっていて、彼らはさらなる資産形成を狙って「お金中毒」になっているそうだ。さらにショッキングだったことは、日本人の実質収入が35年前より減少しているという森永氏の言だった。(数字については聞き書きしたものである)
 こうしたいわば歪んだ世界経済がどのように転換するのか、私は期待を持って森永氏の次の言を待った。森永氏はアメリカ経済がすでにその兆候を見せ始めているという。世界経済を席巻したGAFAMもすでに陰りを見せ、アメリカの株価は下がり続けているとした。
 そうした中で、ビジネス界でDX(デジタル・トランスフォーメーション)旋風が吹き荒れ、さらにはGX(グリーン・トランスフォーメーション)への関心も急速に高まっているという。(DX、GXについて詳しくは調べていただきたい)さらに森永氏は “クリエイティブ” がこれからキーワードになってくるとも指摘した。
 すなわち、ここ数年で人工知能やロボットは人間にとって代わり、製品を作り出すことには価値が無くなり、製品を創り出すときには “クリエイティブ” さが要求されてくるようになると指摘した。
 ここまでの森永氏の展開は、今後に期待を持たせてくれる説得力のある話だった。ところが…。
   
 ここから話は急展開する。森永氏としてはGXの世界が到来するということを説明する具体例として話されたのだろうか?森永自身が家庭菜園をしている話へと移っていった。 ここからはおよそ経済学者の話ではなく、隣のおじさん的な話に変質してしまった。
 いつ結論的な話に移るのかと期待しながら待っていたのだが、話は最後まで土づくりは楽しいとか、余った野菜は隣近所に分けているとかという話に終始した。結論的な話として「地域で経済を回す」ことが大切である的な話で講演を終えた。
 なんだか羊頭狗肉的な講演の内容に、聴いていた私はなんだかスッキリしない思いで会場を後にしたのだった…。

合唱を心から楽しむススキーノに乾杯!

2023-05-16 16:36:42 | ステージ & エンターテイメント
 男性合唱団ススキーノは平均年齢が75歳を超えるという超ベテランの合唱団である。しかし “俺たち 青春 真っ最中!” のスローガンどおりに若々しい歌声で、若々しい楽曲を心から楽しんで歌い上げたステージだった。
     
 少し時間が経ってしまった。先週土曜日、5月13日夜、札幌コンサートホールKitara(小ホール)において「男性合唱団ススキーノコンサート2023」が開催され、友人と一緒に彼らの歌声を楽しんだ。
 合唱団名の “ススキーノ” の命名の由来について、以前どなたかに聞いた覚えがあるのだが、合唱の練習を真面目に一生懸命に取り組んだ後は、ススキノの繰り出して楽しく飲みましょう!というところから名付けられたと聞いたが、これは真説だろうか?
 それはともかくとして、合唱団の団員の中には現職の方もいらっしゃるだろうが、総勢70名の中の多くはリタイアされた方のように思われた。しかし、歌声の方は若々しく合唱のレベルもかなりのレベルを保っているように思われた。というのも、合唱団結成(2004年結成)以来、常任指揮者を務められている道教育大名誉久教授の長内勲氏の妥協を許さぬ厳しい指導(?)がそのレベルを保っているのだと思われる。
       
 披露された楽曲も私たち世代には懐かしく、そして親しみが持てる曲が多かった。それら披露された曲の一覧は下の通りである。
  

 いずれもが昭和から平成にかけてヒットした耳に懐かしい曲が多いが、それらが全て合唱曲として編曲され、見事な4部合唱として披露された。
 個人的には第3部の「直江香世子によるビートルズ世代の歌たち」が特に素晴らしく聴こえてきた。ススキーノの面々もきっと思い入れの多い曲だったに違いない。特にビートルズナンバーの「Hey Jude」は全編英語で歌唱したところなどメンバーの思い入れを感じさせてくれる一曲だった。
 ところでコンサートで彼らの歌声以外で一つの発見があった。それはピアニストの存在である。5月の初めに中学生のコーラスを聴いたことをレポしたが、その際の伴奏でピアノの音が大き過ぎて歌声が十分に客席まで届かないケースがあった。ところが今回のピアニストは前奏では流麗な音を披露するも、歌声が入ってくると音を抑えめにして歌声をあくまでメインとする演奏を心がけていたように思えた。これこそが合唱における伴奏の在り方なのではないか、と思えたのだがどうなのだろうか?
      
 ススキーノ…、一人一人が心から合唱を楽しんでいる様子がうかがえ、私は一時真剣に入団を検討した時があった。しかし、最期の決断ができなかった。今回一緒にコンサートを楽しんだ友人がそのことを思い出して「今はどうなの?」と聞いてきた。今となっては時期を逸したと言わざるをえませんなぁ…。

サンカヨウの開花を目撃!

2023-05-15 17:02:07 | 環境 & 自然 & 観察会
 前回マイフィールド(盤渓市民の森)に入った時の観察から、「そろそろ開花では?」と思って山に入ったところ、その思いが的中して白く咲いたサンカヨウの花を目撃することができた!まだ咲いていた花は少なく、最盛期はこれからかな?

 サンカヨウは、冷涼な高地で湿度が高く、緑に囲まれた山腹に生える多年草だという。そのため、世界でもサハリン、アメリカのアパラチア山脈、中国や日本の一部とごく限られた地域でしか見られない花だそうだ。開花するとわずか1週間程度で散ってしまうために、花が咲いているところを見るのはかなり難しい花と言われている。
そうしたこともあり、私にとってサンカヨウは特別な花となっていて、昨年、一昨年とこの花を追い続けている。
 本日は、前回10日に山に入った時に一部の花が蕾を付けていたこともあり「そろそろ開花では?」との思いもあり、マイフィールドに足を伸ばしてみた。
 我が家から車で20分少々、盤渓市民の森の入口に着き、午前11時早速トレッキングを開始した。いつものように、いつものルートを登っていたのだが、なかなか第一の分岐点に辿り着かない。「おかしいなぁ」と思いながら登り続けていると、なんといつものルートとは違ったルートを登っていることに気が付いた。そのルートはいつも帰りに通るルートだった。仕方がない。いつもとは反対のルートを辿ることにした。慣れたつもりで山中を歩くのは危険ですね。
 山中を登り、歩き続けること45分。盤渓市民の森の最奥部に到着した。サンカヨウの群生地(?)である。あった!あった!白い花を数輪付けたサンカヨウの花が咲いていた!
   
 
   
しかし、フキの葉に似た多くのサンカヨウにはまだ花が付いていなかった。最盛期はどうやらもう少し先のようである。それでも周りには7~8輪花が咲いているのを目にすることができた。
 その中で、花の数も少なくまだ幼いような一輪の花があったが、とよく見ると花が少し透き通っているように見えた。実はサンカヨウは雨や朝露に濡れると花びらが透明に変身する不思議な花なのだ。別名 “スケルトンフラワー” とも呼ばれて珍重されているのだ。その幼い一輪は朝露でやや透明さを呈していたようだった。
   
   ※ 少し透明がかったように見えるサンカヨウの花です。
 私がサンカヨウを追い続けるのも今年が最後かな?とも思っているところがある。開花期間中にできれば静かに雨が降ってくれる日があれば、と願っているのだが…。
   
   ※ 群生地とは全く違ったところで目にしたサンカヨウです。
 今日は山中で他の花にはほとんど注目もしなかったのだが、山中で目立ったのは足元に咲くスミレだった。このスミレは先日、野幌森林公園でレクチャーを受けたオオタチツボスミレだった。花びらの間から距(きょ)という白い棒状のものを確認することができた。
   
   ※ 花びらのところに白い距が見えるオオタチツボスミレです。
 また、盤渓市民の森では今、ニリンソウが最盛期を迎えていてあちらこちらで白い小さな花を咲かせている。時には山道の両脇を白い花が覆っているところもあった。
   
   ※ ニリンソウに囲まれたような山道が時にお目見えしました。
 もう一つは、平地では早くに花の時期を終えているエゾエンゴサクが盤渓市民の森の最奥部ではまだまだ最盛期とばかりに咲き誇っていたことから、辺りは春が来るのが遅い地域なのかな?と思えた。
   
   ※ 標高の高い最奥部ではまだまだエゾエンゴサクの最盛期でした。
 雨のサンカヨウ、はたして願いは通ずるか??

トリック × イリュージョン 学芸員トーク

2023-05-14 16:33:46 | 講演・講義・フォーラム等
 北海道立近代美術館で開催中の特別展「トリック × イリュージョン」展の「見どころトーク」と題して同美術館の学芸員が特別展について「このように見ると作品の良さをより理解できる」という趣旨での解説に耳を傾けた。

 昨日はダブルヘッダーどころか、トリプルヘッダーだった。午前中の野幌森林公園の観察会から帰り、午後は道立近代美術館で開催された学芸員トークに耳を傾けた。(そして夜にも私はコンサートに駆け付けたのだった)
 解説は同美術館の野田佳奈子学芸員が務めた。野田氏によると、特別展は4章からなっているという。その4章とは…、
 ◆第1章 「リアル」をめぐって
 ◆第2章 オプ・アート
 ◆第3章 交錯するイメージ
 ◆第4章 デジタル・トリック 
の4章からなっているという。そしてその1章、1章について具体的な作品を提示してその見方をアドバイスしてくれた。
 第1章の「『リアル』をめぐって」はいわゆる写真のようにまるでそっくりの絵なのだが、子細に見ていくとそこには描いた絵の良さが見えてくるという。具体的な作品としては上田薫氏の「ジュエリーにスプーンC」が提示されたが、ウェブ上でその絵を見つけることができなかった。そこで同じ上田薫氏の制作の「なま玉子 B」を掲載することにする。この作品はチケットにも印刷されている作品なので特別展には展示されていると思われる。
     
     ※ 上田薫の作品「なま玉子 B」です。
 なお、こうしたまるで写真を見るかのような作品を「スーパーレアリズム」と称されていることは諸兄もご存じのことと思う。
 第2章の「オプ・アート」であるが、「オプ・アート」とは、「オプティカル・アート」の略称で、錯視や視覚の原理を利用した絵画、彫刻の一様式で、平面上の幾何学模様と色彩の操作で遠近、明滅、振動などの錯視効果を狙ったものだという。
 作品としてはヴィクトル・ヴァザルリ(ハンガリー人)の「HEGYES」という作品が提示されたが、これもウェブ上では見つけることができず、代わりに「Vega-Nor.」という作品であるが、錯視効果で真ん中の部分が球のように立体的に見えないだろうか?
     
     ※ ヴィクトル・ヴァザルリの作品「Vega-Nor.」です。
 第3章の「交錯するイメージ」は、規制の作品に手を加えることによって違う作品に生まれ変わらせてしまう技法である。私はお話を聴いていてパロディ作品を連想してしまったが、そうしたものとは違う領域のようである。
 この領域の作品としては福田美蘭という画家が、黒田清輝が描いた「湖畔」という作品 の構図を変えることで違う作品として制作した作品が紹介された。福田美蘭は、こうした作品を制作することによって、見慣れた名画のイメージを一度くつがえして、再度新たなまなざしで原画に接することうながしているそうだ。
    
    ※ こちらは黒田清輝の作品「湖畔」です。
    
    ※ こちらが福田美蘭が描いた「湖畔」です。 
 第4章の「デジタル・トリック」は、最近のデジタル技術を駆使して、さまざまなトリック美術を制作・発表することのようである。
 この章の作品としてはフジ森(札幌在住の藤木淳、寛子夫妻のコンビ)が制作した「花びんと鳥かご」という作品が提示された。作品はスリット状の作品に光を当てることであたかも作品名のような花びんと鳥かごが現れるという点が見どころのようである。
   
   ※ フジ森制作の「花びんと鳥かご」です。
 いずれにしても、今回の特別展は何の予備知識も持たずに鑑賞をすると、もしかするとその作品の面白さを十分に楽しむことが難しいのかもしれない。そうしたこともあって、私は前売券を入手しながらまだ特別展の観覧をためらっている。この後、関連の講演や講座がまだ控えている。それらをお聴きした上で、おもむろに特別展に向かおうと思っている。

久しぶりに野幌森林公園を散策した

2023-05-13 15:58:45 | 環境 & 自然 & 観察会
 オオバナノエンレイソウがいたるところに咲き誇っていた。ニリンソウの花が他地域より大ぶりに見えた。実に一年ぶりの野幌森林公園の散策である。自然ふれあい交流館主催の「春のありがとう観察会」に参加した。
   
    ※ 観察会の開会式の様子です。参加者は50人近くいたと思います。
 本日午前、野幌森林公園自然ふれあい交流館北海道ボランティアレンジャー協議会の共催による「春のありがとう観察会」に参加した。「春のありがとう…」というネーミングを不思議に思う方もいらっしゃるかと思う。これはいつも自然観察等でお世話になっている野幌森林公園へのお礼の意味を込めて、本格的な夏の観察シーズンを迎える前に、ゴミ拾いを兼ねた観察会を実施しようと今から45年も前から取り組んでいる観察会だそうである。しかし、実際は公園を利用する人たちのマナーが向上したことで最近はほとんどゴミが見当たらないことが実態である。参加者の一部の方はゴミ拾い用の火ばさみやゴミ袋を持参していたが、ほとんど無用だったようだ。
 観察会の参加者は50名近くいたと思われるが、ボランティアレンジャー協議会の方々が多数参加されているため、1班6名くらいに1人のレンジャーが付いてくれてガイドを担ってくれた。私の班を担当してくれた方は相当のベテランの方で、大変博識の方だった。したがって、たくさんの植物を紹介してくれ、私も必死にメモをし、写真を撮ったのだが、全てをレポートするのは荷が重いので、特に印象的だった植物についてレポートすることにする。
 まず「オオタチツボスミレ」であるが、普通に紫色のスミレであるが、花がタチツボスミレより大きいことと、花びらの間から距(きょ)という白い棒状のものが伸びているのが特徴であるとのことで、私も確認することができた。
   
   ※ オオタチツボスミレです。紫の花の向こうに白い棒状のようなものが付いています。
 続いて、公園の散策路の路傍に非常に小さな白い花を付けた植物が目に入ったが「セントソウ」という花だった。セントソウはセリ科の植物だが、和名は「仙洞草」と表記するという。
   
   ※ 細かな白い花を付けているのがセントソウです。
 次はこの時期、どこの野原でも目にする「タンポポ」であるが、今のタンポポは私たちが幼少の頃に摘み取っていた在来種のタンポポではなく、ほとんど全てが「セイヨウタンポポ」であるという。それだけ繁殖力が強いということのようだ。在来種との違いは、黄色い花の下の萼(がく)のように見える部分(総苞片)が反り返っていることだという。在来種は花に沿って固く閉じているので区別できるという。確かに反り返っているところを確認することができた。
   
   ※ どこでも見られるタンポポの原っぱです。
   
   ※ 花の下のガクがそっくり返っているのがセイヨウタンポポです。   
 続いてエンレイソウの変種を紹介いただいた。オオバナノエンレイソウの白い花の部分が緑色をしたものである。正式名は不明とのことだが、レンジャーの仲間内では「ミドリエンレイソウ」と呼んでいるとのことだった。
   
   ※ 緑色の花(?)を付けたミドリエンレイソウです。
 また、ミヤマエンレイソウの変種でピンク色の花(ガク?)が付いているものを発見した。レンジャーの方は「ミヤマエンレイソウ ピンク系」と話されたが、これもレンジャーの仲間内の呼称のようである。
   
   ※ レンジャーの方いわく「ミヤマエンレイソウ ピンク系」です。
 その他、「ヨブスマソウ」「ホウチャクソウ」「ツタウルシ」「エゾトリカブト」等々、たくさんの山野草を教えていただいたが、私のキャパが小さいこともあり全てをカバーすることができなかった。
   
    ※ 葉の形が特徴的なヨブスマソウです。
   
   ※ 葉の裏の茎のところに袋状のものを付けたホウチャクソウです。
   
   ※ 触ると大変!ツタウルシです。
   
   ※ こちらは猛毒のエゾトリカブトです。
 ただ、今回の観察会で新たな発見(?)とは言えないのだが、今回散策したのは野幌森林公園のほんの一部「桂コース」なのだが、その周囲は「オオバナノエンレイソウ」がとても目立った。他の市民の森などでは見られない現象である。また、どこでも繁茂する「ニリンソウ」だが、花の大きさが一段と大きいように思えた。この二つのことから、野幌森林公園は他とは違い、植物の生育する条件に恵まれているのではないか?と山野草観察初心者は考えたのだが、真相はいかに??
   
   ※ もっと大きな群落もあったオオバナノエンレイソウです。
   
   ※ 盤渓市民の森のものよりずーっと花が大きいニリンソウです。

北海道内の銅像をめぐるエトセトラ

2023-05-12 16:49:16 | 講演・講義・フォーラム等
 歴史が浅いといわれる北海道だが、「北海道」と命名されてから150年あまり、それなりに各地に銅像は建てられている。それら銅像について研究をしてこられたマチの研究家から興味深いお話を聞くことができた。

 昨日5月11日(木)午後、かでる2・7(北海道立道民活動センター)において北海道生涯学習協会が主催する「学びの広場で学ぼう」講座が開催され参加した。この日のテーマは「北海道における銅像巡り」と題して、観光ボランティアなどで札幌の魅力を伝え続けている武石詔吾氏が講師を務められた。
       
         ※ 講師を務められた武石詔吾氏です。
 武石氏は銅像を観察することで、人物の足跡や業績を知り、そこから時代を知ることができると体験的に述べられた。そして具体的に個々の銅像について、氏の知見を述べられた。
 まず、北海道において初めて銅像が建てられたのは開拓使の次官、長官などを歴任した黒田清隆の像だそうだ。
       
       ※ 戦後昭和42年に大通公園に再建された黒田清隆像です。
 その他、開拓判官、さらには初代北海道長官を務めた岩井通俊、そしてお雇い外国人のリーダーだったホーレス・ケプロン、札幌農学校初代教頭のウィリアム・クラーク、初代北大総長の佐藤昌介、等々北海道の開拓に功績のあった多士済済の方々の銅像が建てられた。
 おーっと忘れていました!「北海道開拓の父」とも称される初代開拓判官の島義勇を忘れてはいけません。武石氏の調べでは明治から戦前に建てられた銅像は26体に上るそうだ。(※ 島義勇像は、戦前には建てられておりません。現存する2体の像は全て戦後に建立されています)
       
         ※ 昭和49年に北海道神宮境内に建てられた島義勇像です。
 興味深いのは、北海道と特に縁がないと思われる軍人の東郷平八郎大山岩男の銅像が明治39年に七飯町に建立されたということだ。それも人の背丈の2倍以上もある巨大な銅像だったらしい。なぜそうしたものが七飯町に?と疑問がわくが武石氏はそのことについて多くは語らなかった。
 ところで戦前に建立されたこれら数多くの銅像は、戦時の「金属類回収令」によってことごとく解体され供出したそうである。唯一供出を免れたのが中島公園に建てられている木下成太郎という方の銅像だそうだ。
 したがって25体は供出の運命となり取り壊されたという。その中から戦後になって再建されたのは、武石氏が提供してくれた資料によると、12体だという。残りの方々は残念ながら再建ということにはならなかったようだ。もちろん東郷平八郎、大山岩男の銅像も再建されることはなかった。
 戦後になり、日本が落ち着くにつれて銅像の建てる件数も増えていったが、武石氏の資料によると戦後になってから道内では65体の銅像が建てられたそうだ。
 その中で複数の銅像が建てられているのは天才歌人として名を成した石川啄木が、函館市、釧路市、札幌市と3ヵ所に建立されているという。
    
     ※ 道内に3体建立された一つ、大通公園に建つ石川啄木像です。
 また、北海道名付けの親とも言われる松浦武四郎の銅像も釧路市、小平町、天塩町とこれも3ヵ所に建立されているそうだ。その他複数建てられている人物としては、大友亀太郎高田屋嘉兵衛榎本武揚島義勇ウィリアム・クラークなどがいるそうである。
 武石氏がエピソードを一つ教えてくれた。薩摩藩閥で北海道開発に権勢をふるい、内閣総理大臣まで務めた黒田清隆だったが、出身地の鹿児島での扱いは冷淡ともいえるほどの扱いだそうだ。武石氏が鹿児島を訪れた時に黒田に関するものを目にしたのは、たった一枚の看板だけだったという。反対に、同じく薩摩出身で開拓使麦酒醸造所の設立に奔走した村橋久成(前名:直衛 北海道知事公館前庭に胸像が建てられている)は、鹿児島中央駅前に「若き薩摩の群像」という大立像がど~んと建てられているが、村橋はその一員として銅像となって顕彰されている。(私も鹿児島を訪れた際に目にしている)
 銅像として建立されるのは、あくまで後世の方々がその人の業績や人となりを顕彰しようとする行為である。二人の出身地の鹿児島(薩摩)では、北海道とはまた違った評価をされているということなのだろうか…。
 今回のお話は武石氏の研究のほんの一端だったようだ。機会があれば、さらに奥の深い銅像のお話を聴いてみたいと思った。
※ 写真はいずれもウェブ上から拝借しました。