モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



それは昭和28年 今から53年も前のことで私は7歳でした。日付はわかりませんが
梅雨の今頃 時間は早朝だったと思います。遠賀川の河口・・河口堰も過ぎて響灘
に注ぐ直前に合流する川・・・・西川にかかる祗園橋が流されました。
今その更に海近くの芦屋橋の架け替え工事が行われていますが これは事前に仮
橋を作り 仮橋を通れるようにして架け替えを行っています。でも突然の流失の
場合道は閉ざされてしまいます。



写真奥に見えるのが「祗園橋」です。橋の向こう左側が海で右側が遠賀川です。数日
前の雨天の時撮ったものですが、正面に河口堰の"放流中注意"が点灯しているのが
分かると思います。
この橋が祗園橋で その時に架け替えられたものです。
私のうちは撮影位置のところにありました。父と一緒にその恐ろしい光景を見ました。
生活は私達は困らないのですが対岸の集落では大変だったと思います。祖父と叔父が
住んでおり渡し舟で渡りました。橋と言う時 私はこの橋のことを思い出します。
1番生活に密着した橋でした。



橋の下に並行して見えるところを私達は"ハトノハナ"と呼び散歩の場所でした。
子供の頃 この辺は第二船頭町と言われていましたが、今は高浜町です。
私は船頭町の字名のほうが好きです。

今はレジャーのための舟が不法繋留されて並んで浮かんでいます。
大雨が降ると 橋が流れなければいいな・・・と願わずにいられません。

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