鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

「ここまでわかったアユの本」②

2006-04-15 17:39:39 | お知らせ
 3月10日、16日に一部掲載しただけでした。すっかりご無沙汰していましたが、その3回目になります。内容紹介は2回目です。

 第2章は8つの項目からなります。
 1 川の濁りがひどくなった
 2 伏流する水が少なくなった
 3 遡上が邪魔されている
 4 上がれない魚道
 5 海にたどり着けない仔アユたち
 6 魚に配慮することの難しさ
 7 ダム湖でたくましく生きるアユ
 8 ダムのある川          以上です。

 この項目だけを見れば、友釣りファンなら何を言いたいか、自ずと分かるのではないかと思います。常日頃から、入川するたびに感じていたことではないかと思います。

 1 川の濁りがひどくなった
  ・・・川の透明度が悪くなってきたということで、それは山林の荒廃等森林の状態が悪くなっていること、興味があるのは「田んぼの圃場整備が終わったところでは大量の濁水が川に流れ込むようになっているというのです。川は山の他に田んぼとも通じている!!

 2 伏流する水が少なくなった
  ・・・伏流水は、透明度が高いだけではなく、一年を通じて水温の変化も小さく、いわば「エアコン」のような働きをしている。魚にとっては「川の中の療養所」である。しかし、河床の砂利が砂や泥で目詰まりを起こして、水の通りが悪くなっているためである。

 3 遡上が邪魔されている
  ・・・魚道があっても、水勢が強すぎて堰を越えることができるアユが少ない。取水口を少し改良すれば、本来の機能をいくらかははっきできるのに。建設後も川と相談しながら、細かな手直しを繰り返し、その川にジャストフィットさせる作業が必要である。「川というものは、何か手を加えれば必ずどこかが変化する」

 4 上れない魚道
  ・・・わが国の魚道は「無用の長物」といって差し支えないようなものが非常に多い。「でべそ型魚道」は水中ではきわめてわかりにくいもので、戦後まもなくGHQから改善を指摘されていたというから驚く。その理由は、魚道を設計施工する土木技術者に魚の知識が不足していること、魚道は造ることだけが目的化されてしまって、魚を上らせるという本来の目的が忘れられているため。

 5 海にたどり着けないたち
  ・・・仔アユはお腹に卵黄という栄養源を抱えて孵化するが、卵黄はせいぜい四日程度しかもたない。この間にプランクトンの豊富な海へと下らなければ餌のない川の中で餓死してしまう。親の降下というのは子どもが海に到達する時間を短縮する役割がある。しかし、人間の都合で(水利用のための貯水池等)、海からあまりに離れたところで親アユが産卵してしまう現象がある。仔アユは、面白いことに、昼間は能動的に川の底の方に沈んで流れないようにしているという。だからますます時間がかかって、海にたどり着けなくなる。

 6 魚に配慮することの難しさ
  ・・・多自然型川づくりが行われているが、水深が浅いと清張が悪くなるという。生物に配慮するというのは本当に難しく、その効果について十分な検証が必要である。悪意がないだけに十分な検証がなければ反省は生まれにくく、いつまで経っても本物はできない。

 7 ダム湖でたくましく生きるアユ
  ・・・ダム湖では大石がごろごろしているような川でもアユは産卵する。山間部のダム湖では、水温が低く日照時間が短いために産卵は早く始まる。ダム湖のアユは成長とともに浅場に接岸するのではなく、琵琶湖のように沖合いで生活している。

 8 ダムのある川
  ・・・2004年の好調な河川を見ると、天然遡上が多かった川であるが、ほとんどの川にはダムがある。ダムはアユ資源にとってマイナス要因と考えられてきたが、本当にそうか?必ずしもそうではないのではないか。これまで簡便な放流にばかり頼ってきて、天然遡上アユを大切にしてこなかった付けが回ってきたのではないか。ダムというはっきりとした「悪者」がいるために、すべてをそのせいにし、自分たちにできること、しなければならないことがいつの間にか見えなくなってしまってはいないだろうか。(痛いところをついています。)

 以上、長くなりましたが、第2章でした。



コメント (2)
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