鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

第九コンサート、

2018-12-02 21:43:25 | 思いつくまま

 

              (午前10時頃)

 

 今朝の仙台はことのほか冷え込みました。最低気温は1.5度でした。何でも今朝の仙台は“”初氷“”が張ったようです。平年より11日、去年より13日も遅い初氷とのこと。 そういえばきょうの空にはほとんど空には雲がなかったですね。放射冷却現象のせいでしょうか。どこまでも青い空が広がっているさまは吸い込まれていきそうです。

 

 

毎日川に行っているので、しかもいつもの広瀬川の分流はもうほとんど流れはなくて、水溜りのようですから凍ったらわかりやすいのですが、残念ながら氷を見ていません。

 (小魚はいました。)

 明日から注意して見てみようとは思っても、明日からはまた暖かくなりそうで、広瀬川で氷を見られるのはいつか、楽しみはとっておきましょう。

 

 

 

 氷は見られませんでしたが、その代り雪を見てきました。といっても山の雪で、だから遠いところの山の雪です。午前中お墓詣りの時、葛岡から西の方にうっすらと高い山が見えました。蔵王連峰です。

 

 去年の10月初旬ですか、連れられて蔵王連峰の御釜周辺に初めて上り、山小屋なるものに初めて泊まりました。夜になると強風が吹き荒れ、満天の星空にロマンをまき散らそう?と思っていた期待はもろくも崩れ、翌朝は周囲は氷というか雪というかまとめて氷雪の吹き溜まりでした。

 

              (上の写真の左(南)方面)

 青空をバックに遠くに見る山々は何か郷愁をそそるし、その山にうっすらと雪が積もっているとなおのこと子ども心に戻っていくように感じます。遠くから見るから山の厳しさは中和されるし、お墓詣りだし、内面を見つめるようになってしまうものなんでしょうか。何か遠くにあるのですが、吸い込まれそうな気さえします。

      

               (最初の写真の右(北)方面)

 

 (そういえば、今日本映画チャンネルで午後9時から『八甲田山』を上映しています。これは30年近く前に実際に映画館で見ていますし、その後もテレビの映画でも何回か見ていますが、いい映画はやはりいいものです、何度見ても。今回は4Kとか8Kとか、リマスター版とか、いろいろきれいな画面にしようと力を入れていますね。ブログをアップし終わったら見ようかなとも思っています。もう約1時間経過していますが。)

 

 ここで、何回も引き合いに出している「折々のことば」からです。11月29日は 『思い出はときどき補修したほうがいいよね。』(居酒屋にて) 

 

 「隣り合わせた中年の客が口にした一言が、自分の中で後を引いていると知人は言う。記憶は、意識というよりその淵、つまり体に貯えられることもあれば、あることを思い出すのが苦しくて別の記憶にすり替えられることもある。さらに、くり返し整えられ修正され、やがて見事な悲劇に仕立てられもする。記憶とはこのように捏造されやすいものだから、つねに点検が必要なのだ。」(鷲田清一)

 

 鷲田さんの解説は身に沁みますね。自分のことを振り返ってみても、記憶とか思い出というものはついつい美化されるし、都合の悪いことには触れずに、自分に都合のいい方に解釈されやすい危険性をもっているものですよね。心しないと。

 

 人間のことに触れたついでに、もっと新聞記事から。

 樹木希林さんと何必館(かひつかん)館長の梶川さんとの対話から、希林さんが言った言葉『絆も信じ過ぎるとお互い苦しくなる。孤の意識が人を育てる。』

 『病が不幸だけなんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ』

 

 地方版の記事ですが、希林さんへ「患者を生きる」という連載で取材を申し込んだ時の返事

 『申し訳ないですがね、私、がんと闘っていないんだから。・・・。まわりがやれって言うから治療しているのよ。それに先生もがんが小さくなると、喜ぶのよ。』

 『興味あるのは、運のいい人と悪い人とがどうしているのか、ということね。思うにね、その場その時の自分を率直に受け入れられるかが、関係していると思うんですよ。』

 

 

 きょう午後から行った、「第8回 学校法人東北文化学園大学 第九コンサート」はあしたにさせていただきます。 また「日本が売られる」もあす以降にさせていただきます。すみません。


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