午前中は陽も差して、それなりにいい天気だったのですが、午後からは曇ってきて、ぽつぽつと雨が降ってきたりして冴えない天気に変わりつつあります。予報では時間の経過とともに天気は悪くなるようでしたね。
3月もほぼ中間地点ですね。早いです、弥生三月も半分が終わってしまいました。きのうは月曜日で、朝の登校の見守りにつきましたが、中学校や高校の3年生はもう卒業してしまいました。やはりなんかいつもと比べて登校する生徒たちの数が少ないです。
そうか、あの子はもう卒業したのか、3年生だったのかと後から思ったりして・・・。小学校の卒業式は19日金曜日にあります。今年も卒業式に出席できません。残念です。行事予定表によると、卒業式当日の1年から4年生は臨時休業のようです。
そうそう、きのうの朝、見守りの場所に向かう時いつもの可愛いGFに遭いまして、いろいろと話をしながら歩いたわけです。GFのほうからいっぱい話しかけてくるのです。こんな可愛い娘を持って親御さんはさぞかし嬉しいだろうなあと思わざるを得ません。
本当に両親の愛情をいっぱい受けて伸び伸びと明るく成長しています。今学校で日本の県の勉強をしているそうです。日本には47都道府県があるということ、東北地方や関東地方とかにも分類できること、東北地方には6つの県があること。
6つの県を言えるのかと聞いたら、おぼえたと言って青森県から言ってくれました。でも、まだ47都道府県の位置関係は不確かで、そりゃそうですよね、我が家では妻さんは中国地方や九州地方となるとさっぱりです。私も島根県と鳥取県の位置関係はよく悩むところです。
中国地方は東から瀬戸内海に面している県を言うと、兵庫県・岡山県・広島県・山口県となりますが、山口県と広島県に接している県が島根県なのですね。島根県と言えば、出雲大社や松江市が有名です。
その昔むかし、若かりし頃境港から船で隠岐の島へ行ったことがありましたっけ。境港と言えば水木しげるさんの鬼太郎で有名なところですね。私が行った頃は全くそういう気配はなかったですね。
そして、隠岐の島では初めて闘牛なるものを見ました。迫力満点でした。闘牛と言えば隠岐の島が有名ですが、たしか宇和島もまた有名ですよね。そうなのです、闘牛の試合の時、隠岐の島の闘牛だけではなく、宇和島からも闘牛に参加していました。
だから両方の闘牛を運よく見ることができました。いまでも覚えていますが、隠岐と宇和島で対照的だったのがあるのですが、何だとおもいますか? 牛のわきには男衆がつきますが、そのとき牛の首に綱をつけているかつけていないかの違いがあります。
隠岐は綱があり、宇和島は綱がなかったと思います。横綱同士の対戦では、見た目は宇和島の方が大きくて強く感じたのですが、勝ったのは隠岐の牛でした。筋肉が引き締まっていたからかな。
闘牛の場所は草ぼうぼうの平らなところです。その周りに確か竹で丸い柵を設けます。そして格下の牛から土俵入りということではないのでしょうが、その柵に沿って一周するのです。横綱は最後です。そうして、伸び放題の草むらを平らにするのです。
またまた古い話を延々と書いてしまいました。これでもはしょってはいるのですが。
それにしても、しつこいですよね、またしてもタイトルは「大川小学校」です。11日を境に静かになった東日本大震災関係の番組や記事ですが、私はそれに逆らって11日を過ぎたからこそいろいろ思い出しながら書いていきたいと思ったわけです。天邪鬼な鮎と同じです。
いままで何回もしつこいくらいに「子まもり」像の写真をアップしてきました。この像も、最初は大川小学校の入り口付近にあったのですが、その後犠牲者の家族のみなさんが建立した慰霊碑群のなかに移されました。
そして、この新しい慰霊碑群の写真撮影は禁止されました。正面にそういう看板が立てられていましたが、立てられる前に行って写真を撮った記憶があります。
禁止される前に写真を撮りましたが、私はあくまでも日本のみなさんに大川小学校の悲劇惨状を知ってほしくて写真を撮り、このブログで発信していきたい、少しでも多くの人に知ってもらいたいという気持ちから写真を撮っています。でも、この場所が写真撮影禁止ということは、公開もしないでくれということなのでしょうから、遺族の気持ちには従いたいと思っています。
(2011年10月)
子まもり像のことは、このブログでも書いています。2011年10月27日です。その時に像の製作者の浜田さんからもコメントをいただいておりますので改めて紹介させていただきます。
”””『石巻・大川小に母子像 死亡・不明の児童ら84人に祈り』
富士吉田市の石彫り作家浜田彰三さんが、大川小学校の悲劇を決して忘れてはいけないという思いで、遺族の心の安寧のため”形あるものに気持ちを託してもらえたら”と考えて彫ったといいます。
花崗岩を使って、幼子を抱く母の姿を彫りました。台座には「子まもり」とあります。 ””” (”””・・・ ”””の記事は私のブログからの引用の一部です。)
(引用開始石巻大川小学校 (浜田彰三)2012-04-09 22:05:28
丁寧にお気持ちのこもった取材をしていただきまして有難うございました。
大川小の惨事は悲しくて、残酷で悔やまれてしかたありません。
せめて行政は被災者遺族本位に行動してほしいと思います。
遺族はとてもつらい気持ちで日々を過ごしているのだと思います。
浜田彰三 (引用終わり)
(2012年3月)