津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

加藤清正と「京都六条本圀寺」

2007-09-25 10:45:35 | 歴史
 大光山本圀寺は日蓮宗の本山、室町期の色々な文書にその名が見える。現在の西本願寺の北側に、五条通りを挟んで広大な寺域を誇っていた。現在も了円院、勧持院、智妙院、松林院、隋雲院などの、かっての本圀寺の塔頭が残り往時を忍ばせている。加藤清正は京に上ると勧持院を宿所にしたという。「京都六条本圀寺」というすごいサイトがある。かってここに清正門があり、清正女(瑶林院)建立の清正堂があり、清正が作庭したという円龍院林泉があったことをこのサイトで知った。本圀寺は昭和44年、寺勢が衰微し山科に移転した。清正門はここに移され「開運門」となり、清正堂は金色のまぶしい鳥居をもつ清正宮になっている。清正宮は清正廟である。サイト「京都六条本圀寺」は、今はない本圀寺の風景や建物の写真などを織り交ぜ、往時の本圀寺の寺勢を覗わせてくれる。
秀逸のサイトであり敬意を表したい。昨日はこのサイトに数時間釘つけにされてしまった。
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いよいよ

2007-09-25 08:48:00 | 熊本
 (財)島田美術館が10月1日再開オープンする。計画道路の話が持ち上がったとき、島田館長は終始一貫反対の態度を貫かれた。結果として1/4に及ぶ大切な美術館敷地が、この道路計画の為に召し上げられた。私は半年ほど前現場を訪ね、周辺の余りの変わりように吃驚したものだ。静かなたたずまいの歴史を感じさせる町並みが、無残にも無機質なコンクリートの塊で分断された。この部分は地下トンネルとなり、上は緑地帯になるらしいが。敷地内に有った大きな樹木も出来る限り動かされたと聞く。新たな島崎の顔、熊本の財産として島田美術館にかけるフアンの期待は大きい。少し時間を置いて奥山の木々が紅葉し始める頃出かけようかと思っている。そういえば「島田美術館」のサイトを随分久しく見ていない。サイトは昔のままのやさしい雰囲気そのままだろう。


追記:サイトを開いてみると未だ完全ではない状態が察せられる。ブログでも
   その慌しさ振りが伺える。8/4ブログに出てくる「番犬たんちゃん」が、
   色といい、姿かたちといい我が家の愛犬に余りにも似ている(99%カ)
   事に吃驚・・・このワンちゃんにも会いたい。13:18
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